世相、要介護勇者の弱さのワケ 後編
15話に「魔物と人類種と」を割り込み投稿しました。
未読でも多分問題ないとは思います。
ふと気づくと、キーセラは不思議な空間にいた。
キラキラと輝く星空が、頭上だけではなく、横にも下にも広がっている。
どこかに地面があるわけでもないのに、だが、キーセラはそんな場所に確かに足をつけていた。
そして歩いている。
すぐ右手には神興都市にいるはずの父の姿。反対には母。二人もキーセラと同じく歩いている。
「……お母様?」
キーセラの呼びかけにもまったく気づく様子を見せず、ただただ歩いている。
足を上げ、手を振り、足を下ろし、また足を上げ。
よく見れば、両親だけではなかった。
父母の横にも誰かが居て、その横にもまた別の誰かがいる。
それが延々と続いているようだ。
一直線に続く列の中には、人類種以外にも動植物、魔物や魔族も見受けられた。
どこまでも続く星空に一列で並んだ生物ーーそれも、おそらく全ての生物たちが、足並み合わせて歩いている。
もっと奥を見ていくと、遠くの方に、歩きながらキーセラの方を見ている執事が居た。
他の者たちがまっすぐ前だけを向いているだけに、やけに目立っていた。
コールピックだ。彼の隣にはキャメロンも居る。
『成功したようさね』
脳内に直接キャメロンの声が響き渡る。
「ここが世相……ですか?」
『そうさ。なんだい、これくらいじゃ大して驚けないってかい?』
どうして両親に自分の声が届かないのか、と思っていたキーセラだが、これで納得した。
どうやら、世界のありようーー世相なるものを映し出したというこの不思議な空間を観測できるのは、あの部屋にいた者だけのようだ。
と言っても、キーセラも体の自由はほとんど効かない。
動くのは顔から上くらいのもので、体の方はまるで思うようにならない。
周りの生物たちとまったく同じ動きで勝手に歩かされている。
あくまで観測できるだけ、他に何かできるわけではないようだ。
『キーセラ様は、肝がお座りになっていらっしゃる』
『太々しいことよ』
「これはどこに向かってるんでしょうか?」
好き放題言っている二人に、キーセラが当然の疑問を投げかけた。
『どこも何もない。ただ時の流れに置いていかれないように歩いてるだけさ。そら、あんなふうにならないようね』
キャメロンが後ろを向いたので、キーセラも首を回して後ろを見てみた。
何かが後ろに流れていっている。
それは、生物だった。
行進が遅れ、列から離れた生物。
目を凝らせば、流れていった生物は腐敗して、あるいは風化して、ぼろぼろと崩れていった。
時折、年老いた老婆や病の気がある少年が、後ろに流され崩れ消えてゆく。
彼らは祈るように、もしくは妬むように、先行く者の背を目に焼き付けていた。
時の流れの中では、死者が生者を見送るのだ。
『我らが通ったすぐ後を、ついちょっと離れたばかりのその道を、死の世がつかず離れずついてくる。
意地悪く背筋を曲げたり、得意げに胸を張っただけで背中が触れてしまいそうなほどの距離をついてくる。
今日も明日もその先ずっと。我ら全員を飲み込みきるまでついてくる』
キャメロンが軽く拍子をつけて謳ったのは、歴代勇者の一人・イダミアの仲間である占星術師が書いたとされる詩だ。
必ず誰かが見てるのだから、人の義に背くことなく清く正しく生きよ、という意味で伝えられているが……、
『わたしゃのお師匠さまの父方の祖母の師匠が作ったものじゃが……彼女もこの光景を見た気がしないかえ?』
言われてみればそうだ、間違いない。
『少しここについて案内を入れておこうかえ。
ここは三世の力を見る場所さ。
肉体が滅びぬよう形を保つ物質界の力。
魂の坩堝に落ちぬよう高さを保つ霊魂界の力。
過去に置き去りにされぬよう歩調を保つ時元界の力。
どれか一つでも欠ければ、そうさね』
と、そうこういている間にも、たくさんの生物が列を離れ、後ろに流れていっては、あるところから崩れだし、消えていく。
ごくごく稀に、下へ落ちる者も居た。
彼らに共通する特徴として挙げられるのは、精神に、魂に異常をきたしているような風貌。
この世に何の希望も感じていないような人物が、突然地面が無くなったかのように下へ落ち、星空へ溶け込むように消えていく。
魂の坩堝とやらに落ちたらしい。
「あぁなる」
キーセラはやるせなさで、鬱血するほど唇を固く噛みしめた。
ここはあくまでキャメロンが魔法で見たものを映し出した空間。
どうすることもできない。
それに、今たまたま目にしているだけで、普段から人は死んでいるのだ。
と、そこで改めて自由に動かない体を見下ろして、自分の腕にじゃらり、と重々しい鎖が巻き付いていることに気がついた。
ーーこれは……?
細かい意匠が施された鎖にはどこか見覚えがあったが、キーセラがそれに思い至るより早く、コールピックが喋り始めた。
『ようやくお気づきになられましたね。オババ様とお揃いのそれに』
言われて目をやると、遠くにいるキャメロンの手にも同じものが巻かれていた。
『あの小娘、ここへ何しに来たか忘れたわけではなかろうな?』
『無理もありません。彼女はここが初めてなのですよ』
『ふん、未来の聖女候補ともあろう者が情けない』
『おや、そうですか。彼女が……』
脳内でこんな会話をされては思考もなにもあったものではないが、キーセラはなんとか思い出した。
「カサギ……カサギはどこでしょう」
『鎖の先を目で追うといい』
言われるがまま、目線でそれを辿っていくと、鎖は斜め前方へ出て、キーセラの居る長大な生物の列から二、三歩ほど先に行ったところに向かっていた。
キャメロンの鎖もそこから出ている。
それだけでなく、その一点に向かって、列のあちこちから、何本もの、何十本もの、大量の鎖が飛び出していた。
当然そこにあるなにか、自分たちを縛り付けるそれに目を凝らしてーーぞわ、キーセラは全身に汗が吹き出すのを感じた。
そして次に認識を改めた。
アレは、自分たちを縛り付けているのではない。
むしろその逆で……
ーーカサギが縛られている?
カサギだった。
無数の鎖を体中に巻きつけて、がんじがらめの体をこれでもかと前傾させ、一歩、一歩と前へ進んでいる。
鎖を咥え込んだ歯を食いしばり、全身をガタガタ振るわせながら、這うように歩いている。
カサギが一歩踏み出すたびに、鎖の食い込んだ肌から血が滲み、腕を伝ってポタポタと零れ落ちる。
限界はとうに超えているようだった。
だが、何がやつをそこまでさせるのか、その黒い瞳には狂気とも見える熱が灯っていた。
「一体なにを……」
『……これ以上わたしゃからは何も言わんがね』
キャメロンの一言が、キーセラの直感を決定的なものにした。
ーーなら、あれが。
あれこそがカサギが弱くなってしまった本当の理由なのだろう、と。
『オババ様、そこまで言ってしまってもよろしかったのですか?』
『おっと、年のせいか口元がゆるくてね』
『口元がゆるい? オババ様の口淫を見ているわたしにそのような嘘が通じるとお思いですか?』
『ヒェヒェヒェッ、誰に似たのか、下品な執事だよ』
朗らか? に会話する二人におずおずと声をかけ、二つか三つ質問に答えてもらったあと、キーセラはまた目の前が真っ白になるのを感じた。
始めに込めた魔力がつきて、「世相覗き」が終了したらしい。
………
……
…
不思議な空間から意識が戻ったキーセラは、とっくに目を醒し、けれども魔法にも巻き込まれず、暇そうに寝転がっていたカサギに、旅の中止を強く提案した。




