7人目……?
他の都市と違って大きな特色が無い代わり、消費活動がもっとも激しい王領都市。
そこをぐるっと囲む花弁型の五つの壁の一つ――フタヒラ。
門から都城まで繋がる大通りと壁沿いの内側に走る道の交差点、激流と評されるほどの交通量を誇るその門前には今、完全なる停滞があった。
事態を聞いて対処に駆け付けた関係者。
耳が早く、かつ暇を持て余した野次馬。
偶々居合わせてしまった不運な通行人。
どう少なく見積もっても8000人近くは居ると言うのに、そのほとんどがピクリとも動かずにただ立っている。
近隣の建物の中に居る者も合わせれば一万人にも上ろうかと言う人の壁は、遅れて集まって来る野次馬の進路と視界を阻んでもいる。
騒ぎの原因を断てずとも、騒がせなければ良い。
そんな力技を押し通したのがキーセラの目の前にいる特段強そうでもない風貌の人物だと言うのだから驚きだ。
「何を見ているのです。私には構わず、やるべきことをやりなさい」
「「「う、うっす!」」」
意識こそ保っていたものの、突然の出来ごとに固まっていた会員たちがその一声で我に戻り、必要な人員を叩き起こし始めた。
男はそれを見て満足そうに頷くと、キーセラの方へと後ろ手を組んで歩いてくる。
自分も手伝わねばと動こうとしたキーセラだが、流石にその人物を無視するわけにもいかなかった。
男はゆっくり歩を進めて三歩ほど離れた所で止まると、右手を腰に左手を口元に当てグイッと前屈み、内緒話でもするようにキーセラに問いかける。
「今の法術は、ひょっとしてお嬢さん。あなたのもので?」
「え、えぇまぁ……はい」
「アハーッ、やはりそうでしたか! 素晴らしい!」
今度は片足立ちで跳びあがり、顔の横でパチリと両手を叩き合わせ驚いてみせるそいつが……何を感じ取ったのか人ごみの奥の方――カサギが寝そべっている方角へとバッと顔を向けた。
「おや、どうやら意識を保っている方がまだ居るようで。とても良いことです。どうですー? 魂を見るに若くはないようですが、訓練次第では今後十年は戦えるようになると思いますよ。健康の意味でもH&A協会の養成所にお誘いしたく……」
「チィッ、あのヤロウ! なんて勘の鋭さだッ」
「そう這いずって逃げなくてもよろしいのですよ。私は何もしませんから。お体が悪いのでしたら……」
カサギのいる場所に向かって一直線、仰け反るほどの大股で歩き出したその男だが、そこで「あらら?」と首を傾げた。
「よく見れば不思議な魂をお持ちだ。なぜでしょう、不思議と何かを思い出さなくてはならない気持ちになってしまいますね」
そう言って歩調を少し早足に。
細身を活かしてスルスルと人の間を抜けていく様は、さながら野原を這いずる蛇のよう。
ただの一度も人にぶつかることなく進んでいく。
「き、キーセラ! そいつを、ケンクーを俺に近づけるんじゃあない!」
その叫びにキーセラが応じることはなかった。
「くそッ、キーセラのヤツも勘が効きやがるッ」
彼が言った「不思議と何かを思い出さなくてはならない気持ち」は、かつての未来の記憶を封印された勇者の仲間がカサギを前に感じる焦燥感に違いなかった。
カサギにはキーセラもよく知らない"仲間"が多い。
しかしH&A協会の副会長と"キズナ"を深めていたのなら、使ってしかるべきその強力なコネクションを使う内にキーセラも話くらいは聞いたはずである。
だが、この男の名をカサギから聞いたことはない。
勇者ら一党の一人として、カサギの隠し事を知っておきたいキーセラは、嫌がるそいつの態度にこの男が秘密のカギなのだと感じ取り、あえて会わせることにしたのだ。
その男――ケンクーはあっさりカサギに追いつくと、魂ではなく生身でカサギの、その目を確かに見た。
さぁどうなるのか、と固唾を飲んで見守るキーセラだったが……
「はて? 気配が懐かしいように感じたのですが、失敬! 思い違いのようです」
「あれ……?」
予期したような劇的な事が何も起きず、拍子抜けしてしまった。
「老人のように憔悴した魂に、そのせいで成長できなかった肉体。長年スカウトを担当しているこの目に狂いが生じるとは……」
そう言って糸目を見開いて「素晴らしい! 私にもまだ成長の余地があるようです!」露わになった右の瞳を手でツーっと撫でた。
そこにあるのは――氷の球。
ブランデーグラスがお似合いの綺麗な丸氷が右の眼孔に嵌っているのだ。
それは感魂映像の撮影機『パシャっと写実機』にも用いられている、魄滝都市の滝水から作られた、不思議と溶けない氷の球。
ケンクーはこれによって得た物体を映さない魂だけの視界と、笛の音を媒介して魂へと働きかける魔法で、大陸に十人と居ない、超一等星級の座まで上り詰めた男。
キーセラも名前くらいは知っていた。
「……相変わらず気持ちの悪ぃヤロウだ」
「なにか?」
「いんや、なーんにも」
「そうですか。では指揮をとらねばならないので、これにて失礼」
カサギがスカウトに値しないと分かると、途端に興味を失くしたようだ。
すぐに踵を返し「さぁあなたち、テキパキ行きましょう。私の笛の効果もこの人数相手ではそう長くは続きませんよ!」会員たちを叱咤している。
しきりに首を捻っているキーセラにも声を投げた。
「ほらあなたもっ」
早くも完成間近の天幕――門右手の壁沿いに立てた木の棒に布をかぶせただけのもの――には、既に派遣隊だったものが運び込まれていた。
担架の上で呻く生存者に無傷など居らず、中には穴と言う穴から黒い粘液を垂らす者や、手足がぐずぐずになった者もいる。
「司祭級の、いえそれ以上の力をお持ちなのだから働かないとっ。せめて都市常駐の司教が来るまでは働いてもらいますよっ」
「え、えぇ……もちろんです」
どうにも400には数が足らないようだし、処置をせずに都市まで運び込まれた理由も不明だが、まずは目の前の命だ。
「聖堂」
トリスタリアに夜襲された際に、曲者の居場所を探るためだけに使った聖堂を、本来の使い方で行使する。
集約した魔力光が形を成すのは六本の杭。
だが杭と言うには太い、もはや支柱と言ったそれが天幕の周りに円を描くように突き刺さると、続いてその中に光の鐘が現れ……
――カーン、カーン、カーンと、独りでに揺れて音を鳴らす。
ケンクーの笛と違って、音自体に効果がある訳ではない。
ただ、優れた教徒が聖堂を使うと、鐘の音を境にその結界の中に、治癒の法術が微弱ながらも持続的に発動される。
「素晴らしい! その若さで聖堂を最大限使えるとは! あなた、目を見張るものがありますよ」
『聖堂にはまだ先の段階がありますよ』と言う無駄口は胸にしまっておき、キーセラはその天幕へと駆け出した。
天幕の中は酷いものだった。
入って右手の、ぎゅうぎゅうに詰められた生存者たち。
左手の、少し積み上がるほど押し込められた死者たち。
一体どんな目にあったと言うのだろうか。
死者たちは恐怖を叫んだ顔のまま絶命している。
だが、より哀れなのは生者の方らしい。
彼らはみな、生者を呪うような……いや、生きてしまった自分を嘆くような、そんな呻き声をあげながら、黒い粘液を口から噴き出したり、これまた真っ黒な眼孔からトロトロと零したりしている。
魔物を相手にする仕事柄、H&A協会の会員たちには応急処置程度の医療の心得があるが、流石に手の出しようが無いらしい。
「司祭さん、悪いが今ここにいる会員に姉ちゃんほどの聖徒はいねぇ。魔力が必要なら俺たちに言ってくれや。もう少しすれば軍属の魔術師と司教も来る。それまでは俺たちでなんとか繋g」
「おい、そこのおめー。そう、おめぇさんだ。そこでグチグチと小うるさいテメーのことだ」
「ん?」
背後から聞こえたえらく挑発的な声に、会員の一人が言葉を止めて振り向くと、そこにはケンクーの手でぞんざいに引きずられるカサギの姿があった。
「いやぁ、様子を見に行こうとしたら連れて行けと騒ぐものですから」
「もうちぃっとばかし丁寧に運んでくれたっていいんだぜ?」
無礼な闖入者から目を外し、真剣な顔でキーセラに向き直ろうとしたその会員を「おい」と、またカサギが呼び止める。
「今この数秒が命に関わる! 邪魔をするな!」
「いいや違うね、だ。邪魔をしているのは俺じゃあない。黙ってキーセラを見てろっつーんだよ、このお邪魔虫さんめ」
「お、お邪魔虫……」
いかつい顔とごつい体を持つこの会員ことだ。
こんな貧弱そうな男に真正面から罵倒されたのは人生で初めてなのだろう。
困惑しながら、でもやはり無視を決め込んでキーセラへと顔を向けて、
「な、に……?」
そこにあった、先ほどに比べても更に大きな眩いほどの後光を目の前にして固まった。
「ケッ、派遣隊に名を連ねなかった弱小会員で、しかも頭も悪いと来たら救いようがないなァア、おい」
「カサギ、グチグチと小うるさいですよ」
祈りを終え、目を開きながらそう言うキーセラに、カサギが確信をもって問いかけた。
「どーせ大丈夫なんだろう?」
「よくも簡単に言ってくれますね」
「つまり……」
「えぇ、任せてください」
そして、居合わせた会員たちがその会話の意味を理解する間もなく、
「聖袖の羽風」
法術が行使された。
左右から一陣ずつ、魔力光を乗せた柔らかな風が吹き抜けたかと思えば、それが中心で合わさって天幕の中に滞留し、荘厳な光のカーテンを生み出した。
ゆらゆらと常にその姿を変えさせる半透明の生也色のカーテンは、ややあって白い光の粒を落とし始める。
粉雪のような動きでやおら落ちていくそれがまず一つ、石畳に辿り付いて……ぽぅ、とそこに小さく光を灯すと、そこにあった黒い粘液が綺麗サッパリ消してしまった。
「な、な……」
それからは早かった。
降る雪一つ一つが強い浄化作用を持っているのだ。
呪いにとっては必殺の威力を持った槍が空から降りしきるのと同じことだ。
派遣隊の肉体と魂を蝕んでいた呪いでさえも、いとも容易く消してしまった。
闇を宿した目は正常に戻り、怨嗟の声は穏やかな寝息へと変化。
どうやら岩にされている間は傷の悪化が止まっていたようで、既に絶命している者を除けば――予後に満足な生活が送れるかはさておき――まだ助かる者も多いだろう。
「あはぁ、素晴らしい、本当に、これはなんとも……素晴らしい」
滞留を止め、左右に抜けて消え去る風に目をやっているケンクーが恍惚と呟いているが、それどころではない。
まだ呪いが解けただけだ、怪我を治さなくては。
そして彼らがこうなった情報を聞き出さなければ。
そう思い、今度は「治癒」の法術を練っていくキーセラ。
彼女は自分が一つ見逃していることに気づかない。
いや、気づきようがないだろう。
"仲間"であるはずの謎の男・副会長のケンクーが、カサギの目を見て何も起きなかった。
その「なにも起きなかった」こそがカサギがひた隠しにする秘密なのだと、彼女がそう知るのはまだ少し先のことである。
散々引っ張ったあげく明かされなかった秘密は次々回、分かります。
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