第83話 いびつな味覚
今夜の宿を紹介してもらおうと、ギルドに立ち寄る俺は、仕事あがりのナナさんとルル姉にばったりと出会う。
かわいさに大人らしさを追加したナナさん。
自らの美しさを封印したルル姉。
私服姿が対照的なふたりに、ギルドに泊まる事を勧められる。
「あのー、俺何かテルアさんにしました?」
テルアさんになぜか、蛇蝎の如く嫌われてる俺。
「あれルル姉、言ってなかったの?」
ナナさんの問いに、しまりのない笑顔で答えるルル姉。
「呆れた。私から仕事を奪っておいて、そんな事も伝えてなかったのね。」
ため息をつくナナさん。
「ええ、なぜか話しがずれちゃって、テルアさんの事を話しそびれちゃったのよねー。」
そう言えばルル姉と警備隊本部に向かう時、なぜかミーシャの話しになったんだよな。
「あの時は、サム君がテルアさんに会う事は、もう無いって思ってたから、まあいっかって思ったんだよねー。」
とルル姉は続ける。
俺もまたギルドに戻ってくるとは、思わなかった。
いつになったら、リバルド学園編が始動するんだろ。
「はあ、じゃあ私が説明するわね。テルアちゃんはね、」
「私がどうかしました?」
「テルアちゃん?」
「はい、お待ちどうさん!」
とん。
テルアさんは俺とナナさんの間に割ってはいり、料理を載せたお盆を、とんと置く。
ドンと叩きつける様には置かない辺り、ちょっとはプロ意識があるようだ。
「え、えとね、」
テルアさんの問いに、まともに答えられないナナさん。
そりゃ本人の目の前で、本人の話しはしづらいよな。
「あ、そだ、あーん。」
いきなり大口を開けるナナさん。
「えと、何してんです?」
「毒味よ、毒味。毒味してあげるから、早くして。あーん。」
「ちょ、毒味ってなんですか!」
ナナさんの発言に、テルアさんがキレる。
「だって、何か混ぜてるかもしれないから、私が毒味してあげんの。あーん。」
「わ、私だってプロですよ。そんな事しません。やめてください、ナナさん!」
「ふふ、ナナさんはテルアさんの料理を、もっと食べたいだけよ。いいじゃない。」
「で、ですが、」
ルル姉の擁護で、テルアさんも納得しかける。
俺は料理を取られるのがシャクだが、この場が丸く収まりそうなので、ナナさんに食べさせる事にした。
「はいナナさん。」
お箸でつまんだおかずを、ナナさんの口もとに運ぶ。
「あーん、ぱく。」
嬉しそうな笑顔で咀嚼するナナさん。
「んー、やっぱりテルアちゃんの料理は最高ね。早くサム君も食べなよ。」
「あ、はい。」
その食べるのを邪魔してたのは誰だよ、と思いつつ箸を伸ばす。
が、その箸が止まる。
この箸は、ナナさんが口をつけた物!
「どうしたの?早く食べなよ?」
ナナさんは何事もなく言ってくるが、こういう事を気にしないタイプなのか?
「へー、サム君って案外ウブなのね。」
事情を察して、ルル姉はニヤける。
「な、なんの事ですか!」
俺は何事もなかったかの様に、料理をほうばる。
むしゃむしゃむしゃ。
「どう、おいしいでしょ?」
笑顔で聞いてくるナナさん。
「んー、どうだろ。不味くはないけど、とびきり旨くもない。これよりナナちゃんスペシャルの方がおいしかったかな。」
「え?」
俺の感想に、場の空気が微妙になる。
「嘘、でしょ。私の料理より、テルアちゃんの料理の方が、おいしいよね?」
「えー、ナナさんの料理の方が、断然おいしいですよ。」
「サム君、」
俺の答えに、なぜかナナさんは引き気味。
「おまえなあ!そうまでして、ナナさんの気をひきたいのか!」
いきなり怒りだすテルアさん。
「はあ?俺は正直な感想を言っただけだぞ!」
俺も思わずどなり返す。
「もうやめてよ、サム君。私の料理なんて、おいしくないんだし。」
ナナさんも、なぜか涙声でうったえてくる。
「えー、だって本当にナナさんの料理の方が」
「やめてって言ってるでしょ!」
俺のセリフに、ナナさんがかぶせてくる。
俺は黙るしかなく、料理をパクつく事しか出来なくなった。
しかも、なんだこの料理。さっきよりもマズくなってないか?
「うーん、どうやらサム君の味覚って、普通と違うみたいだね。」
俺の様子を黙ってみていたルル姉が、口を挟む。
「ナナさんの料理ってほら、心を込めて作ってるでしょ。それをサム君は感じてるんじゃないかな?」
「はあ?心ってなんですか。そんなんでおいしくなる訳ないでしょ!」
ルル姉の仮説に、テルアさんが反応する。
「でも、そうとしか思えないのよねー。」
ルル姉が俺をじろじろ見てくる。
ただでさえマズイ料理が、余計食べづらくなる。
「だったら、ちょっと待っててください。」
テルアさんは、バックヤードに引っ込んだ。
程なくして、失敗作とおぼしき料理を持ってくる。
「テルアさん、それって、」
「ナナさんは黙っててください。」
テルアは失敗作をテーブルに置く。
「これはどうかしらね。」
テルアさんが勧めてくるので、その失敗作に手を伸ばす。
「あれ?これ、普通にうまいぞ?」
見た目に反して、普通にうまかった。
「な、」
「嘘、」
テルアさんとナナさんは、驚きを隠せない。
「これは、どういう事かしら。」
ルル姉が説明を求める。
「この料理は、ルル姉さん達が居なくなった後、こいつの話しになって、ナナさんが違う料理も作ってみたいと、私が教えながら作った料理です。」
テルアさんが説明する。
失敗作な料理がうまいって、どういう事だってばよ?
「ははーん、じゃ、ちょっと待っててね。」
今度はルル姉がバックヤードに引っ込んだ。
程なくして、ルル姉も料理を持ってきた。
「はい、食べてみて。」
それは、ご飯に卵をかけてかき混ぜただけの、普通の卵かけご飯だった。
「おお、なにこれ。すんげーうまい!」
俺はそのうまさに感動する。
「うんうん、それは私がサム君のためを思って、かき混ぜたからねー。」
ルル姉はにっこり微笑む。
「え、じゃあほんとにこいつは、料理の愛情においしさを感じてるの?」
テルアさんも、ルル姉の仮説を受け入れる。
「じゃあ、私の料理って、ほんとはおいしくなかったのね。」
そしてナナさんは落ち込む。
フォローに入りたい俺だが、ルル姉の卵かけご飯がうますぎて、それどころではなかった。
「でも、テルアちゃんの料理の味が分からないなんて、なんかかわいそう。」
ナナさんは俺に、憐れみな目を向ける。




