第54話 分身魔法
幻想旅団の討伐に向かう俺のまえに、ミーシャを狙う刺客がたちはだかる。
元々は、ふたりいた刺客。姿を見せないもうひとりの刺客に気を取られる俺は、目の前の刺客の攻撃を受けてしまう。
この刺客。
攻撃の間合いが、どこかおかしい。
普通にかわしたはずなのに、なぜか食らっている。
どんな仕掛けがあるのか分からんが、この謎を解かない事には、俺に勝機はない。
どこに居るのか分からん、もうひとりの刺客に気を取られる訳にもいかない。
今は目の前の刺客に、集中するべきだ。
その前に、こいつから距離をとって、辺りの気配をさぐる。
今の俺がさぐれる範囲は、半径20メートルくらいが限界。
ソーマの泉を飲んだ直後より、格段にその範囲は狭くなっている。
目視で確認出来る範囲と変わらないが、見逃しの漏れはない。
その範囲内に、もうひとりの刺客はいない。
街も近いので、数人の人間の気配は感じる。
「ふ、死にたいのかな。」
刺客は、気配をさぐるのに集中してる俺に、素早く近づき、スピードの乗った右ストレートを放つ。
「く、」
俺は後方に飛びながら、何とかガードする。
ずが!
だが、ガードが間に合わず、渾身の一撃をくらってしまう。
「くそ、」
俺はこの一撃の威力を利用して、さらに後方に距離をとる。
ガードは、何とか間に合うタイミングだった。
だけどそこから瞬時に間合いが伸びた。
まるで、腕を一本分、前方へ瞬間移動させたかのようだ。
「まさかな。」
俺はゾッとするひとつの仮説をたてる。
俺が使う転移魔法の応用。
これに似た事が、こいつにも出来るのかもしれない。
具体的には、自分の身体の一部を転移させる事。
これにより、攻撃の間合いを一段階伸ばす事が出来る。
まずは、この仮説が正しいか、確かめよう。
俺が正面から突っ込み、刺客の反撃を誘う。
このカウンター攻撃を真横にかわして、こいつの腕がどうなってるのかを確認する。
おそらく、伸ばした腕の途中が切断され、拳の方が前方に放り出されてる様に、見えるはず。
だが刺客の反撃を察知した瞬間、何かの違和感を感じる。
この刺客ひとりに、なぜかふたり分の魔素の気配を感じる。
一瞬の戸惑いが、俺の行動に制限をかける。
横にかわすタイミングをつかめなくなり、突っ込む俺は、ブレーキをかけるが間に合わない。
「く、」
俺は軽く身体を浮かす。
地面という踏ん張り所がない分、受ける攻撃のダメージをいなせる。
ぱし、ぱし!
俺は右手と左手で、刺客の右ストレートを受け止める。
右手と左手に、それぞれ刺客の右ストレートを受ける。
そう、ふたつとも右ストレート。
刺客の右腕が、二本あるのだ!
「こ、これは、分身魔法か!」
俺は素早く後方へ飛ぶと、改めて刺客の右腕を確認する。
右腕の肘の先に、不自然な右手が生えている。
「ふ、ばれちまったら、仕方ない。」
刺客の不自然な右手が、徐々に右側に移動する。
右腕がはみ出していくと同時に、身体そのものが右側にはみ出していく。
そしてもうひとりの刺客が、並び立つ。
「俺の秘密を知ったからには、死んでもらうぜ!」
分身体の方の刺客が、俺に突っ込んでくる。
「ふ、死ぬのはそっちだ。」
俺は俺の首にはめられた首輪を、右手で掴む。
そして俺も突っ込む。
分身体の竜化の兆しが見えたので、転移魔法で至近距離まで距離をつめる。
そのまま転移魔法の応用で、俺の首の首輪を、分身体の首にはめてやる。
「ぐえ!」
竜化した分身体の首に、首輪がくいこむ。
自分の身に何が起きたのか、理解出来ない分身体は、そのまま竜化を続ける。
どさ。
分身体は竜化途中のまま、ひざをつく。
首輪の部分だけ、分身体の首がくびれている。
俺は完全竜化すると、こいつの頭部に回し蹴りをぶち込む!
分身体の頭部が、胴体から離れて飛んでいく。
俺はそのまま、本体の方の刺客に、襲いかかる!
完全竜化した今の俺は、人間の五倍ほどの大きさのドラゴン!
他人に見られる心配のない、森の奥まできたから、久しぶりにドラゴンに戻れる!
「ぐらあ!」
俺は大口を開けて、刺客に突っ込む!
「うおお!」
刺客も完全竜化で、俺を迎え打つ!
刺客は再び分身魔法を使い、自らの前に分身体を出す!
俺の間合いの関係を無視した攻撃!
だけどその攻撃は、空をきる。
同時に俺は、転移魔法で刺客の背後をとる!
分身魔法を見られた刺客が、俺を逃すつもりがないように、俺も転移魔法を使うからには、こいつを逃すつもりはない!
がぶり!
そして刺客の背後から、右肩にかじりつく!
「ぐは、てめ!」
刺客は俺の顔面をひっかいてくるので、何度も離れては、かじりつくを繰り返す。
「く、くそ!」
刺客の爪が、何度か俺の眼を突き刺そうとする。
俺の顔面につけられた傷は、徐々に眼球へと近づく。
刺客の爪をかわし、何度かかじりつくが、この攻撃もそろそろ限界。
棒立ち状態だった刺客の分身体が、緩慢な動きで俺に近づいてくる。
分身体が俺を攻撃しようとするので、俺は転移魔法で後方に退く。
俺を攻撃しようとした分身体は、その姿を消す。
そして刺客がひざまずく。
「そう、か。おまえの使う魔法は、帰還魔法じゃなくて、転移魔法だったのか。」
刺客の額に、あぶら汗がにじむ。
すぐに治療を受けないと、刺客は死ぬ。
「ふ、それがどうした。」
なるほど、帰還魔法と言う魔法もあるのか。知らんかった。
「ミシェリアを、逃すには、ぴったりの、魔法、だな。」
刺客は自らの死を悟るがごとく、サバサバとした表情を見せる。
「おまえ、回復魔法が使えないのか。」
そんな刺客を見て、俺は疑問に思う。
「ふ、分身魔法なんて、特殊な魔法を、使うんだ。転移魔法を使うおまえも、回復魔法は、使えないだろ?」
「いや、俺は使えるよ、回復魔法。」
俺は刺客につけられた顔面の傷を、回復魔法で癒してみせる。
その様子に、刺客はショックを受ける。
「ふ、そうか。だからおまえは、ミシェリアに近づけたんだな。」
「なに?」
刺客が何言ってるのか、よく分からなかった。




