6-4
今回もギルバートの過去回です!
だがデリックはそれ以降も、禁忌の魔法に没頭していた。
放課後や昼休みの度にターナーと示し合わせたように寮の共用部屋で過ごしていたが、三人でいる時もデリックは蒸し暑い日や昼間はイラつきやすく、クマも酷いままだった。
「あいつ夜寝てるのか?」
「…いや、静かな時もあるが、恐らく寝れてないだろう。
たまに夜中に防御魔法を破って魔力が暴発しているようだし…」
「…鎮静薬とか投与してでも眠った方が良いんじゃないか?」
あれほどの魔力の持ち主に果たして鎮静薬が効くのかどうかも怪しい。体が拒否反応を起こして跳ね返しそうだ。
だが、デリックはこちらが見ていられないほど禁忌の魔法に執着していた。
「あそこまでして誰を蘇らせたいんだろうな。
エストランテの王家でいったって近年亡くなったのは異母くらいだろ?」
「…ブロンドヘアと関係あるんじゃないか?」
その時、憔悴しきったデリックが部屋から出て来る。お手洗いに行ったようだが、ターナーは席を立って紅茶を用意するとギルバートの隣に席を移した。
やがて出てきたデリックは、ターナーが元いた二人掛けソファに腰を下ろし、紅茶を啜ると電池が切れたように横になる。
「なんかデリックの母親みたいだな」
「実質世話をしてるのは俺だからな。
食事も目の前に出さないと食べないし…」
本人の前で言ってもデリックはソファに顔を向けていて何の反応もない。
「あ、そういえばこの前エストランテの使者が来て───」
その話を切り出した途端、ソファやテーブルがガタガタと震え出す。デリックの魔力を感じた二人は顔を見合わせた。
「……え、っと…、何だっけ。
それで、デリックのお兄さんの───」
今度はティーカップがガチャガチャと音を立てながら浮かび上がった。
え、なに?この話題ダメなの?とギルバートは顔で訴えると、今はやめておけ。と言わんばかりにターナーは首を振った。
デリックは来る日も来る日も禁忌の魔法に没頭していた。
目の下の何十ものクマを心配したギルバートは薬屋で睡眠薬をもらいデリックに試してみろと渡した。
そんな安易な提案をしたのがいけなかった。
デリックはその時は快眠だったと感激していたが、やがて、また眠れなくなった、すぐ目が覚める、と言って量を増やしていき、最終的には劇薬指定をされている強力な睡眠薬に手を出したのだ。
飲む度に死が近付くと言われている薬。
俺はデリックから生きる気力を奪ってしまうきっかけを作った事を、酷く後悔した。
だからデリックの“想いびと”が見つかった時、絶対に結ばれてほしいと願った。
あんなに不眠症に悩まされていたデリックが、エリシアがいると安らかに眠り、顔色も良くなっていった。そしてそれは感情の起伏が激しかった性格をも思慮深くさせた。
そして今、俺は二人の恋路を応援している。
♢♢♢
「エリシアちゃん、さっきの怪我、本当に治ったの?」
授業中に不注意で足にナイフを掠めたエリシアは、その後通常通りの授業を続けた。
黒板を手動で拭くエリシアを呼び止めたギルバートは、風魔法で黒板消しを独り歩きさせる。
「はい。さっきはビックリしましたけど」
王立学院の女子生徒たちは気まずいのかチャイムが鳴るなりそそくさと教室を後にした。
「それよりギルバートさんってパトリツィアさんの弟だったんですね」
「結構有名だけど、エリシアちゃん知らなかった?」
彼女の授業に出ているのも、彼女に手出しをする王立学院の女子生徒たちから守るためだった。デリックがいる限り大怪我は有り得ないが、近頃デリックは頻繁に魔塔に呼ばれて不在が多い。
「ギルバート」
それまで二人で会話を楽しんでいたが、乱暴に肩を引かれる。
「距離が近い」
ギルバートを遠ざけたデリックは鋭い眼差しで睨んできた。
たまに名前を呼ばれたと思ったらこれだよ、全く。
誰の協力のお陰で今日まで仲良くやれてると思ってんだ…。
「はいはい、すまなかったね」
邪魔者は退散するとするか。
「デリック」
未だにギルバートに睨みを利かせるデリックは、エリシアに呼ばれて振り返る。
「…心配掛けてごめんね」
不意にしおらしくなったエリシアに見上げられたデリックは、その上目遣いに「…いや……」と言葉を詰まらせる。
「…俺も、怒鳴ったりして悪かった」
「うん」
一時はどうなることかと思ったが、杞憂だったようだ。仲睦まじげなデリックとエリシアはその後も何かを話しながら、その顔に笑みを浮かべる。
…よかったよかった。
エリシアが開いていた教科書を魔法で閉じて持ち物を1箇所にまとめたデリックは、会話をしながらさりげなくエリシアの手に指を絡める。
驚いたエリシアが飛び退こうとすると腰に手を添えて防いでいた。頬を染めて文句を言うエリシアに、それでもデリックは嬉しそうに微笑んでいた。
…自分の方が距離近くね?
そんなことを心の中で突っ込んでいると、支度を終えたターナーが出口まで降りてきていて並んで教室を出た。
そんな二人の様子を、廊下を通り掛かったマルティーナがじっと見つめていた。
♢♢♢
番犬の如く今にも生徒たちに噛み付きそうだったデリックも、何を言われたのか無闇に手出ししなくなった。
人目なんて気にしなかったデリックのその成長は大きく、未だに教師陣はビクビクしているが女子生徒たちのデリックを見る目は変わってきていた。
「デリック先輩が───」
「なに、何の話?」
「わっ、ビックリした!」
「ギルバート先輩!」
「お久しぶりですっ」
「久しぶり。それで、何話してたの?」
乱暴な物言いを好まない女性相手にだけ口調が柔らかくなるのは身に染み付いた癖のようなものだった。
貴族として品行正しくレディにはより丁寧に接するように、ギルバートは幼いうちから叩き込まれていた。
ギルバートが顔を近付けるだけで、後輩の女子生徒たちは顔を紅潮させ口を開く。
「デリック先輩って、最近雰囲気優しくなったよねって話してたんです」
「元々魔力も高いしベンジャミン王太子殿下にも並ぶ美貌だし、最近は穏やかで顔色も良くて」
「クールで人を寄せ付けない一匹狼みたいなのに、リンデン先生に一途なところも良いよね〜」
「私見ちゃったんだよね、デリック先輩がリンデン先生に微笑んでる姿!」
隣のエストランテとは違いバルティーナは身分や地位の格差を気にせず、個人に対する理解があって寛容な国民性だった。そのため教師と生徒が恋愛をしていることに対して何かを思うことはなかった。
加えて教師と生徒の恋はざらにあるというのもある。だが一番の理由はやはり、“あの”デリックが女に靡いたからだろう。
魔塔の後継者だけあって入学当初から良い意味でも悪い意味でも人気があったが、女子はおろか男子にも心を開かなかった。会話をできる生徒はギルバートとターナーくらいで、その姿を見たことのない生徒もいるほど、デリックは人間と一切の交流を絶っていた。
「はあ〜、いいな〜。私もあんな風に見つめられたい…」
一人の女子生徒がうっとりしながら溜息を吐いた。
これは本人が聞いたら不機嫌になるやつだな……。
「そうだったんだ〜。
でも妬けちゃうな。他の男にばかり騒ぐなんて」
ギルバートが傷付いたフリをすると、それだけで女子生徒たちは両手をちぎれんばかりに振って否定する。
「ギルバート先輩の方が百倍格好良いですよ!」
「いつも紳士的で優しいし!」
「この前の魔力テストも見ましたよ!すごかったです!」
「私たちの話をこうやって聞いてくれるのもギルバート先輩だけですよ!」
ギルバートは女子生徒たちも悩殺の笑顔を見せてお礼を告げた。くらくらとよろめく女子生徒に手を差し伸べ助けていると、ターナーが近付くふりをして肘を当ててきた。
目線で訴えられ、その方を見やる。
敷地内の庭園の木陰に、フードを被った怪しい人影が隠れていた。
「じゃあみんな、またね」
軽く手を振ってその場を後にする。
「また諜報員か」
「魔力のないエストランテの人間は感知しづらいな」
「そんなにデリックを引き抜きたいんだな」
「七年前にデリックが神の咆哮を起こしてから、北の国と一触即発だそうだ。しかし募っても出征を希望する騎士が現れないらしい。
デリックがいれば百人力…いや、それ以上だろうな」
ギルバートは数ヶ月前の神の咆哮で吹き飛ばされた事を思い出す。
「それでまたあんな目に遭うのは勘弁だけど」
「だな…」
いつもデリックの味方をするターナーも今回ばかりはギルバートの味方のようで、その時を思い出したのか苦労を顔に滲ませて嘆息した。
「じゃあ次、魔法公転理論だから」
「おう、後でな」
さすがに校内でデリックやエリシアちゃんに手を出せば誰かに見つかるはず。あんな風にコソコソ隠れているならそんな目立つような真似はしないはずだが、果たしてどう出てくるのか…。
「っきゃ」
考え事をしていたギルバートのところに女子生徒が倒れ込んでくる。
胡桃色の癖毛がふわっと広がった。
小さな背中に腕を回して支えると、紺色にも近い碧眼がギルバートを見上げた。
「あ…、す、すみません!」
その顔には見覚えがあった。
カシア・バーケット。
エリシアの授業に出席しているエストランテの交換留学生の一人で、先日エリシアの足に怪我を負わせた女子生徒だった。
首まで赤くして慌てて離れようとするカシアのすぐ後ろには、魔法学園の女子生徒たちが仁王立ちしていた。
「何あの子、ギルバートくんに媚び売って…うざ」
「ああやって男に取り入ることしか脳のない連中なんだよ、エストランテの女たちは」
「本当低俗ねえ。本当に汚らわしいのはどっちなんだか」
いつかの入学式にデリックを侮辱した王立学院の女子生徒の言葉を言っているようだった。
震えて縮み上がったカシアは俯いてしまう。
大方すぐそこのお手洗いに一人で寄って捕まった、ってところか…。
「…怪我してない?」
「えっ…あ、はい…」
カシアは意外そうに目を見張った。
「ギルバートくん、そんな子まで庇うなんて優しいんだから」
「でもその女はエリシア先生に手を上げたんだよ。とっても卑劣な人間なんだから」
学園の生徒にも群れて人を攻撃する部類の人間はいる。
「…俺もその場に居合わせましたが、彼女の不注意だったんですよ」
「でも怪我を負わせたことに変わりはないでしょう?」
何でも良いんだろう。
気に食わないエストランテの弱者を相手に、都合良く罵倒できる理由があれば。
「そうですね。エリシア先生には謝罪した?
あの時は慌ただしくてできなかったと思うけど」
「い、いえ…」
「じゃあ今すぐ行ってきたほうがいい」
「…!」
カシアの背中に手を添えて、そっと行けと促す。カシアはギルバートを気にしつつも小走りになってその場を離れた。
「っちょっとギルバートくん!」
「私たちまだあの子に話があるんだけど!」
「まあまあ先輩たち。そんなに怒ると綺麗な顔が台無しですよ」
ギルバートが女子生徒たちを宥める姿を、カシアはチラチラと振り返りながら見つめていた。
ギルバートはクラスメイトによく女の子にだけ優しいと誤解されがちですが、正しくは“男子にも優しいが女の子には特別優しい”です。




