聖徒キーセラ☆犯罪と脱出!
占い堂を出たキーセラは、またまた都市の内部を走っていた。
「で、どうせバレるのが分かってたのなら、なんで嘘なんてついてたんです」
仲間も少ない今、1人では歩けないこの男を占い堂に連れて行くのは十中八九キーセラだ。
ならば貧弱になった理由を「魔王に魂を傷つけられたから」などと言わず、最初から「度重なる時間転遷のせいで」と明かしていれば良かったものを。
責めるような口調のキーセラの問いに、カサギが「たはァー」と返す。
「俺だってこんなはずじゃあなかったぜ。ビリーの一家をタダ働きさせt……顎で使って、その金で一人乗りゴーレムでも調達してから来るはずだったってのによーォ。トリスタリアのヤロウのせいで、早々に上位魔族と戦わなくっちゃあならねーと来た」
「それで戦う前にせめて自分の状態の確認を、って感じですか」
雑な嘘を付いておいて「ケッ、やってらんねーぜ、まったく」とキーセラの耳元で吐き捨てるカサギに、悪びれる様子は一切ない。
「それよりおめー、こともあろうに『旅をやめましょう』だなんて。ったく、情けないったらねーなァア、オイ。涙がちょちょぎれちまうぜ」
どころか、自分を心配したキーセラの言葉に小言を吐く始末だ。
この男、性根が腐りきっている。
「……じゃあもういいですよ。代わりに、自分の状態を確認できたのなら、一つだけ答えてください。その、カサギは、」
キーセラはそこで少し躊躇した。
「カサギは――あと何回死ねるんですか」
勇者。
それは歴史上に五人しか存在しない、神が遣わした人類種の希望とされている。
彼らは加護――法術とは違い、信心や言動に関わらず無条件に神の力を発現できる、正に寵愛の証と言える能力――の中でももっとも強力な時間転遷を持ち、それぞれの時代の五人の魔王を沈めて来た。
勇者が居たから、今の人類種がある。
六代目のカサギは歴代で間違いなく一番支持率の低い勇者だったが、それでもその刃は魔王城にまで及んだし、そうでなくとも、伝承の通りならば、魔王の息の根を止められるのは勇者だけなのだ。
時間転遷にデメリットがあると分かった今、まず気になるのはその残り回数だ。
「どうだか。そりゃあトーゼン、俺だって知りてーが、見当もつかねぇ」
「それは本当なんでしょうね」
「なんだってそう疑う。もうちぃっとばかし仲間を信用する心ってものをよォーオ……」
「信頼に足る相手じゃないですからね」
キーセラの口撃を意にも介さず、カサギが「まぁ一つ分かるのは」と続けた。
「おそらく回数じゃあないっつーことだ。これまで幾度となく死んだが、一度でここまでダメージを受けることは無かった。魔王に殺されて19年も遡ってこうなったことを考えるに……」
「遡った時間による、ですか」
「おうとも。そうだろーぜ」
「なんです。見当はついてるんじゃないですか。やっぱりちゃんと小突いた方がよさそうですね」
「ゲッ、めんどっちーことになったぜ……」
掘った墓穴の深さに顔を顰めるカサギを他所に、キーセラはある考えに囚われていた。
――それじゃあ、もうカサギは……
時間転遷で遡る時間は、自分を殺した相手との力の差が大きいほど長くなる。
その『力』とやらの基準が、もし単純に腕力ならば、今の貧弱なカサギが死んだとき、どれほどの時間が戻り、そして魂に傷を与えるのだろうか。
キーセラの頭の中には、先ほど『世相』で見た、魂の壊れた者が坩堝に落ちていく様が何度も繰り返されていた。
そうしてだんだんとまた旅路への不安が込み上げてきたころ、次なる目的地が見えて来た。
それは人が犇めく大通りの先にある壁、の門。
トリスタリアを追ってすぐそこまで上位魔族が来ていると言う壁外へと、ついに討って出ようと言う訳だ。
正直に言って、勝てる要素はない。
上位魔族と言うのは、その名の通り魔族の中でも頭一つ抜けて強い。
一対一で渡り合える人類種など数えるほどしか居らず、当然、弱りきったカサギが勝てるような相手ではないのだ。
てっきりH&A協会や兵士の力を借りるものかと思っていたのだが、カサギにそのつもりはないらしい。
「やっぱり止めた方が……」
「とりあえず情報収集に出るだけだ。いま二人で戦いに行くほど無策じゃあねーっつーの」
「え?」
「だいたい敵の居場所さえ知らねーんだ。スエサクの隠れ家に行って、脅してでも協力してもらう」
「……スエサクさんには申し訳ないですけど、それがいいでしょうね」
キーセラは、有能なせいでカサギに使い倒されては、その度にトラウマを抱える忍者の鐵人に思いを馳せて、心の内で合掌した。
「っつーワケで封鎖された門を出る為に、あれを使う」
カサギが背中でもぞもぞと動いて、キーセラの肩に下がる荷袋を叩いた。
「……他に方法は無いんです?」
「あぁ、無いね」
あらかじめ聞かされていたが、やはり気が重い。
キーセラとて善行しかしてこなかった訳ではない。
むしろ、清廉一辺倒な箱入り娘というよりは、世の清濁を併せ呑みながらそれでもまっすぐな心が素晴らしい、と言うのが周囲からのもっぱらの評価である。
自ら進んで悪行をしたこともないが、カサギの仲間として、この男に任せた方が良い結果になると思った時は、見過ごしたり、加担したこともあった。
だが、カサギが動けない今、カサギの考える悪事の片棒……どころかすべてを肩代わりするのは、側にいるキーセラになる。
気は進まない……進まない。が、厳戒態勢にある都市を出る方法は他に思い当たらない。
門も間近に迫ってきている。
キーセラはいよいよ観念して足を止めると、荷袋を漁って金属の筒を取り出した。
占い堂から出る前に、店にあった水筒を貰って来たのだ。
魔力を込めたら水で満たされる魔道具……なんて上等なものではなく、金属の入れ物にコルクで蓋をしてあるだけの代物。
コルクの部分には、溶かした蝋燭が幾重にも塗り付けられ、既に水筒としての役目は期待できない。
ただの空気が入った金属筒。
それを右手にゆっくり十秒目を瞑り、決意を固め、瞼を開けた。
瞳に飛び込んでくるのは、つい先ほどカサギが「あれだ、あれがいい」と指さした鈍足の馬車。
安っぽい作りを隠すようにたっぷり塗り重ねた飴色のニスが光る荷台に、それを曳く土色の馬型ゴーレム。
聖女の候補にもなる少女の初めての犯罪の被害者になるとも知らず、十数台も連結して大通りを我が物顔で闊歩している「魔法郵便」社のゴーレム二頭立ての絡繰り馬車だ。
――キーセラはそのうちの一つ、その車軸に向けて、
「えい!」
水筒をブン投げた。
王領都市に入る際、あの高き壁に鉤をかけてみせたキーセラの投擲が、狙い通り、車軸のわずか後方、木枠とこしきを繋ぐスポークの隙間へと投擲物を導くと、それは荷台の底と車輪との間に挟まれて空気爆弾と化した。
馬車が進むたびに圧縮された空気が、逃げ場を求めて水筒を歪めていき……限界が来た。
パァァン!と盛大な音を立てて中ほどから破裂したのだ。
「な、なんだ、何事だ!?」
「魔法郵便」の御者と護衛の者が慌ててすっ飛んできて、後方の馬車からの異音の原因を探りだし、更に後ろの方へ回っていった頃合いを見計らって……
「そぉら、何をまごついていやがる! とっとと走るんだぜーーッ!!」
「分かってますって!」
御者台へと二つの影が飛び出した。
――これはあまり知られていないことだが、「魔法郵便」社のゴーレム馬車に搭載された自動撃退用の魔道具は、市街ではオフにされている。
安全が担保されている六つの都市では、魔物や盗賊より、遊びで乗り込んだ子供たちを撃退してしまい、高額な賠償を払わされるリスクの方がよっぽど高いからだ。
つまり、街中では御者と護衛さえ露払いできれば――更に車体番号から確実に足が付く言うことにも目を瞑れば――馬車は盗み放題なのである。
もっとも、積み荷を固定している紐には、依然としてやりすぎなほどの魔法が込められたままで、荷に手を出した途端たちまち首を縛り上げられてしまうのだから、盗んだところで普通はなんの利益もないのだが……。
キーセラは連結部の金具を手早く外すと、既にこちらへと顔を真っ赤にして駆け寄ってきている護衛を横目に、カサギを荷台に放り投げ、自分は御者台に乗り込んだ。
「えー……と。ゴーレムの動かし方は……」
「くらぁーっ貴様ら!!! なにをしとるか!!」
起動にてこずっている間に、護衛の一人が早くも追いつき、荷台に乗り込んで、鞘に入れたままの剣でカサギを滅多打ちにし始めた。
「あでッ! いだッ! き、キーセラ! 何をもたついていやがる!」
「ど、どこで発進するんでしたっけこれ!」
「全部の手綱を思いっきり引っ張……あぎゃ! 馬鹿やろう! 痛ェだろうが!!」
「痛くしてんだ! おら! 降りろ!」
護衛がカサギの全身を叩きながら、荷台から半ば降りて、カサギを引きずり出そうとした途端――バルルルル!!! 馬型ゴーレム二頭が同時に首を振り上げていななき……息を合わせて急発進した。
「どァッ!」
「きゃぁっ!」
ゴーレムは一歩踏み出すごとにどんどん速度を上げ、カサギを引きずり降ろそうとしていた護衛を振りほどき、人を蹴飛ばし、荷車を突き飛ばし、交通を大いに乱しながら大通りを駆けていく。
「轢かれたくねーヤツはどきやがれってんだよォオ!」
「あぁ、もう、最悪です……」
大通りは阿鼻叫喚の様相だった。
15馬力のパワフルなゴーレム二体が、めったに使わない最大出力で、石畳を割りながら荷台を引き摺って迫って来るのだ。
幸いにして大したけが人は出ていないようだが、居合わせた人々の恐怖たるや相当のものだろう。
「さァて、どれどれ門が見えて来たな…」
カサギが動かぬ体を動かして荷台から顔を出すと、もうすぐそこに門が迫っていた。
門兵が制止を叫び、盾となる物理結界の準備を始めてはいるが……遅すぎた。
「き、きさまらは先日の……」
制止を叫んでいた男が二人の顔を見てそう言ったのを、カサギは聞き逃さなかった。
見ると、カサギに出し抜かれて都市への侵入を許し、最後まで魔族だと訴えていた門兵の『班長』が「やはり自分が正しかったのだ」と言う顔をして立っていた。
「まだ疑ってやがるのかタコ助め……いいかてめー、これはこのカサギが魔族だからやっている事じゃあない! ただの窃盗だ!」
「余計だめじゃないですか」
キーセラは、せめて正義の為とか言ってくださいよ、と呆れながら手綱でゴーレムをぴしゃりと叩いた。
馬車は増々速度を上げ、その迫力に進行方向に居た兵士たちが飛び退いた。
「次会う時にゃあ、魔族の首をひっさげて大手を振って帰って来てやる!」
「抜かせ魔族めが! お前ら! 都市内に駐在しているごくつぶしの兵士どもを全員たたき起こせ! 奴らを必ず捕まえるのだ!!」
班長は知らない。
五つある門のうち自分が居る門が狙い撃ちされた事実を。
班長は知らない。
カサギとキーセラがわざと顔を隠さず白昼堂々突撃した理由を。
班長は知らない。
自分の判断が上位魔族を警戒させたいカサギに操られたものだと。
ちりばめられた情報を元に思案を重ねていくカサギを乗せ、馬車は都市を飛び出した。




