第66話 ドラゴンの解体
俺が倒した幻想旅団の白い虎。
こいつはなんと、神獣白虎だった。
本来神界で暮らす白虎族が、なぜ下界にいたのか。
この個体には、神界を去るだけの理由があったのだろうが、今となってはそれも分からない。
「うーん、これは、」
初めての白虎解体で、うきうきしてたナナさんだが、次第にその表情がくもっていく。
「ど、どうしたんですか?」
俺はおそるおそる聞いてみる。
なんか、俺に対して怒ってる気がしたから。
「はあ、サム君が死んでるこいつに、回復魔法なんて使うから、白虎の魔素が殺されてるのよ。」
ナナさんは、ジロリと俺をにらむ。
「え、死んでる?」
俺はナナさんの言葉に、ゾクっとする。
あの時の俺には、そんな認識はなかった。
だけど後から思い直すと、その事実は否定出来ないように思われる。
「ええ、それにサム君、変な蘇生術もかけたでしょ。」
「な、」
なんだ、蘇生術って?
俺は状態異常のヤケドを治そうとしただけで、蘇生術なんて知らない!
「さっきも言ったけど、無色の回復魔法って、術者の魔素を対象者の魔素に循環させる事で、自然治癒力を高めるのよ。だから死体に無色の回復魔法なんて使っても、術者の魔素が循環するだけ。対象者の残存魔素なんて、跡形もなく吹っ飛ぶわ。」
「そう、ですか、」
俺はまだ生きてると思ってた白い虎も、やはり既に死んでたって事か。
俺は白い虎の言葉を思い出す。
「俺の身体に何をした!」
どんな気持ちで、この言葉を言ったのか。
そう、生命をもてあそばれては、怒りもわいてくる。
「ま、循環器系統の素材はダメになってるけど、それ以外は健在のようね。」
おちこむ俺をよそに、ナナさんは解体を続ける。
部屋中に、重苦しい空気が流れる。
ちょっと前までは俺も、ナナさんと楽しく会話してたが、今はそんな気になれなかった。
俺の沈黙が、部屋の空気を重くする。
ぴしゃ。
ナナさんが爪で弾いた白虎の血が、俺の頬に当たる。
「何おちこんでるのよ。」
ナナさんは解体作業に戻る。
「そりゃ、おちこみもしますよ。」
俺は頬に当たった血をぬぐい、ぬぐった指をなめる。
ぴしゃ。
またナナさんが血を飛ばしてくる。
今度は指さきで受けとめる。
「な、何するんですか。」
ぴしゃ。
今度は俺の右目めがけて飛んできた。
「ナナさん、なんのまねですか?」
今度は転移魔法で僅かに左にずれて、血をかわす。
なんらかの意図をもった、ナナさんの攻撃。
この血を受ける事で、今のナナさんから目をそらす事は危険だと、俺の本能が判断する。
「んーと、単なる唾つけ?」
ナナさんは白虎の解体作業を続けながら、そう答える。
「ど、どう言う意味ですか。」
言葉の意味は分からないけど、ナナさんの殺意めいたものは感じる。
ナナさんは相変わらず白虎の解体作業を続けている。
「私もねー、ドラゴンの解体はやった事ないのよねー。」
今その事を言うのって、俺を解体したいという事か?
「それは、俺を解体したいって事ですか。」
俺は身構える。ナナさん相手だと、俺に勝ち目はない。だけど一矢くらい報いてやる覚悟だ。
「ええ。今の私に、弱気は見せないでね。解体したい衝動を、抑えきる自信はないから。」
ナナさんのニヤけ顔に、俺はゾッとする。
なるほど。
弱いヤツを見ると、痛ぶりたいっていう感覚か。
「ふ、誰が弱気ですって?俺は幻想旅団を壊滅させた男ですよ。」
「ならいいんだけど。」
ナナさんの挑発行為は、ナナさんなりの励ましだと、前向きに捉えておこう。
「ドラゴンの解体って、やってみたいんですか?」
ナナさんとの会話を再開するなら、この話題が最適だろう。
なにせ直近で、ナナさんが口にしたのだから。
「ドラゴンの素材って、市場に出回らないのよ。だから高値がつくのよ。素材自体、結構貴重なのにね。」
「それはもったいないですね。」
「あら、サム君だって食べちゃったじゃない。」
「え?」
「ドラゴンの死体は、残存魔素も絶大だから、普通に食べられちゃうのよね。」
むう、確かに俺は、刺客の死体を食べてしまった。
それがバレてるとは、ギルドカードの活動記録恐るべし。
まさか、会話まで記録されてたりは、しないだろな。
「ナナさんが解体してくれるドラゴンって、やっぱり討伐依頼が出てるヤツだけですよね?」
俺は探りを入れてみる。
ギルドの掲示板には、ミーシャの本名ミシェリアの名で、討伐依頼が貼り出されている。
俺と刺客との会話が筒抜けなら、ナナさんにもその認識があるはずだ。
「あー、討伐依頼ね。あればサム君に頼みたいんだけどね。」
「あれ?貼り出されてません?」
ナナさんは、なぜかミシェリアの討伐依頼にはふれない。
これは、ミーシャの事を思ってなのだろうか。
でも、そんな事はなかった。
「あー、ミシェリアね。あの依頼は生け取り希望なのよ。殺したとしても、傷は最低限にとどめろだってさ。あ、だったらサム君に丁度いいのかな?」
「え、何その条件?」
「まあ、あの子も厄介なヤツに目をつけられたのよ。」
「厄介なヤツ?」
「おっと、これ以上は依頼を受けてからの話しになるわね。」
確かミーシャって、どこぞの王子様の求婚を断って、命を狙われてるんだったよな。
「あら、受ける気になったの?」
俺がふさぎこんでたら、ナナさんはそう解釈する。
「うーん、ぶっちゃけ、入学費稼ぐのが目的だったし、冒険者稼業に本腰入れる気もないしな。」
これは、俺の本心。ギルドの依頼を受けるのは、今回一度だけ。
ミーシャの討伐依頼の内容も気になるが。
「それもそうよね。実際この子、千尋峡谷に逃げ込んで以来、音沙汰なし。もう死んでるってのが、おお方の見解。」
「え、死んでる?」
「ええ、お嬢様ドラゴンに、千尋峡谷は厳しすぎるでしょ。ひょっとしたら、サム君も知らずに食べちゃったかもね。」
ナナさんは、ミーシャがミシェリアである事を知らない。
どうやらルル姉は、ナナさんにも言ってないみたいだ。




