ミッション、二千人の目を欺け!
前回までのあらすじ!
棺桶で移動していた為に別件で目撃されていた吸血鬼と勘違いされ、数千人体制で捜索されることになってしまったカサギとキーセラ!
このままではいずれ捕まってしまう!
二人は包囲網をすり抜けて無事王領都市にたどり着き、釈明することが出来るのか!
それはそれとして、追いかけ回された腹いせと今後の教訓のためにも、カサギは正規軍の兵士に一泡噴かせてやるつもりだ!
以上!
「安夜……闇梟」
入り口に人除けの結界を張り直し、夜目を利くようにしてから平原を進むことしばらく。
身を屈めて歩くキーセラと彼女に運ばれる棺桶に寝るカサギの二人は最初の難関にぶち当たった。
(バレませんように。バレませんように。バレませんように。バレませんように)
草葉の陰に身を隠す二人のすぐ目の前を、五人組の兵士たちが歩いていく。
もしバレれば一巻の終わりだ。
すぐさま捕まることだろう。
なにせスエサクに向けた決めポーズで魔力を使い切ったせいで、今のカサギは本当にただの要介護人になっている。
喋るのが精いっぱいで、ジャンプは元より成人男性……いや、女児の拘束すら振りほどけない弱さだ。
――どっくん、どっくん
早鐘を打つ心臓とキリキリ緊張を訴える胃を何とか落ち着けて、じっと時が過ぎるのを待つキーセラ。
そんな彼女のつむじあたりを、五人ともが携えた懐中ともし火――光明の魔法陣が付いた魔導具――の光が時折チラチラと照らしていたが……
「吸血鬼ねぇ……おかげでこっちは寝ずの残業だ。やっこさんか特別手当、どっちかが出れば文句はないんだけどねぇ」
「そういえばよ、鬼人にだって吸血鬼はいるだろ? なんで魔族にもいる?」
「君って奴はつくづく無知だなぁ。鬼人は人類種で唯一、魔族に成ってしまう種族なんだ。ゴブリンなんかが成りやすいことで有名だよね。ほとんどが子供の内に魔族になってしまう。むしろ魔族に成らない方が悲惨なくらいで、凶暴化した同族たちの苗床として…」
「あーやめだやめだ、そんな暗い話。あぁ一応念を押しておくと、魔族に成る前の鬼人を予め殺すのは大犯罪だぜ。まぁカラーロ教会に五百万シド払えば無罪放免ってところだ」
「あ、それで思い出した。魔族だって言う今回のターゲット、今どき棺桶で寝る吸血鬼も少ないってのに、わざわざカラーロ教のを使ってるってんで、また罰当たりなことだよなぁ」
「キィキィ! クシャアッ!」
……彼らはお喋りに夢中で気が付いていないようだ。
原生都市で調教済みの魔物・マンマルマングースが威嚇の声を上げているにも関わらず、五人はキーセラの横を抜け、草を踏み倒して去って行く。
「は、ふぅぅ……。不用心で助かりましたね」
「あぁ、ここまで来るとちぃっとばかし腹が立っちゃうね、だ」
にやりと笑い「これはトビキリに熱~いお灸が必要そうだぜ」と言ったカサギが、そこでふと顔を上げた。
「……奴らに気付かされたのは癪だが、なんだって今回の吸血鬼を魔族だと断定したかが気にならねーか? 見当のつけようもねーが……」
「……言われてみればそうですね。何か事件を起こしたのなら、共鳴ラジオで言うべきですし……よほど大っぴらに人類種らしからぬ言動をしてたのでしょうか。あと、私もカサギに気づかされたのが何だか癪です」
流れるように吐かれたキーセラの毒にも「フンッ、キーセラ。てめーはそれ以前に、この俺のありがたさに気づくべきなんだぜ」などとまったく堪えてない様子で続けるカサギ。
「まーそれも王領都市に行きゃあ分かること。スエサクによると……この右の方が今頃は手薄になってるっつーことらしいや」
カサギに言われるまま右を見て……ここからでも見える人影の多さにキーセラがごくりと喉を鳴らした。
「これでも手薄、ですか。難所はここからという事ですね……」
「あぁ。だが、このくらいは難なく切り抜けなくっちゃあな」
「カサギは運ばれるだけじゃ……いえ、それは言ってもしょうがないんでしたね。女神の愛」
運気を僅かに上昇させるらしい法術の魔力光をカサギに浴びさせながら、キーセラは今一度これからの経路に思いを巡らせていく。
王領都市の人口:兵士の割合は現在約5パーセント。
人口は八十万人で兵士は四万人、その他に四千人の訓練生がいる。
そんな中――スエサクの偵察によると、カサギたちの捜索に二千人、王領都市の警備に二千人の兵士が動員されているらしい。
最大の難所はまず間違いなく、都市壁の周りだ。
もうあと五百メートル進んだ先にある王領都市。
非常に独創的なシルエットをしているが、キーセラの立つ距離から見ると、独立した5枚の壁――そそり立ち、先端で外に折り返して垂れる――ユリの花弁のようなそれらが、王冠の形を作っているのがよく分かる。
その土色の壁から照射される真っ白の光が都市の周り一帯を円状に、目算で約二百メートル照らし出し、ネズミ一匹通すまいとしている。
仮に入られたところで、壁の高さは二十五メートルほどもある上、反り返っている為よじ登ることはまず不可能。
よしんばそのネズミに羽が備わっていたとして、壁の最上部にある回廊と垂れた先にある張り出し陣には大量の兵士が居る。
都市に蓋をするようにある薄紅色をしたドーム状の結界に阻まれている内に、見つかって叩き落されるのがオチだ。
魔法で目を誤魔化そうとまだ甘い。
五秒置きに発動する強力な解呪の光がネズミの姿を露わにしてしまう。
捜索は五人とマンマルマングース一匹で一組。
一組を四個で一班。
一班につき一組は、絡繰り馬車に乗って辺りを駆けずり回っている。
基本は組で動き、何かあれば班で対応、手に負えなければ他の班と協力する。
警備は四十人で一組。
一組を十個で一班。
壁一枚毎にひと班ずつ配置され、計五班で近づくものを監視する。
今回は魔族と言うことなので、回廊には兵を置かず強力な退魔の結界に任せるようだ。
――レベル2の警戒態勢が敷かれた王領都市は正に難攻不落と思えた。
「本当に策があるんですね?」
「おうとも。そればっかりは本当だ」
キーセラの疑うような視線にも落ち着いて首肯するカサギ。
「ただ今言っちまうと……そうだな、まずいことになる」
「……どうなるんです?」
「キーセラ、おめーがそんなの嫌だ、協力しない、と泣き喚くこったろーぜ」
「わ、私に何をさせる気なんですか……」
肩を竦めるだけでカサギは何も言わなかった。
「奴らにぎゃふんと言わせられるか……おめーはそこだけを考えておけばいい」
「……棺桶で移動するっていうカサギの案が悪いと思ってるので、私としては特に恨みは無いんですけどね」
「ケッ、これが価値観の相違と言うヤツか……だがこのカサギは大多数に不自由を強いるような少数派の意見など一刀のもとに切り捨てる男。棺桶での移動っつー完璧なアイディアを拒否するノータリンな少数派どもは俺が潰してみせるぜ」
「じ、自分が少数派なことにまるで気づいてない……」
あくまで自分は間違っていないと思っているらしい。
だがキーセラは良しとした。
この王領都市には移動手段を求めてきた。
ここさえを乗り切れば、棺桶を手で引きずって歩く、そんな苦行は終わりを告げるのだ。
「棺桶に入って引きずり回されるのが気に入ったのならそれでいいですよ。でも、絡繰り馬車で牽引とかにして私だけは楽をしますからね」
「馬車で牽引って、つまりは市中引き回しと同じことじゃあねーか……こりゃあソートーに鬱憤が溜まっているようだぜ」
移動の間中、馬車でがたがたと引き回される。
そうなれば待っているのは腰痛との戦いだ。
魔物との戦いよりも激闘となるのが予想される。
常に繰り広げられる死闘『勇者vs腰痛』……その構図に肝を冷やしたカサギが恐る恐る顔を上げると、その先で俄然やる気になったらしいキーセラが僧衣の袖をたくし上げていた。
「やってみせましょう。どんなことをさせるか分かった物ではないですが、えぇ、やってやりますよ。今の私は何だって出来そうな気がしますから」
自信たっぷりに薄い胸を張り「フンス」と鼻息を鳴らして……
「よォキーセラ、オキビキヒキガエルが荷物を盗もうとしてんだが、取ってくれやしねーか?」
「ちょっ、ごめんなさいっ。調子乗りましたっ! カエルはダメでしたっ」
カサギの嘘に飛び上がった。
やはりダメなものはダメらしい。
茂みに潜み、五人組を躱し、捜索に勤しむ班と班の間を通り抜け。
蛇行に蛇行を重ね一時間。
「よぉし、いいぜ。ここでストップだ」
二人は、見事三百メートルを踏破した。
たったの三百メートルだと言ってはいけない。
二千人の目をかい潜っての事だ。
スエサクの調査によって動きが分かっていたとはいえ、早い方だろう。
ちなみに、草をかき分ける棺桶がほとんど音を立てていないのは、キーセラの法術・寂庵と忍者の技法で魔法の一つ・深草兎歩の術とを重ね掛けした効果だ。
――都市壁までの道のりは、残りおよそ二百メートル。
ここから先は直視に耐えないほどに強い光が草原を照らしていて、そこに一歩でも踏み入れば、すぐさま警備の兵士に接近を勘付かれてしまうだろう。
「で、どうするんです? どうにもこうにもなりそうにないですけど」
「まーそう慌てるな、と言いたい所だが……確かにボヤっとさせちゃあくれないようだ」
棺桶に寝転ぶカサギがチラッと視線をやった先、壁の中ほどにある張り出し陣で兵士たちが何か大きい物を運び入れていた。
スエサクから聞いた、二百メートルと言わずもっと遠くまで光を出す魔増具に違いない。
「キーセラ。さっきのあれ、あれを荷物から出してくれ」
「えぇ」
キーセラはコクッと頷いて、棺桶にくくり付けた荷をまさぐりだした。
細々した物が多い勇者の旅荷物の中でどこにどんなものがあるのか完全に把握するのはもはやちょっとした特技だ。
その特技でもってスエサクに調達させたブツを見つけ出したキーセラが、それを顔の横でプラプラと振って尋ねる。
「このナイフ……何に使うんです?」
それは捜索の兵士たちが腰に携えていたナイフ。
刃渡りは十五センチほどで、切れ味もさほど良くなさそうだが……。
「吸血鬼狩りっつーなら、そのナイフは銀製だ。加えて、魔族対策にちゃあんと破邪の法術が掛けられてるはず」
「……ですね。微弱ですが持続する法術が掛かってます」
「そうだろうそうだろう」
望んだ通りの回答だったようで満足気に頷いたカサギが、ついにナイフの意味を口にした。
「ならキーセラ、それで――――」
「……はぁ?」
明かされた意味不明な願いに、キーセラは心のそこからそう言った。




