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隣の二階堂さん  作者: 阪上克利


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74/201

恋の始まりは今なのか否か

 止まったままの時計の針が動き出すのは小さなきっかけがあればいい。



―――――――――



 今日は土曜日。

 会社がお休みであるにもかかわらずちょっと忙しかった。

 実は、松沢さんが盲腸で入院したという話を聞いたのである。ちょうどその話を聞いたのが金曜日。

 入院した病院も聞いたのであたしはすぐにお見舞いに行くことにした。


 連絡取るのは嫌だったけど、姉にもメールは入れておいた。

 一応彼女も仲良くしていた間柄なのだ。一緒に我が家に押しかけてお泊りまでしたのだし、確か連絡先も交換しあっていたはずだ。

 お見舞いぐらいはするべきだろう。


 今まで、あまり大きな病院に行ったことがなかったので知らなかったのだが、土曜日には診察はやっていないらしい。外来受付は電気も消えておりガランとしている。面会に関しては各病棟のナースステーションにて受け付けているということだった。


 お見舞いの品はとりあえず、お花を持っていくことにした。

 こういう時に持って行って良い花と悪い花があるということは聞いたことがあるので、自分で判断せずにお花屋さんで聞いて正解だった。まず血を連想させる赤い花はダメらしい。

 あたしは赤い花が好きなのでその話を知らなければ赤いバラなどを持っていくところだった。やはり『餅は餅屋』だ。ちゃんと聞いてみるものである。


『お見舞いならガーベラがいいですよ』


 花の中心が大きく、花びらが少し短い花を店員さんはあたしに勧めた。

 確かに可愛い花だ。色も黄色やオレンジ、ピンクなど様々だし、これならもらっても嬉しいと思う。


『ガーベラの花言葉は、「希望」とか「常に前進」という前向きな言葉なんですよ』


 お花屋さんは笑顔で説明してくれた。

 本当にこの仕事が好きなのだろう。そんな気持ちがひしひしと伝わってくる。こういう人が選んでくれたお花なら松沢さんも喜んでくれるだろう。


 あたしはガーベラの花束を持って病室を訪問した。


 病室は二人部屋で松沢さんは窓際だった。

 彼女は複雑な表情をして窓の外を見ていた。何かに悩んでいるのだろうか。こんな神妙な顔をしている彼女をあたしは初めて見た。

『二階堂ちゃん?』

 あたしが仕切りのカーテンからそっと顔を出すと、松沢さんはあたしに気づいて嬉しそうな顔をした。

 病気は人を気弱にする。

 普段は男勝りで、製造の仕事をしている彼女でも身体を悪くすると気持ちも落ち込むのだろう。


 来て本当によかった。


『松沢さん。聞きましたよ……大丈夫ですか?』

『わざわざ土曜日にありがとう。うん、まあちょっと入院する必要があるみたいだけど、すぐに戻れると思う』

『あまり無理しないでくださいね』


『これ……』と言ってガーベラの花束を見せて花瓶に生けようと思ったら、すでに花瓶には紫の花が生けてあった。小さな花がたくさんついていて、それがツリーみたいになっている。

 花の形状は紫陽花(あじさい)に似ているがもちろん紫陽花ではない。

 甘くて優しい香りがする。

 この花はライラックだ。


 あたしは用意してきた花瓶にガーベラを生けてライラックの隣に置いた。


『他に誰か来ました?』

『あ……うん……来たよ』

『みんな心配ですもんね』

『うん……』


 松沢さんにしては珍しく歯切れが悪い。

 なんだか微妙な表情だ。

 入院となればそりゃ誰かしらお見舞いに来るだろう。家族は当然来るだろうし……会社の人間だって仲良くしている間柄なら……


 あ……そういうことか……


『このライラック、可愛いですねえ』

『うん、ちょっと嬉しかったりして……』

『てゆうか……知ってます?紫のライラックの花言葉』


 あたしも花言葉なんて全然詳しくない。

 タイミング良くガーベラを購入したお花屋さんから聞いたのだ。

 お見舞いの花にふさわしい花は何種類かある。ダイアモンドリリーやスイートピー、そしてあたしが購入したガーベラ。

 ライラックもその一つなのだが……


『ライラックもお見舞いには良い花なんですけど、ちょっと特別な人に贈る花なんですよ』

 嬉しそうに話す店員さんの顔を思い出しながらあたしは言った。


『へええ』

『紫のライラックの花言葉は「恋の芽生え」です。知ってました??』

『え!!』

 みるみるうちに松沢さんの顔が真っ赤になるのが分かる。


『誰が持ってきたのかはあえて言いませんけど、身近にいる人こそ実は理想の人ってこともありますよ』


 止まった時計の針が動き出した。


 もしかしたらあたしが動かしてしまったのかもしれない。

 まあ、あの二人はあたしなどいなくてもいつかはこうなっていたのだろう。止まった時計の針を動かすのは小さなきっかけさえあればいいのだから。


 これから二人はどうなるのだろうか。


 ちなみに……

 あたしはこの手の話にはまったく興味がない。

 でも二人が幸せならあたしも幸せな気分だ。


 たまには姉を喜ばせてあげようと思う。

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