第52話 鋼鉄の微笑
幻想旅団討伐依頼を受けるのに、依頼内容を教えてくれないギルドの受付嬢って、何考えてるんだろう。
「ぐ、」
俺の右拳を握るナナさんの手に、さらに握力が込められる。
俺の苦痛の浮かぶ顔を、ナナさんはにやにやと見てくる。
「ナナさん、お戯れは、そこまでになさい。」
ここでルル姉が止めに入る。
「えー、だってこの子面白いし、私気にいっちゃった。」
と言いながら、ナナさんは握力をゆるめる。
「はあ、公私混同しない。」
ため息をつくルル姉。
つか、気に入ったって、何?
普通に邪魔者扱いしてなかったか?
「まあいいわ、ギルドカードを出して。」
「あ、はい。」
ギルドカードは、前回ナナさんに返された時、俺の左手に握られている。
俺の右拳にはまだ、ナナさんの手がそえられている。
俺が差し出すギルドカードを受け取り、俺の右拳からナナさんの手が離れる。
「ほら、ここにね、スイッチがあるでしょ。」
ナナさんはギルドカードの裏側を、俺に見せる。
そこには、スライド式のスイッチがあった。
依頼を受ける前には、無かった装飾だ。
「討伐対象と対峙したらね、これをオンにするのよ。」
ナナさんはスイッチをスライドさせる。
が、スイッチは動かない。
「これをオンにすれば、活動記録が出来るわ。見ての通り、持ち主本人にしか、操作は出来ないんだけどね。」
そう言ってナナさんは、ギルドカードを俺に返す。
「あ、ほんとだ。」
俺がスイッチをスライドさせると、確かにスイッチは動いた。
「で、これって何の意味があるんです?」
スイッチをオフにしながら、聞いてみる。
「討伐依頼の場合はね、対象の損傷が激しくて、判別が出来ない場合もあるのよ。だから、討伐状況を記録してもらう必要があるのよ。」
「はあ、」
俺はカードを裏表ひっくり返しながら、見てみる。
このカードに、討伐状況を記録って、録画機能とかあるんかな。
どんな技術なんだろ。
なんかの魔法でも働いてるのかな。
「依頼書にもあるけれど、幻想旅団は今まで、四組の依頼契約者を返り討ちにしてるわ。」
ナナさんは、依頼書の一部を指差す。
「サム君も、気をつけてね。」
「はい、って、あれ?」
ナナさんの指から、少し離れた文章に、俺の目が止まる。
「アジトは、この街の東の森の中ってありますけど。」
俺はその文章を読み上げる。
「だったら、みんなで討伐しに行ったりしないんですか、討伐隊でも組んで。」
ナナさんは、首をふる。
「ここに来る対人の討伐依頼はね、どれも警備隊の手には負えなかった事案なのよ。」
「え、警備隊?」
やっぱこの世界にも、警察みたいな組織があるみたい。
だけど、その警察の手に負えない連中って、ヤバくないか。
「幻想旅団はね、アジトは特定されてるけれど、構成員の事は何も分かっていないの。最低六人いるらしいって事くらいよ。」
「はあ、それを討伐、ってか殺していいのかな。」
「殺すつもりでいかないと、サム君が殺されるわよ。」
その言葉に、俺はゾッとする。
「何?辞めたくなった?契約金は戻らないわよ?」
「あ、いえ、そんなつもりはありません。」
俺は首をふる。
俺は人間は殺さないって、ミーシャに言われたけれど、その言葉が嘘になる予感がした。
俺がその気になったら、千尋峡谷のドラゴンどもを、全滅させる事だって可能。
それに、このギルド内の冒険者たちだって、同じだ。
ただ、ナナさんとルル姉の実力が未知数ではあるが。
「どうやら、大丈夫そうね。」
俺の考えを察したのか、ナナさんはニヤける。
「ええ、どうやらすぐ近くに居るみたいだし、とっとと片付けてきますわ。」
そう、とりあえずは報酬ゲットしないと、何も始まらない。
「そう、頑張ってね。」
ナナさんは、ニコりと手を振る。
「はい、行ってきます。」
俺は片手を上げてナナさんに答えて、ギルドを後にする。
「おい、ちょっと待てよ。」
ギルドを出た所で、誰かに呼び止められる。
なんか最近見た気がする、ふたり組。
うーん、誰だろ。
まだ登場人物も少ないし、分からないはずもないんだが。
「てめー、ナナちゃんの鋼鉄の微笑を崩したからって、いー気になるなよ?」
「アイアンスマイル?」
何の事だか分からんが、前回までのナナさんはずっと営業スマイルを崩さなかったが、今回は普通の感じの笑顔だった。
このふたりは俺がナナさんと話す前に、ナナさんと話してたヤツらだが、俺の記憶には残っていない。
「おまえ、俺らより強いとか、ぬかしやがったよなぁ、えー、おい。」
「Fラン風情が、いー度胸だな!」
俺が要領を得ないでいると、ふたり組がキレだす。
「あのー、なんか知りませんが、邪魔しないでください!」
弱っちいヤツらにからまれ、俺も少しイラついてくる。
こいつらを殺すにしても、ここはギルドの目の前。
俺たちの会話も、ギルド内に聞こえてるはず。
ここでこいつらを殺すのは、ヤバい気がする。
ならば、転移魔法でどっかに連れて行けばいいが、出来れば人前では使いたくない。
うーん、どうしよっか。




