第58話 蘇生術?
幻想旅団のリーダーと思しき白い虎。
俺との戦闘で瀕死の重傷を負ったこいつ。
だけどこいつには聞きたい事があるので、殺す前に治療を試みる。
虎の口に右手を突っ込み、虎の上の牙で指さきに傷をつける。
後は虎のベロに垂れた血が、ノド奥に飲み込まれれば、万事解決。
だがここで、俺はある事に気づく。
こいつ、呼吸してなくないか?
どんなに浅い呼吸でも、この巨体。
鼻息くらい俺にかかっても、おかしくないよな。
まさかこいつ、死んでるのか?
いやいや、回復魔法は効いた。
つまり生きてるって事だよな。
じゃあ、こいつの心臓は、どうなってるんだ?
俺はおそるおそる、虎の左胸に左手を伸ばす。
「がほっ」
左胸を触る前に虎がビクついたので、口から右手を抜き、二歩ほど後ろへ下がる。
「げほ、げほ、ごほ。」
虎は何度かせきこみ、首をふりふりした後、ようやく目を開ける。
「誰だ、おまえ。」
虎の目の前にいる俺は、人間の姿だ。
それも素っ裸の人間の男。
虎の記憶にはない姿だ。
だからドラゴンの姿に戻る。
大きさは人間のままだが。
元の大きさになったら、なんか面倒な事になりそうだし。
「あ、おまえか!」
虎は俺に気づいたようだ。
「そうか、おまえも縮尺自在な実力者だったのか。どうりで強い訳だ。」
虎は何かに感心する。
動物変化の実力なら、縮尺出来るか、部分的に変化出来るかで、ある程度測れる。
それと魔法の無詠唱もひとつの基準になる。
無詠唱で九怨葬という九つの火球を放つこの虎の実力も、相当なものである。
「だが、俺だって縮尺自在な実力者。その実力はおまえの上をいく!」
虎も俺に対抗し、縮小していく。
「な、なんだと、これは?」
俺の目の前に、虎柄の白猫が出現する。
「にゃー。」
こ、これは!
なんて愛くるしい小動物!
この世の「かわいい」の頂点に君臨すると言っても、過言ではない!
俺は白猫をなでなでしたくなり、ふらふらと白猫に近づく。
だが突然、白猫は白い虎に戻る。
「おっと。俺も敵に弱点さらしてるほど、間抜けじゃねーぜ。」
虎はニヤける。
「ちょ、おま、あれは反則だろ!」
やばいぞ、あの白猫はこの作品のマスコットにしか見えない!
後は話しを聞いて殺すだけの敵が、仲間入りフラグが立っちまった!
「ふ、あの姿だと人間の社会にとけ込みやすくてな、色々重宝するぜ。それよりおまえ、俺に何をした?俺は九怨葬をくらったはずなのに、ヤケドの跡もない。」
虎は戦闘態勢をとりながら、俺に聞いてくる。
「ああ、それなら俺が回復魔法かけて、状態異常のヤケドも治してやった。」
「なに?」
俺の答えに虎は戸惑う。
「この俺に、回復魔法だと?敵であるこの俺にか?」
「ああ、おまえには確かめたい事があるからな。まだ死なれては困るんだよ。ん?」
俺の答えに、なぜか虎の瞳から涙がこぼれる。
「おまえ、泣いてるのか?」
「な、」
俺の言葉に、虎も自分が涙を流してる事に気づく。
「ふ、こんな俺に回復魔法を使ってくれるヤツはいなかったからな。」
この虎の魔素の色は、赤。
赤系にも回復魔法はあるが、その原理はこじつけに近く、効果も期待できるものではなかった。
「いいぜ。おまえの確認したい事につきあってやってもよ。おまえをただ殺しては、俺も目覚めが悪そうだしな。」
虎はここにきても、まだ俺を殺せると虚勢をはる。
ちょっとカチんときたが、まあいい。
「ち、へらず口を。まあいい。おまえが幻想旅団のリーダーか?」
「俺が、リーダーだって?」
なぜか俺の質問に、虎は戸惑っている。
「ああ、おまえの後からは、誰も小屋から出てこない。という事は、おまえがリーダーで間違いないだろ。」
討伐依頼書にある幻想旅団の構成員は、推定六名以上。
今のところ、この虎を含めて六名。七名目以降はいないのか。
それにあの小屋。
なぜか中の魔素を感じる事ができない。
扉は半開きなのに、中の様子は全く分からない。
「確かにここの統括責任者は、この俺だが、それをリーダーって呼ぶのかな?」
なるほど。幻想旅団ではリーダーという単語は使わずに、違う単語を使うのかな。
頭とか、頭とか、頭目とか、団長とか。
それを聞くのが面倒なので、俺は討伐依頼書を取り出し、虎に見せる。
「俺はこの依頼書を見てここに来たんだが、ここに居たのはおまえら六人。おまえらが幻想旅団で間違いないよな。」
俺は再度確認する。
「ふ、これが俺らの手配書か。なるほど、これが世間の認識だったのか。」
「なに?どこか違うのか?」
虎のつぶやきに、俺はちょっと不安になる。
もしかして、何かの認識違いがあるのか。つまり冤罪の可能性もある。
その場合、俺は無関係な動物を殺した犯罪者になりさがる。
「いや、見方によっては、俺たちがこの依頼書の幻想旅団で間違いない。」
「なんだその言い回し。何か引っかかるな。」
「ふ、実体も無く忍び寄る白い影。それが幻想旅団だ。よく覚えておきな。」
「白い影、」
確かにこの虎が白猫として忍び寄る事を考えたら、怖いものがあるな。
「で、俺もおまえに確認したい事があるんだが、いいよな?」
「ああ、なんだ?」
俺の返事を待たずに、虎はスッと後ろ足二本で立つ。
「おまえは俺に、何をした!」
虎はいきなりどなりつける。
「何って、回復魔法をかけて、状態異常のヤケドを治しただけだが?」
俺には虎が怒ってる理由が分からない。
「状態異常のヤケドって、どうやって治したんだ!」
俺が言い切る前に、虎は発言をかぶせてくる。
「どうやってって、」
俺は言葉につまる。
俺の血に状態異常を治す効力がある事は、知られたくない。
しかしなぜ、こいつはそんな事を聞いてくるんだ?
それによく考えたら、お互い噛みついた時、俺の血はこの虎の口に入ってるよな?
その時は効力を発揮したのか?
俺が色々考えていると、不意に虎が俺を抱きしめてきた。
くそ、油断した!
虎は俺を攻撃するでもなく、俺の頭を自分の左胸に押し当てる。
「なあ、俺の心臓は、動いているか?」
言われてみて、初めて気づく。
確かにこいつの左胸からは、心臓の脈動を感じない!




