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4-1



 それからも、寝ている間にデリックの移動魔法で誘拐されることは度々あった。

 初めは見慣れない男性の半裸に赤面して悲鳴を上げてばかりだったエリシアも、日常となってくると容姿も相まって寝顔に見惚れるようになっていた。

 夏休みだというのにみんなは毎日のように集まって雑談を交わしたり、読書をしたり、お茶をしたり、思い思いの時間を過ごしていた。


「最近デリックのやつ大人しくなったんだ。

それもこれも、エリシアちゃんのお陰だよ」

「いえ、私は何も…」


 大人しくなったってことは、今まで騒がしかったのかな?

 デリックが騒いでいる姿なんて想像つかないんだけど…。



「それに、良く眠るようになった。前は人前では絶対に眠らなかったのに…」


 ギルバートとターナーの向かいのソファで、エリシアの膝に頭を預けたデリックはぐっすり眠っていた。


 穏やかな寝顔でエリシアが髪を撫でても気付かないほど。

 こうやって大人しく寝てる時は可愛いのに、起きるとどうして衝動的に動くというか、手が先に出てしまうのか……。

 


「…相当エリシアさんのことが好きなんですね」


 エリシアの顔は湯気が出そうなほど真っ赤になる。

 昔は一緒になって眠っていたけれど、子どもだったあの頃と今とでは全然違う。


 バルティーナに来てから昔より人と関わる機会は増えたけど、男性と触れ合うほどの関わりを持ったことはない。

 ターナーの言う“好き”に深い意味がないと分かっていても、エリシアは意識せずにはいられなかった。



 でも私来年度から教師になるのに特定の生徒と親密になるなんて、という考えも一瞬横切ったのだが、前世やエストランテが厳格だっただけであり、バルティーナでは家庭教師と教え子の恋はよくある話で、学園内でも教師と生徒が交際している話はオープンになっていた。


「ターナー、あとでデリックに怒られるぞ〜」

「事実をお伝えしたまでだが…」

 

 ターナーも悪気があったわけではなく、眉を顰めている。


 でも、よく眠るようになったのは確かなのかもしれない。

 昔のように酷かった目の下のクマも、段々と薄くなってきている。深い眠りについているのか寝起きにぼんやりとした顔で寝惚けていることもあった。

 


「まあでも、言いたいことは分かるよ。

デリックが頻繁にブロンドの女子生徒を目で追うから、ファンの間ではブロンドブームになったくらいだからな」

「…ファン?」


 それもそうか、これだけのイケメンだもん。ファンがいないはずがないか…。

 …って、何落ち込んでるんだ私…。


 その存在に落ち込んでいる自分がいることが、エリシアは意外だった。



「ああ、でも、誤解しないでね。

デリックはどんな女にも靡かなかったから。

ただ、ブロンドを見るとエリシアちゃんを思い出すらしくて」

 そっか…。


「未だに私のこと、覚えててくれてたんだ……」



 デリックを見つめる顔が、知らず知らず緩んでいた。一瞬沈んだはずの心が、今度は弾んでいる。


「覚えているどころか、酷い執着心ですよ」

「ああ。エリシアちゃんは逃げた方が良かったかも」

「え…」


 どうして、と聞く前に、二人に向かって食人植物が伸びてくる。



「ひっ」

「うっ…」

 二人は顔を青ざめると移動魔法で逃げ去った。


「…起きてたの?」

「いや、今起きた」

 欠伸をしながら起き上がったデリックは、大きく伸びをした。

 ちらりと見えた腹からよからぬことを考える前に、エリシアは素早く目を逸らす。


「おはよ、エリシア」



 もう辛い思いはしたくないのに。

 また離れることになっても耐えられる自分でいたいのに。

 

 ふにゃりと気の緩んだ笑みを見せられると、そんな考えもどうでも良くなってしまう。


「…もう夕方だよ…」


 優しい黄金色の瞳に見つめられると、全てを委ねてしまいたくなる。

 …自分を失ってしまいそうで、少しだけ、怖い。

 




 毎日のようにデリックに誘拐され、エリシアが家に帰れるのはいつも日暮れ時だった。

 駄々をこねるデリックを抱きしめてどうにか機嫌を取り、ようやく解放されて家に帰ると、エボラ夫人に「すごい魔力ね」と眉を顰められる。


 そんな日々が続いていた。



 いつものようにエリシアの膝に頭を預けたデリックは魔導書に顔を隠して横になり、二人の向かいでギルバートとターナーが話し相手になっていた。

 いつものメンバーは揃っているはずなのに、部屋の扉にノックがあった。


 思わずエリシアは飛び上がりそうになる。


「ど、どうしよう。私隠れた方が…」


 男子寮にいるなんて誰かに知られたら………。


「この魔力は学園長ですよ」



 ターナーが扉を開くと、そこにはにこやかなカーライルが佇んでいた。


「やあエリシア、皆。元気だったかのう?」

「カーライル様…!」

 見知った顔にホッと胸を撫で下ろす。


 

「何しにきたんだ」

「保護者に向かってその言い方はないじゃろう」


 気の利くターナーとギルバートが席を立つと、カーライルはそこに腰を下ろす。

 エリシアも立ちあがろうとしたが、隣に座り直したデリックに肩を抱かれ身動きが取れなかった。


「紅茶でよろしいでしょうか?」

「ああ、お構いなく」


 ターナーは行儀良く礼をしてティーカップを取りに行く。



「…で、どうしたんですか?

まさか、エリシアちゃんを奪い返しに来たとか…?」


 ソファの手すりに軽く腰を下ろしたギルバートは苦々しい顔をしている。対照的にカーライルは晴れやかでからっとしていた。



「っまさか!奪い返すとは何じゃ。

そもそもエリシアは私のものではないぞ」

「俺のだ」

「人は誰のものでもない」


 デリックは牽制するようにカーライルに睨みを効かせる。鷹揚にかまえるカーライルもそれに応えるように視線を向けた。



「エリシアが本気で嫌がらない限り、ここにいることを止めるつもりはない」

「はっ。止められるなら止めてみろよ。

学園ごと吹っ飛ばしてやる」


 挑発的なデリックの態度にエリシアは冷や冷やしていた。売られてもない喧嘩を勝手に買ったようで、ソファやテーブルがガタガタと震え出す。


 デリックはまるで憎しみのこもったような目でじっとカーライルを見据え警戒していた。

 


「どうぞ」


 タイミング良く紅茶を淹れたターナーが間に入り、場の空気が少しだけ和らぐ。

 ターナーさん、ナイスです。


「……おお、そうじゃ。本題は別件でな。

生徒の中で神の咆哮を見たという声が上がり、皆デリックが引き起こしたと証言しておる」


 エリシアたちは目を見開いた。

 あの日の出来事を、ここにいる四人は目撃した。



「天災だと思われていたものが人災だった。

これが何を意味するか、分かるか」



 カーライルの深刻な表情に、エリシアの中で不安が渦巻く。


 ゲームの中でも神の咆哮は重要な意味を持つ。

 ヒロインが攻略対象者を選び親交を深め、最終的に乗り越える関門、つまりは最終イベントが神の咆哮だったから。



「…どういうことですか?」

「神の咆哮は以前エストランテ王国でもあったんじゃ。

七年前、君が死んだと聞かされたデリックによってのう」

「あ…」


 デボラ夫人が魔力を感じ取ったあの日だ…。



「そして今度はエストランテ王国に帰るよう国王の勅令が下されたことに反発したことで起こった」

「違う。エリシアを殺そうとした奴らがのうのうと生きていて、過去のことを反省もせず俺を利用しようとするのが我慢ならなかっただけだ」

「どちらにせよお前が我慢できないことで引き起こしたんじゃろう」

「…三度目はない。エリシアが生きている限り」


 背筋に冷たい風が吹いた気がしてぶるりと身の毛がよだった。

 今死亡フラグ立った気が………。



「…エリシアちゃんの事になるとデリックは魔力を抑えきれないということですか?」

「それに近いが、エリシアがいない世界なら壊しても構わないと、魔力をコントロールするタガを外してしまうんじゃろう」

「当たり前だろ。国王だって殺すつもりだった」


 なんかあっさりと恐ろしいことを聞いてしまったような…。

 いや、忘れよう。



「神の咆哮がデリックの魔法によるのだと知れ渡れば、それが例え魔力の暴走だったとしても世間からの批判は免れぬ。

特に七年前は大惨事で被害者も多かった。この事実が明るみに出れば、石を投げられるどころでは済まぬぞ」



 ゲームでも最終イベントとして扱われるほど厄介で最大の危機、神の咆哮。

 それが人の起こしたものなら、デリックに後ろ指を指す者も現れる…。


「…お前の魔力は強すぎる。負の感情が世界を破滅するほどの絶望を呼び寄せるんじゃ」

「……」

「自覚はあるのか」



 カーライルに見つめられ、デリックは呆れたような眼差しで深々と嘆息した。


「だから?」


 突き放すような低く冷ややかな声に、隣にいたエリシアでさえ血の気が引くのが分かった。



「世界なんてどうなっても良い。滅ぼうが何だろうが、俺には関係ない」

「……デリック…」

「………」


 ギルバートとターナーもその言葉に固唾を呑んだ。



「…お前学園に入って何年になる」

「二年」

「…まだまだ学ぶことが多いようじゃな」


 カーライルは呆れのような諦めのような顔をして席を立った。



「今のお前と話をしていても埒が明かぬ。

次神の咆哮を起こしたら二度とエリシアには会わせぬから、肝に銘じておくことじゃな」

「エリシアの防御魔法は俺が掛けたんだ。どこにいたってエリシアを見つけられる」

「その全てを壊しててでもエリシアを遠い地に連れて行く」


 売り言葉に買い言葉だった。



「そうまでして世界を壊してほしいならそうすれば良い」



 それが言い合うあまり冷静さをが欠如したことによる発言なのか、元々思っていた本心からなのかは分からない。

 ただエリシアは、このままではいけないということを、張り詰めた空気からヒシヒシと感じていた。


 


人物紹介

◆カーライル・フィンドレー

フィンドレー家の嫡男。


【肩書き】魔塔主、魔法学園の学園長、デボラの夫。

【人物】バルティーナに流れ着いたエリシアを引き取った人物であり、神の咆哮を起こしたデリックを魔塔の後継者として連れてきた人物。

【好き】子ども、デボラ


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