第87話 さわやかな目覚め
ナナさんに対して過保護すぎるルル姉。
俺がナナさんとは距離をとったらとアドバイスしたら、この部屋に泊まると言いだすルル姉。
これにはドアの外で聞き耳たててたナナさんも、平常心ではいられない。
「こ、この部屋に泊まるんですか?俺と一緒に?」
前回のルル姉の言葉に、俺もムラ気がおきる。
「ええ、一緒よ。」
ルル姉はニヤける。
前回の心が弱ったルル姉とは、別人のようだ。
「う、」
俺は少しビビる。
ルル姉もナナさんと同等の強さがあるなら、俺に勝ち目はない。
人としての頭で考えるならば、返り討ちにあう事は避けるべきだ。
だけどドラゴンとしての本能は、ルル姉を襲う事一択だ。
俺はそう言う目で、改めてルル姉を見る。
自らの美を封印した、ジャージ姿のずぼらなルル姉。
しかし素材の清らかで美しい事実は、隠しきれてはいない。
「夜のとばりに包まれて、全ての生命がやすらぎを覚える。」
突然ルル姉が、訳分からん事をほざきだす。
だけど、どこかで聞いた事があるようなフレーズ。
「猛き者も研いだ牙を手放して、今は眠るがいい。」
眠る。
その一文で思い出す。
「そ、それは、睡眠魔法の詠唱!」
そう、それはホームの書庫で見た、「ためになる特殊魔法の秘密」という書物にあった、特殊睡眠魔法の詠唱。
三色の魔素を薄めあう事で、精神系魔法が使えるとか。
「虚勢をはるのをやめよ、深き眠りの底に落ちるがいい。グッスリト!」
ルル姉が特殊睡眠魔法を唱えた。
「む、無駄ですよ、俺には状態異常への耐性がありますから、ね。」
とは言っても、なぜか意識が落ちていく。
「ぐがー、ぐがー、」
俺は大いびきをかいて、眠ってしまった。
「ふふふ、これは状態異常ではないわ。あなたの身体は休息を求めていただけよ。」
そう、この畜生道の世界に転生してから、まともに睡眠など取れていなかった。
千尋峡谷の魔素の流れを感じ、他のドラゴンの存在にもいち早く気づき、安全に振る舞えた主人公サム。
しかしそれは、常に気を張りつめている事に他ならない。
それも、本人の自覚なしに。
睡眠と言う休息も、ほとんど取れていなかった。
ソーマの泉で強化された事も、生半可な睡眠では全回復されない事に拍車をかけた。
その昔、睡眠時間を削ってゲームをする若者の過労死が話題になった事がある。
主人公サムの肉体も、それに近かったのである。
「ふふふ、睡眠深度五千五百。並のドラゴンなら二度と目覚める事のない、深い眠り。だけど状態異常に耐性があるなら、疲労回復にはちょうどいい眠りかもね。」
眠りに落ちるサムを見てつぶやき、そして首をふる。
「ふふふ、私は優しすぎる、か。確かに今のサム君を襲う気になれないわね。」
「ふわー。」
さわやかな目覚め。
俺は気づくと、ベットの上で目を覚ましていた。
ハッとして辺りを見る。そこにルル姉の姿はない。
眠りに落ちる前の記憶は、ルル姉としゃべっていた事だが、その内容までは覚えていない。
俺は不覚にも、ルル姉の目の前で眠りに落ちたのだ。
ルル姉もドラゴン。無防備なヤツが目の前にいたら、普通に襲うはず。
ならばなぜ、俺は無事なのか?
その答えは分からんが、とりあえず部屋を出る。
今日はリバルド学園に入学金を納めに行かないといけない。
階段を降りてギルドの大広間に出る。
したらなんと、受け付けのルル姉の前に人だかりが出来ていた。
みんなルル姉から依頼を受けてるらしい。
ルル姉は困った笑顔で応じている。
いつもはナナさんの周りに人だかりが出来てるのに、今日はルル姉が人だかりに囲まれている。
ナナさんの周りには、今はふたりほどしかいない。
そのふたりも、普通に依頼を受けてるらしい。
「遅かったわね。」
いつもと違う光景に目を奪われていたら、横から声をかけられる。
振り向くと、テルアさんが横に立っていた。
「いつもは私とナナさんの周りに集まるのに、今日はなぜかルル姉さんに集まってんのよね。何があったのかしらね。」
「さあ?」
そういや昨日、ルル姉から依頼受けるぞ、って盛り上がってた連中がいた気がするが、関係あるんかな。
なんか俺がたきつきた感じだし、ここはしらばっくれよう。
「じゃ、用意するから、ちょっと待ってて。」
テルアさんそう言い残して、バックヤードに消えてった。
用意するって、何をだろう。
訳分からんが、これ以上嫌われたくないから、素直に待つ事にした。
「はい、お待たせさん。」
テルアさんはコトっとイートインのテーブルに料理を置く。
俺には状況がのみこめない。
頼んでもないのに、料理を出される。
これは新手のボッタクか?
「あんた、ちゃんと説明受けてなかったの?」
俺の態度に、テルアさんはため息をつく。
「ここの宿泊料金には、一食分含まれてんのよ。」
なるほど。そう言う事か。
納得した俺はテーブルにつき、テルアさんの料理を食べる。
「あれ、うまいな。」
テルアさんの料理は、昨日食べたヤツより、うまかった。
「そ、そう。ちょっと愛情を注いでみたから、かな。」
テルアさんはちょっと照れた様にうつむく。
「か、勘違いしないでよ、料理の味が分からないあんたがかわいそうだから、ちょっと愛情を注いでみただけなんだからね。」
テルアさんが何言ってるのか、よく分からんが、この料理はおいしくいただこう。
「ふう、うまかった。ごちそうさま。」
テルアさんがぎこちなくも愛情を注いだその料理は、普通にうまかった。




