要介護勇者、攻勢を決意
「はぁっ、はぁっ…………お主が弱いのはあい分かった。魔王の強大さも理解した。だが、お主などもう二度と手伝いはしない! あのような卑劣な事をさせおってからに!」
壁沿いの本棚にびたりと体を付けて、カサギから1センチでも遠くに離れようとしている鐵人。
名はスエサク。
200年ほど前に無念の死を遂げた忍者・スエサクが六つの都市の一つ・魄滝都市にある『滝つぼ水琴窟』で精霊ーー魂人として蘇り、その後霊体での不便を解消するために人型の機械に自らを封じ込めた、鐵人にはよくある生い立ちを持つ人物だ。
ちなみに、人間の精霊が魂人であり、その他の動物の精霊をそのまま精霊、魔物や魔族の精霊は悪霊と呼ぶ。
「大したことさせちゃあねーはずだぜ。ただちぃっとばかし女子供を人質にとらせただけだっつーのに、ガタガタガタガタと。そうだ、油が足りてないんじゃあねーのか? どれ、俺がちょいと見てやるぜ」
「す、すり寄るでないわ!」
「あんまりからかっちゃダメですよ、カサギ」
混乱のあまり頭部から煙を噴き出した時はどうなるかと思ったが、キーセラの鎮静化の法術・落日で正気を取り戻させて今に至る。
「その上なんぞ、久方の再会かと思えば早速追われているではないか。一体此度は如何な悪行を為したと言うのだ」
「言うに事欠いてこの俺が悪行だァ? 慈悲の勇者たぁ俺のこと。心が痛んで出来っこねーっつーの」
「……心が痛むかはさておき、カサギはずっと村に居ましたもんね」
キーセラがチラッとカサギを見て言う。
ここ数日自分に引きずり回されて移動している男に、王領都市の正規軍百人に追われるような、そんな大それたことが出来るはずがないと気づいたらしい。
因んでおくと、その男は魔王討伐というもっと大それたことをしなければならないのだが。
こんなにも先が見えない旅も珍しい。
「なぜ今さておく必要があったか知らねーが。だが、やっぱりキーセラなんじゃ、なんて思ってみたりしてェ」
「う、うーん。前回の旅では最初の方は追いかけられなかったんですけどね……何かちょっとした変化が積み重なったのでしょうか……」
あり得そうな推測を「いいや、それはあるまいな」と否定したスエサクが、本棚から一つのファイルを取り出し、閉じ込んである紙を二人に見せた。
「ここ数か月、法王は大陸に配布している異端審問の指名手配リストを更新していないのでな。一般には未開示のリストにもキーセラ氏の名前は無い。であるからして、もしキーセラ氏を捕縛するのならば、法王から直接の指示が受けた異端審問官であるのが道理。キーセラ氏は恐らく無関係にござる」
――見せたな、その圧倒的な諜報力をよォ。
とある目的があって単独でスパイ活動をしているため情報に若干の偏りがあれど、専門の分野においてスエサクの網の深さは組織立ったスパイ集団すらも凌駕する。
これのせいでカサギに重宝がられているというのに、また無自覚にも実力を見せてしまう間抜けな点こそ、スエサクが「ヌケサク」とか「ヨタサク」とか呼ばれてしまう所以なのだが……。
と、そこでスエサクがガチャリと音を立てて腕を組んだ。
「それにしてもまた時期が悪いことであるな」
「ん? 何だって問題なんだ?」
「なに? 存ぜぬというのか? ……ま、まさか共鳴ラジオも持たずに旅をしてるとは言うまいな……?」
「う……。じ、実はそうなんですよ」
「ななんと。そのような痴れ事を……」
気まずそうに頷いたキーセラに、スエサクが大仰に身を引いた。
ドン引きだ。
赤いセンサーが二つと口らしき切れ込みがあるだけの円筒の顔からは感情を読み取ることはできないが、口調からするに呆れを通り越して恐怖すら覚えているようだ。
情報収集を生業にする忍者にとって、情報源を一つも持たずにいることは死んだも同然に思えるのだろう。
「協力するのは本意ではないが……うむむ、こればかりは仕方あるまい」
ため息交じりにそう言い、スエサクは懐に手を突っ込んだ。
彼が何かを弄っているのを見て、カサギがすかさず口を開く。
「……あぁ、右乳首か」
「なななな何をぉ! ちっ、乳首などでないわっ! いい加減お主はデリカシーというのものをだなっ!」
円筒の顔を真っ赤にして怒鳴りつけるスエサク。
胸に二つある突起の一つをクルクルと回し、魔導都市の共鳴石から出る波長を受け取るようにチャンネルを合わせているのだが……確かに場所と形だけなら完全にそれだ。
「何を恥ずかしがる必要があるっつーんだよ」
「お主には一生涯を掛けたとて分からぬことよ」
スエサクの体の中にある、お堅い魂がそう言った話題を気恥ずかしく思っているようだ。
……そうこうしている内にチャンネルが合ったらしい。
スエサクの口の部分にある共鳴石から音が鳴る。
『ざ、ざ、ざ……時刻は5時45分に向かっています。魔法郵便のストレリチア道路交通センターのレミさん、お願いします』
『はい、まずは都市間を繋ぐ基幹道の情報です。
神興都市ー魄滝都市は地下水流の変化が続き、例年通り六月上旬まで一部水路の規制が見込まれます。
産業都市ー王領都市の上りは竜穿トンネル周辺での落石の影響で十五キロの渋滞。イエルー林道から讃山街道までの所要時間は十二時間です。
瘴鬼道はマルーダ雪原を先頭に、ガガン湖方面からの外回りが七キロ、内回りが五キロ渋滞しています』
「す、すごい渋滞ですね……滅多に無いですよ、こんなこと」
「うむ。それもこれも基幹道が一筋、封鎖されているせいである。これのせいで王領都市発着の空挺は全て運航中止、陸路が混雑するのも納得であるな」
頷きつつ、スエサクが地図を広げて、一本の道を指差した。
それを証明するように共鳴ラジオが続ける。
『王領都市ー神興都市は現在、完全封鎖されています。上位魔族らしき男が目撃されてから四日。今なお足取りは掴めていません。近辺の村民には引き続き不要な外出の自粛を要請しています。
続いてその他の道路情報です……』
「上位魔族……? スエサクさん、前回この時期に発見されてましたっけ?」
「この大陸に存在したのは確か、しかし道の封鎖は無かったと記憶しておる」
やはり全く前回と同じとはいかないようだ。
カサギが記憶を持っていることや貧弱なことの他、“仲間”たちはキーセラがそうだったように「カサギに会わなくては」という魂から来る焦燥感を味わっている。
それらが少しずつ作用してこのような事態になっているのだろう。
その渦中、どころか中心で渦を起こしている側のカサギは、責任を感じてもおかしくないこの状況にあって――不愉快そうに片眉を吊り上げ、
「四日前ェ? なら俺たちには関係ないね、だ。魔族と人間を取り違えるはずもない……その魔族を捨ておいて俺たちを追いかけるたぁ何事だ? はんっ、どうも正規軍にはウスラトンカチしか居ないらしいや」
とばっちりが過ぎるぜ、と言わんばかりの態度で言い放った。
「そのとばっちりも元を辿れば、お主のイレギュラーな存在によって起きたこと。捜索され追い詰められた上位魔族が正規軍の兵を亡き者にしたなら、お主にかかる良心の呵責は如何ほどのものであろうな?」
スエサクの非難の目も何のその。
「いーや。まったく気に病まないだろーぜ。
ちゃあんと元まで辿れば、そもそも俺が目指すは魔王の討伐だけ。サーファーに海洋学を極めろ、なーんて言わないだろう? それと同じことじゃあないか。俺は俺の専門を行く。兵士たちが何人死のうと、そりゃあヤツらが仕事を果せなかったまでのハナシなんだぜ」
「な……なんと冷酷な。あいや、お主に期待した拙者が間抜けであったか……。しかし見損なったでごさるぞ。やる時はやる男かとばかり」
心底失望したように言うスエサクとは違い、キーセラは呆れて苦笑した。
突っぱねるように告げる寸前、僅かな一瞬だけカサギの口角が、バツが悪そうに下がったのを見逃さなかったのだ。
そして、その観察眼の正しさを裏付けるように、カサギはこう考えていた。
――死なせるつもりはねーが、いい頃合いだ。
カサギはただのうのうと16年を無為に生きたつもりはなかった。
身体強化の制御の練習は怠らなかったし、何より祖父に代筆させて各地に手紙を送っていた。
居場所が分かる仲間たちに対しては村を訪れるように。
かつての未来で仲間たちが作った発明のアイディアを覚えている限り書き記して、当の発明者がまた再現してくれるように。
中でも都市の意見箱には祖父が腱鞘炎になるほど手紙を送らせた。
軍を増強しろ、あそこの研究所に金を出せ、兵器を作れ。
やれることはやったつもりだった。
だがどうだ。
昨日の朝、そしてついさっき。
官警と正規軍に追いかけられ、その軟弱さに手紙が無駄だったことを実感させられた。
だからここらで一度、上位魔族とやらで痛手を負わせて鍛錬に身を入れさせた方がいい、と本気でそう考えていた。
冷たいようだが、それが逆に今後に繋がると信じて。
『ところで子供が絡繰り馬車に近づいての事故が多くなっています。
基幹道の他、無人での運用が実施されている道路の付近では子供から目を離さないようにしましょう。現在、初夏の交通安全運動も行われています。
以上、ストレリチア道路交通情報センターでした』
と、まだ流れっぱなしだった共鳴ラジオが『ここで臨時ニュースです』と鳴らした。
『つい二時間ほど前、逃走していた上位魔族が王領都市付近の草原で確認されました』
「ぬ、なんと。折が良いのか悪いのか、この近辺に現れるとは。であらばキーセラ氏、このダメな男はさておいて。我ら二人、上位魔族を倒しに行こうぞ」
「このカサギがダメなら全人類種てんでダメダメよォ」
なんて応酬をしていると、また新たなことが共鳴ラジオから明かされる。
『またも姿をくらましましたが、未だ近くに潜んでいるとの見解で、現在数千人体制の捜索が行われています。王領都市にお住いの皆さま、今晩は決して壁の外に出ないようにしてください。
また次の特徴を持つ二人組を都市で見つけた場合、決して近づかず直ちに逃げてください』
「二人組、ですか。どちらも強力な魔族だと手こずるかもですね」
「勘弁願いたいぜ。ただでさえ追われてるっるーのに、戦闘までするなんてめんどっちーしぃ」
「……」
他人事のように話す二人の隣で胡坐をかいたスエサク。
彼が何も言わないのは、頭に浮かんでしまったあってはならない予測に気を取られていたからだ。
「……これは。あいや、まさかまさかにござるな……拙者の考え過ぎに決まうておる」
嫌な考えを振り払うように頭を振ったスエサクが、とにかく二人組とやらの情報をラジオから得ようと心を落ち着けていると、天窓の方から物音がして、それに続くように幾人かの声が響いた。
見れば、三人の真上には男たちがいた。
腕には腕章がある。
おそらくは捜索に駆り出された兵士なのだろう彼らが、天窓を踏みつけて走りながら、口々にこう言うのだ。
「吸血鬼を探せー!」
「陽が落ち着る前に見つけるのだ!」
――ま、まさかまさかの事態にござるか?
「カサギ、その魔族って言うのはどうやら吸血鬼らしいですよ」
「夜になったら厄介でならねーな。さっさと片づけちまおう」
自分が考える最悪の事態について考えもしないらしい二人に、スエサクが「も、もし。お二人。つかぬことを聞くが……」と呼びかけた。
「……と、時にキーセラ氏。吸血鬼を象徴する物を何と考えるか?」
「???」
「そして吸血鬼が現れた近辺でその物品を持ち歩く者が居たら、ど、どうなるか?」
「どうなるって、それは当然取り違えら、れ……て…。………え。ま、まさか……」
ゴクリ。
上がって来た胃液にすんでのところでお引き取り願い、どうにか気を取り直したキーセラが、さび付いたような動きで机の下に首を向け、そこにある『永眠用のベット』に目をやった。
「なんだってそう不安げな顔していやがる、キーセラさんよォ。吸血鬼と人間を取り違える? そんなはずがねーだろうに。そりゃぁそこにあるような棺桶にでも入ってるんなら話は別だ、ろう…………が……」
「「……。…………はっ!」」
二人がそれに気づき目を合わせて声を上げた――ちょうどその時、共鳴ラジオが二人組の魔族の特徴について説明すべく音を鳴らした。
『二人組はカラーロ教の棺桶に入った男とカラーロ教の聖徒に扮した少女です。カラーロ教の棺桶に入った男と、カラーロ教の聖徒に扮した少女、です。見つけた場合、決して近づかず直ちにお逃げください』
…………。
………。
……。
「よぉぉぉっし! そっちがそのつもりならいいだろう! 魔族に任せようと思ったが、そうも言っちゃあいられねー! 待っていろ、このカサギが直々に痛い目に合わせてやるからよォォっ!」
拳を振り上げて怒りを叫んでいるカサギの横で、また上がって来た胃液に目を白黒させたキーセラがほぅっと深いため息を吐いて心を落ち着かせ、それからここ数日自分を走り回るハメに合わせた原因をじとっと見下ろした。
「やっぱりカサギがダメダメだからでしたね……」
「うむ、丸きりダメダメにござるな」
スエサクも胸の突起を回しながら頷いた。
【tips 共鳴石】
魔力をを魔力波に、魔力波を魔力に、それぞれ変換し増幅させる特殊な鉱石。
石のサイズによって増幅量が変わり、大きければ大きいほど長い距離を飛んで行く。
大抵の魔力波は各地の共鳴石を中継して魔導都市にある世界最大の共鳴石に行き、そこから大陸ストレリチアへと流れて行く。
ただ、魔力に声を乗せる為には修得難度の高い魔法である「言霊の技法」か、非常に希少な魔道具が必要であり、後者は軍事基地や重要な村へ優先的に配置されている。
一般人が遠くの者と共鳴石を通じて会話するにはまだまだ時間が掛かりそうだ。
【tips 共鳴ラジオ】
その空間を飛んでいる複数の魔力波の中から受け取りたい波形にチャンネルを合わせ、音に直す魔道具。
要介護勇者の一転攻勢、お見逃しなく。
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効能:問答無用でハズレになる。




