第57話 九怨葬と収納
俺の前に現れた、幻想旅団のリーダーと思しき白い虎
こいつは今までの団員とは違い、なかなかしぶとかった。
噛みつき合った俺と虎は、地面をゴロゴロ転がる。
そして虎が下になって、ピタりと止まる。
「ははは、俺と一緒に、死んでもらおうか。」
虎は四本の脚で、俺に抱きつく。
俺は、ハッとする。
俺たちの上方には、九つの火球が浮かんでいる。
虎の野郎が、こっそりセットしていたのだろう。
幻想旅団の新手が来ないかと、警戒しながら戦ってた俺だが、今はこいつとの噛みつきあいに、気がいっていた!
俺は暴れるが、虎の抱擁からは抜け出せない。
「来い、九怨葬!」
虎の呼び声で、九つの火球が一斉に降りそそぐ。
「ふん、おまえひとりで死んでろ。」
俺は転移魔法で近場に離脱。
「ぐぎゃー!」
九怨葬とやらは、全て虎に命中。
虎の身体が燃え上がる!
「あ、やべ。」
ただの燃えてる玉がぶつかるだけかと思ったら、こういう技だったのかよ!
こいつを殺す前に、確認する事がある。
こいつが幻想旅団のリーダーなのか。
まだ他に仲間はいるのか。
そして俺が殺したヤツらは、本当に幻想旅団だったのか!
俺は虎の前脚を、右手でつかむ。
そのまま回復魔法をかけ続け、こいつが死ぬのを防ぐ。
けど、どうすればいいんだ?
この燃えてるのが俺なら、炎を残して、俺だけ転移すればいい。
俺は誰かと一緒に転移も出来るが、その誰かに付随する炎を、残す事は出来るのか?
おそらく無理だ。
その誰かの輪郭、体毛の一本一本全てまで把握すれば、可能かもしれないが、そんなの、どうすれば分かる?
転移魔法の応用として、手に握った物体を、手の届く範囲内の任意の場所に転移させる事が出来る。
けど、虎の全身の炎はつかめるのか?
おそらく手に触れてる炎の部分しか、転移しないだろう。
ならばおそらく、これしかない!
「おい!しばらく息止めてろ!分かったな!」
俺は虎の耳元で叫び、虎の反応も待たずに、降魔の腕輪に放り込む。
俺の左手首にはめられた降魔の腕輪。
一段階封印を解除されているので、元の持ち主である竜王が使えた全ての初歩魔法を使う事が出来る。
そして、八つのアイテムを収納する事も可能。
これは、第一から第八までの、八つの箱があるイメージだ。
第一の箱には、ギルド関連のアイテムが収納されている。
俺のギルドカードと、幻想旅団の討伐依頼書が収納されている。
そして第八から第四までの降順に、俺が討伐した死体が入っている。
熊、狼、カバ、ライオン、ハイエナ。
やっぱり死体は、普段から使う数字の若い箱には、入れたくない。
こいつらが幻想旅団を名乗っていて、俺もこいつらが幻想旅団の団員だと確信が持てるのなら、ひとつの箱にまとめる事が出来る。
そして今、箱番指定せずに咄嗟に押し込んだので、虎の身体は二番の箱に収まった。
俺が収納したのは、虎の身体。炎は入れてないつもりだ。
つまり、これから虎の身体を取り出せば、炎は無くなってるはず。
俺はひと呼吸おいて、虎の身体を取り出す。
虎の身体に、炎は無かった。
よし、成功だ。
ただ、程よく焼けたお肉が、香ばしい香りをただよわせる。
俺が回復魔法をかけながらにぎってた右前脚は、ヤケドも目立たない。
だが、そこから遠ざかるにつれ、ヤケドの状態も激しくなる。
後ろ脚のつま先なんて、ほとんど消し炭状態だ。
俺は取り出してすぐ、回復魔法をかける。
だけど回復魔法だけでいいのか?ヤケドの治療は?
ヤケドは状態異常だから、俺の血を飲ませれば、治せるはず。
現に虎の炎は俺にも燃え移ってたけれど、俺はヤケドを負ってはいない。
俺の回復魔法で、虎の身体の傷は、ほとんど元に戻った。
まだ目を覚さないが、死んでるって事はないだろ。
死んでたら回復魔法自体、効果がないはず。
あとは虎を座らせ、上体を起こす。
問題は、この虎が結構大きい事。
ドラゴンのフルサイズの俺と、ほぼ同じだ。
ここからは人間に変化した俺の右手を、虎の口に突っ込んで、虎の牙で指さきを傷つけ、血を流すつもりだ。
ミーシャの呪いを解いた時は、指さきの血をミーシャのベロにこすりつけ、ツバごと飲ませた。
今回の虎は、意識がないから、直接喉奥に流し込まないといけない。
ところで、人間の姿の時に部分竜化って事が出来るのだが、この逆は可能なのか。
ドラゴンの姿のまま、右手だけを人間の手にしたい。
ドラゴンの姿の時は、体長を変える事も出来る。
だけど人間の姿の時には、それが出来ない。
つまり、部分人間変化は、無理だと思う。
とりあえず、試してみよう。
俺は意識を集中して、右手だけを人間に変化させてみる。
「うわ、」
突然バランスを崩す。
ドラゴンの右手は、人間の標準サイズの右手になる。
フルサイズドラゴンの今、それはおよそ五分の一。
右手から強制縮小を伴う人間変化が始まり、それが全身に及ぶ。
ドラゴンの時の大きさから、人間の大きさへと縮む。
しかも衣服の生成はされず、素っ裸のまま、右に倒れてた。
こうなっては、仕方ない。
人間の姿のまま、虎の口に手を突っ込もう。
俺は虎の背中を曲げさせ、何とか俺の顔の高さ辺りに、虎の口を持ってくる。
そして手のひらを上にして、右手を虎の口に突っ込んだ。




