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8-3






 ようやくエリシアと両思いになったというのに、デリックは気分が晴れないままだった。


「エリシア先生!これ、受け取ってください!」

「えっ…。あ、ありがとう…?」


 エリシアの教員部屋が見渡せる裏庭の木の上で惰眠を貪っていると、男の気配がした。職員室に向かおうと裏庭を歩いていたエリシアのところへ、待ち構えていたように男子生徒が飛び出したところだった。



「あの、僕、エリシア先生のことが、ずっと好きでした…」


 菓子のようなものを渡した男子生徒は、続けてエリシアに迫っている。見惚れるというよりは切迫したように必死な男からは、恋心は微塵も感じられない。



「先生に、既に恋人がいるのは存じています。僕は二番目で構いません」

 勝手に話を進めていく男に苛立ちを覚える。


「…ええと…、ごめんなさい。そういうつもりなら、これは受け取れません」

「っこ、困ります…!」


 何でお前が困るんだ。

 エリシアの方が困ってるのが見えないのか。


 さっさと散れこのクソネズミが。

 威圧するデリックの気を感じたように、男子生徒の背筋に悪寒が走る。男子生徒は土産だけを素早く置くと、エリシアの元をすたこらさっさと去っていった。


「…何なんだろ、最近」

 そう呟きながらエリシアは包装紙を開ける。中身は手作りのクッキーのようだった。


 人を魅了する魔力が掛かっている。

 …恐らくあの男を好きにさせる魔法を掛けて作ったんだろう。



「美味しそう」

 ……まさか食うつもりじゃないよな?


 エリシアがそれを口元に寄せたのを見て、デリックは移動魔法をして華奢な手首を掴んで止めていた。

 エリシアの口は閉ざされていて、匂いを嗅いでいたようだった。


「デリック…」

「捨てろ。そんなもの」

「…でもせっかく作ってくれたみたいだし、捨てるのも可哀想じゃ…」

 だからといって食べそうにもないエリシアからそれを取り上げ、箱ごとゴミ箱に投げる。



「あっ…」

「それより」


 エリシアの腰を引き寄せるとそれだけで頬が色付く。


「二日ぶりなのに全然会いに来ないんだな?」

「いるなんて、知らなかったから…。まだ魔塔にいるんだと思ってた」

 誘惑するような瑞々しい唇に引き寄せられ、エリシアの顎をくいと上げて唇を寄せる。


「っやめて」


 あと少しの距離のところで、エリシアの両手がデリックの口を覆った。



「何でだよ」

「みんながいるところでこういうのはやめて」

「ほとんど人いねえよ」

「こんなにいるじゃない」

 こんなにと手のひらで差した方には、確かにチラチラとこちらを気にする生徒らがいた。


 一瞥すると「ひっ!」と怯えて顔を逸らす。



「誰も見てねえよ。だいたい見られてもいいだろ」

「私は教師なんだから……」

 語尾の小さくなっていったエリシアを不思議に思い見ると、その視線の先には、生徒と熱いキスを交わす別の教師の姿があった。



「…ほらな」

「…っとにかく私は困るの。人前でこうやって触れるのもダメ」


 そう言ってエリシアは腰にあった手を振り払い行ってしまう。

 …二日ぶりだったのに…。


 結局、エリシアと俺の思いには差がある。


 俺がどんなにエリシアを渇望していても、エリシアが与えてくれる愛には限度がある。


 俺だけを見て、俺だけを愛し、俺だけを感じてほしいのに。



 授業をまともに受けると褒めてもらえるから仕方なく受けるが、退屈なものばかりで寝ていることも多かった。

 しかし指摘する者はおらず、技術テストで力を見せれば教師も感嘆の溜息を吐いて納得せざるを得なかった。


 そんな生活が功を奏したようで、普段反発ばかりしていた魔塔の魔導士たちの態度が少しだけ、変わりつつあった。デリックを無視していた魔導士たちが挨拶をするようになったり、魔物退治の連携を要請してきたり。

 元々魔力のあるデリックはかなりの戦力になるため、協調性が身に付いたことで引っ張りだこだった。


 しかしグロスター公爵率いる反対派はまだまだデリックを認めず、何か企んでいるような素振りもあった。




♢♢♢




「デリック」


 目が覚めると、ぼんやりと人影が見えた。


「…エリシア?」


 デリックは目を見開いた。

 ハニーブロンズの髪が豊富な胸を隠している。一糸纏わぬ姿のエリシアが、デリックの上に跨っていた。


 …薄暗くてよく見えない。


 手を伸ばすとまるで誘導するようにその手を掴まれ、胸に当てられた。滑らかな肌を越えた弾力と柔らかさだった。


 

「好き…」

 

 頬を上気させ戯言のように呟くエリシアに、一瞬にして体が熱くなった。

 いつの間に脱がせたのかデリックも服を着ていなかった。エリシアがほんの少し身を捩るだけで、昂ったデリックのものが濡れたそこを掠めた。



「俺も、好きだっ…」

「デリック…っ」


 華奢な腰を掴み、昂ったそれをエリシアの熱く乱れたところに充てがう。



「愛してるデリック…っ」

 

 その言葉だけで心は満たされていた。



 ようやく一つになれる。








 その瞬間に目が覚めた。

 先ほどと同じベッドだが一人きりで、裸のエリシアなど当然いない。


「くっそ…」


 夢だったのか…。


 目を閉じると未だにエリシアの体の曲線美が思い起こされた。

 体ばかり昂ってしまうことに、デリックは再び深い溜息を吐いた。


  


 


♢♢♢





 本当はあの日、嘘を吐いたんじゃないか。

 凍った店を元に戻すために、俺が好きだと偽ったんじゃないか。

 そんな疑念が湧いては、そんなことはないと否定してきた。


「デリック、やめっ…」

「無理」

 エリシアが身を捩らせると興奮がより高まる。



「待、って。止めてっ」

「止めない」


 エリシアが涙目で振り返る。

「止めてっ…」

 

 その瞬間デリックは理性が弾け飛びそうになった。ガバッとエリシアを抱きしめて、どうにかその気を抑える。

 既に体は昂りを覚え、硬くなったものを知らず知らずのうちにエリシアに擦り寄せていた。



「…じゃあ好きって言って」


 不安だった。

 エリシアに本当に愛されているのか。


 人前でキスも触れ合いも嫌がられ、二人きりでも体を重ねることすら拒絶される。


 だからその口でせめて好きだともう一度言ってほしかった。



「…エリシアからちゃんと言われたことないんだけど」

「…それはっ…。……あの日、言ったよ」


 けれどエリシアは肝心なところで逃げ腰になる。


 まるで思ってないから言えないかのように。


「…毎日でも言われたい」

「絶対飽きるよ…」

「そんなことない」


 またどこかへ逃げてしまいそうなエリシアを、きつく抱きしめた。


 こんなに求めている言葉を飽きるはずがない。

 何年もずっと求めていた人をようやくこの腕で抱き締めることができた。

 

 それほどエリシアに会いたかった。

 エリシアが欲しかったのに。



「俺はこんなにエリシアが好きなのに…。

いつも俺ばっか…」


 ようやく顔を上げたエリシアがあたふたしていた。



「…っごめんデリック。でも…」

「エリシアは本当に俺が好きなのか…?」

「え…?」


 否定してほしかった。


 好きだと言ってほしかった。



「何で疑うの…」


 けれど返ってきた言葉はそのどちらでもなく、責めるような、悲しむような言葉だった。


 やっぱり、エリシアは俺のことを……っ。



「……っ疑うだろ普通。

俺が会いに行かなきゃエリシアからは会いに来ないし」

「それは、私が行くまでもなくデリックが先に会いに来るから…」

「人前でキスするのも嫌がるし」

「当たり前でしょ。私は教師だし、それでなくても人前でなんてできないよ」

「他の恋人はみんなやってる。生徒と付き合ってる教師も」

「…デリック…」


 聞きたくない。

 聞くのが怖い。


 だが怒りが込み上げて考えるよりも先に口走っていた。


「本当は俺との関係を隠したがってるんじゃないか」



 じいとエリシアを見つめると、焦ったように目を逸らす。


 ……何だ。

 そうだったのか……。


「違うよ。ただ、公にするのはちょっと…」

「何でだよ」


 途端に全てをぶっ壊したいほどの衝動が込み上げた。訳が分からないと言いたげなエリシアの態度が尚更腹立たしい。



「俺はっ…エリシアが俺のだって全員に知らしめたい。誰もエリシアに近付けないようにしたいっ」


 その言葉に、複雑そうな表情を浮かべたエリシアは何も答えてくれなかった。



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