陸上自衛官の本音2
3話目で完結する。
有史初となる異世界からの侵攻の被害を被ったのは、戦後70年に渡る平和を謳歌していた日本、しかも首都である東京だった。幸いにもというべきか、攻めてきた異世界の勢力はハリウッド映画にあるような超科学の主でもなければ、巨大怪獣を操るすべを持たず、醜悪な怪生物でもなかった。遺伝子的には異なることが遺体の調査で判明したものの、同じく猿から進化したと思われる人間と同一の姿かたちをした兵士からなる中世の水準の軍勢であり、現代の軍隊の装備ならばたやすく打ち破れるものだった。
中世期には大砲や火縄銃、マスケット銃などが実用化されていたが、攻めてきた軍勢はそれらを実用化する水準にすらいたっていなかった。実用化していたところで大砲は現代のものにくらべれば射程は短く、銃にせよ戦列歩兵に代表されるように密集形態での使用を連射性や命中率から基本戦術としているため、大きな脅威にはならなかったといわれている(最も原始的とはいえ、大砲があれば歩兵には脅威であり、破壊力に特化したソフトポイント弾が銃に使用されているため完全に侮れるわけではない。)
魔法は存在していたが、それは歩兵に対してのみの脅威でしかなく、戦争全体の勝利を左右しうるものではなかった。単独で核兵器に匹敵するような火力や戦車並みの破壊力を発揮する魔法使いはまったくおらず、超常の力であるために単なる火の玉に見えても戦車を破壊すると見かけ以上の破壊力を発揮することもなかった。
身体能力を強化する魔法もあったが、それとてライトノベル作品の魔導師オズフェンや素浪人刀心のように弾丸を見切ったり、銃口から弾道を予測して回避すると言った離れ業をなし得るものではなかった。訓練を積んだ陸上自衛官数名がかりでやっと制圧できる身体能力を強化によって得られるが、それとて素手で人体を肉片にさ変えたり金属を軽々と潰すと言った水準に比べれば驚異ではあってもまだ常識の範疇だ。
つまり攻めてきた異世界の軍勢は、日本の軍事的能力を持ってすれば容易に撃退しうる相手だった。そして異世界の軍勢は、当初こそ民間人に猛威をふるったものの、自衛隊が投入されてからはあっけなく潰走した。
これが事前に綿密な計画を立てた上での侵攻であり、まず首都である東京に存在する霞ヶ関や永田町と言った政治的中枢を事前に襲撃すればまだ違ったかもしれない。自衛隊の最高指揮官であり、実質的な国家元首といえる内閣総理大臣を殺害ないし拘束してしまえば、自衛隊による反撃を防ぎ得たかもしれない。
文民統制で動く現代の軍隊は命令がなければ独自に動けず、 自衛隊は何らかの非常事態であるために独自に行動に移ると言ったことは特に難しい組織だからだ。それに内閣総理大臣が職務を実行できない状況に陥った場合、その職を誰が引き継ぐかについては規定がないわけではないものの、アメリカなどと比べれば日本のそれは未熟だ。
内閣総理大臣を抑えてしまえば、東京都知事が治安出動を要請しない限り、出動命令を下す最高指揮官の不在から自衛隊も即座に出動できなかった恐れは強い。かつてベレンコ中尉亡命事件の際は、訓練という名目で陸空の自衛隊が命令なくソ連の攻撃に備えるために展開したが、恐れではなく直接の軍事攻撃を受けたとなれば、本来出動すべき事態だが法的に見て自衛隊も命令なく出動し難い。
政治的な中枢を抑えるといった行動を行なっていれば、最終的には撃退されるにせよ一時的な東京占領をなしていたかもしれなかった。だが、それはそもそも実現することは不可能だった。日本側は当初、出現した場所が首都であったために政治中枢を狙った攻撃を仕掛けたと考えていたものの、片言ながら言葉を通じるようになった捕虜の証言をまとめると、首都に侵攻してきたのはまったくの偶然だったことがつまびらかにされた。
確かに異世界の勢力は、石造りの枠組みに囲まれた蜃気楼を思わせる直径100mもの球体からなる空間転移装置を用いて異世界に移動することを可能としていた。しかし、それは異世界に移動を可能にするというだけで行き先を事前に指定することは不可能な代物だった。また事前偵察を行うことも不可能だった。
空間転移装置の大きさは固定されており、転移装置が出現すればその大きさからひそかな偵察活動を行うことはできず、そもそも一度転移装置のつながった世界にもう一度門をつなげることもできなかった。
この一連の軍事行動は事前偵察も入念な情報収集もなしに行われた無謀きわまりないものだった。何故そんな行動をとったのかと思うかもしれないが、領土と労働力、資源を求め異世界への侵攻を決断した超大国が対峙することを想定したのは当然ながら自分たちと同程度の装備を持つ勢力を戦うことを基準にしていた。
今まで無敗を誇った超大国としての誇りから来る楽観論や中世レベルでありながら既に実現していた保有する常備軍の実力から、相手が自分たちと同程度の装備を持つ相手ならば事前偵察なしとも負けるはずはないとの考えが主流だった。
これが地球の現代人ならば相手側の装備がこちらの水準を上回っているかもしれないと思うのかもしれないが、あいにくと魔法が存在していても中世レベルの水準の異世界であるため、攻める側の装備が上であったらと発想するものはまずいなかった。それに地球の現代人にせよ似たようなものだ。異星人の地球侵略を描いた作品は枚挙に暇がないが、地球と同じく異星人もミサイルを武装として使うという発想は地球の兵器の水準に基づいた考えでしかない。
流石に現場の軍指揮官や政治家の中には、いきなり知りもしない相手を攻撃するのは危険ではないかという意見を持つものもいたが、それらは極々少数だった。かくして事前の下調べなしの攻撃は実行に移された。
もし事前偵察を行っていれば、彼我の軍事力の格差から侵攻を断念し大損害をこうむることを防ぎえたかもしれないし、一時的に優位に立つこともあったかもしれないが、これは運がなかったとしか言いようがない。あるいは見方を変えれば開いた先が地球の日本で幸運であったのかもしれない。
異世界の住民も酸素呼吸を行って生存している生物であり、その耐久力も極端な差はない。転移装置がつながった先が呼吸可能な大気を有さなかったり、水星や金星のような高温・低音の環境の天体であるために移動と同時に全員が死亡するという事態を避けられただけ僥倖といえなくもない。
こうして異世界の軍勢は、敗北という予定調和に向けて進んだわけだが、日本側とて被害が皆無だったわけではない。民間人のみならず自衛隊も含めて相応の被害を受け、特に自衛隊よりも民間人の被害は顕著だった。常備軍を保有してこそいたが、戦場における倫理観は略奪や虐殺、強姦を是とするものであったことや、異世界を見事平定するために民間人を無差別に殺傷し、恐怖心から抵抗意欲をそげという命令が下されていたためだ。また東京という大都市の中でも人がにぎわう名所に出現したことも大きい。
約2万人もの異世界の軍勢が出現したのは、東京の副都心である渋谷。普段から賑わいが絶えることがないが、間が悪いことに5月の大型連休中であるため普段以上の賑わいを見せているところだった。惨劇は直ちに開始された。騎兵がいっせいに突撃、馬上から槍を持って混乱する人々を突き刺し、重装歩兵が槍衾で蹂躙した。歩兵は剣や槍で人々を刺し、貫き、えぐり、弓兵は逃げ惑う人々の背中に弓矢を容赦なく浴びせた。
ただ殺されただけではない。金品を求めるためや暴力を発散するために複数の兵士の手によってリンチされ、じわじわと苦痛を味わいながら死んでいったものや生存したものの日常生活に支障をきたす後遺症を負わされたものもいる。女性は女性で生まれてきたことを後悔する目に合わされた、即ち強姦だ。不幸なことに若者の町である渋谷には休日で遊びに来ていた女子高校生や中学生も多くおり、難を逃れたものもいたが多くの未成年も獣欲の餌食にあった。遺伝子の違いから妊娠する恐れはなかったが、そんなものは被害者の慰めにならないだろう。
平和な日本で突如として発生した未曾有の虐殺は、平和ボケしていると揶揄される日本人の心に怒りの火をともし、自衛隊による逆侵攻を後押しすることになった。
もっともこの未曾有の虐殺は、自衛隊の投入により迅速に鎮圧されることになる。官邸で未曾有の虐殺の知らせを受けた内閣総理大臣は、原因の究明よりも何よりも迅速な事態の収束を優先し、防衛出動を自衛隊に下すという重要な決断を短時間に決断した。英断といわれるこの決断の背景には、何万もの民間人が虐殺され、銃火器などを所持していないものの規模的に警察で対処できないからや、首都が攻撃を受けることによって莫大な経済的損失をこうむることを恐れたからともいわれるが、内閣総理大臣個人の命が惜しかったのではという皮肉がまことしやかにささやかれている。
自衛隊の投入といっても即座に自衛隊が攻撃に移ったわけではない。民間人を攻撃に巻き込まないために警視庁と連携して避難を完了しなければならなかったし、また純粋に兵力の問題もあった。陸上自衛隊としても直ちに展開したかったが、陸上自衛隊の歩兵連隊における普通科連隊は数100名単位であり、数1000名単位からなる諸外国の歩兵連隊と比べれば歴然たる差があった。
確かに装備では差があるものの相手の兵力は万単位であり、鎮圧に当たった第1師団の有する東京都内に所在し直ちに攻撃に当たれる普通科連隊は同師団司令部のある練馬の第1普通科連隊のみしかなく、装備で勝るとはいえ1個普通科連隊のみで当たるのは無謀であった。そのため同師団所属の東京都外に所在する2個普通科連隊の合流を待ってから攻勢に移らなければならなかった。それまでの間、異世界の軍勢はすき放題に暴れていたわけだが、兵力の終結が完了してからは別だった。
民間人の虐殺を放置せざるを得なかった雪辱を果たすための果断な攻撃は異世界の軍勢をたちまち潰走到らしめた。投入した歩兵の戦力なら異世界の軍勢が上だったが、質では陸上自衛隊が圧倒しており、勝負は決まっていた。
相手は集団での突撃を基本戦術としており、装甲戦闘車両を盾にした陸上自衛隊の89式小銃による射撃や重機関銃、軽機関銃、擲弾などによる攻撃の前に数をたちまち減らしていった。それに相手が銃火器を原始的なものとはいえ保有していなかったことが幸いした。現代の銃火器の前では、原始的な銃火器を知っていても意味はなかったかもしれないが、直接に銃弾が当たらなくとも銃声で驚いた馬が騎兵の制御を失い暴走し突撃を有効に行えず、自分たちの知らない未知の兵器の存在は相手の兵士の精神を恐慌に陥れ、まともな攻撃を行わせなかった。
それに相手は常備軍だった。常備軍という形をとらない古代の軍隊でも負傷した味方の救護をまったく行わなかったわけではない。常備軍ともなればことさら味方の救援を行うものだ。銃火に身をさらしながらだったが、銃撃を受けながらも即死にはいたらなかった味方の後送を優先し、突撃への参加を見送り、一時的に遊兵と化した兵もいたため、突撃を効果的に行えなかった。
それでも相手は数が多く、曲がりなりにも常備軍であったために体制をなおも立て直そうとしたが、その努力は無駄に終わった。努力を無駄なものと決定付けたのは、砲撃と航空支援だった。内閣総理大臣は、取り残された民間人がいる可能性は認識していたものの、それよりも早期に異世界の軍勢を撃破し、首都の秩序回復を優先し、それにGoサインを出した。
流石に特科部隊や航空自衛隊の投入はなかったが、都市や民間人への被害を許容する決断が下されたことで、陸上自衛隊は一応展開を進めていた普通科連隊所属の迫撃砲陣地から弾雨を降らし、一躍出撃した攻撃ヘリから機関砲や対戦車ミサイル、対戦車ロケットによる攻撃を異世界の軍勢にプレゼントした。それらの攻撃が決定打となり、異世界の軍勢は撤退を開始し、異世界からの侵攻はひとまず終わりを告げた。
とはいえ、陸上自衛隊によるワンサイドゲームだったわけではない。防弾チョッキを全員が纏っていたが、防弾チョッキは銃弾を前提にしており、弓矢や剣からの攻撃を防ぐことに前提にしていない。敵兵からの弓矢による攻撃でチョッキを貫かれたり、首筋や足などにあたり重症や殉職するものも出ていないわけではない。それに相手の戦術は正面からの集団突撃だったが、攻めてきた場所が市街地である渋谷であることを忘れてはならない。
市街地や屋内を前提にした訓練を積んできたが、相手が組織的な抵抗をやめ撤退を開始した後に残敵の掃討と民間人の救助を目的にした行動を開始したが、その過程で逃げ遅れなおも闘志を失っていない敵兵とたびたび接触した。正面から攻撃された場合は銃撃によって対処できたが、物陰に潜んでいた状態や通路を曲がった際に攻撃されたり、遭遇した場合は陸上自衛隊も無傷とは言えなかった。
現代の兵士と中世の水準の兵士が格闘戦や至近距離での戦いを展開した場合、中世の兵士のほうが有利に思えるかもしれないが、そんなことはない。攻めて来た相手は中世のヨーロッパだったためたとえとして出すが、いわゆるフルプレートアーマー(全身鎧)だったとしても実際には現代の兵士のフル装備と同じ20~30キロの重量しかない。犬とスパイスという小説でフルプレートアーマーごと倒れると動けないとあったが、これは実際には間違いだ。
現代の兵士と中世の兵士の装備における重量が同じものだから、体力的な面での差はない。身体能力強化の魔法を使った物についてはてこずったが、問題なく制圧のできる相手だ。制圧はできはしても、市街地という環境上、それを想定した訓練をつんでいても不意をつかれた攻撃によって負傷するものや即死するものも少なからずいた。
魔法使いによる魔法攻撃は、高機動車にさえ窓ガラスを割る以外はできなかったが、少なくとも人体に対しては十分以上の殺傷力を発揮した。それに人間以外の生物、元々の地域伝承よりも日本のライトノベル作品におけるイメージそのままのオークやトロル、ゴブリン、オーガといった魔法使いによって操られた魔法生物は厄介だった。オークやゴブリンは、89式小銃の5.56mm弾で殺せるもののそれでも何発か叩き込むか、脳を狙う以外は有効な一撃といえず、オーガやトロルについては軽機関銃を用いない限りは5.56mm弾では貫通し得ない。効果的にオーガやトロルを倒そうとするならば重機関銃や84mm無反動砲等の重火器を使用しなければならず、しかも軽装甲機動車ならば破壊するだけの筋力を持っておりきわめて厄介だった。
とりわけ歩兵にとって脅威だったのは、撤退間近に現れた竜騎兵だった。竜騎兵という言葉は、地球にも存在していたが、異世界のそれは本当の意味でのドラゴンを駆るものだった。侵攻開始からすぐに現れていれば、対処の仕方はあったのかもしれないが、異世界の軍勢にとって幸運なことに、嵐によって侵攻作戦への参加が遅れていたためにその存在を期せずして秘匿していた。竜騎兵の投入は戦局の打開を図ったわけではなく、あくまで撤退の支援のために強力な未知の武装を持つ敵兵の足止めをするためだった。既に戦局を立て直すことはできないと異世界側の指揮官は冷静な判断を下していた。
撤退のための建て直しといっても、竜騎兵の投入は出動していた普通科部隊にとって少なからぬ脅威だった。ドラゴンの体表の硬さは5.56mmの小銃弾では致命傷にならず、超音速に達することこそなかったが、空中を高速度で三次元に移動するため重火器で仕留めるのも困難を極めた。またドラゴンの代名詞の火炎放射は瞬間的に1000度にも達し、侮れない威力を発揮して見せた。
対空火器こそ持っていたものの相手の数は20~30体と多く、本格的な対空陣地があるならまだしもはっきりいって焼け石に水だった。運がよければ重機関銃で対空射撃を行う車両の陰に隠れることもできたものの、運が悪いものは生きたまた高温の炎に晒され火達磨となった。展開していた攻撃ヘリが機関砲による反撃を行い、それを見た竜騎兵が撤退を始めなければもっと被害は大きくなっていただろう。
民間人に比べれば比較的軽微なものの、自衛隊も損害を追って異世界からの侵攻を日本は辛くも撃退した。
問題なのはこの後だと銃座についた一士は思う。異世界への逆侵攻を決断せずにあのまま空間転移装置を破壊すべきだったと彼は強く思う。日本が異世界に逆侵攻を決定したのは、この被害を受けたことに対する報復や賠償を得るためや、空間転移装置を破壊しても再度また空間転移装置で現れてはかなわないと考えたからだ。
当時は捕虜から空間転移装置の融通性のなさを聞き出せていなかったから仕方がないのかもしれないが、それでも空間転移装置は破壊すべきだったと銃座についた彼は思う。そうしなければ泥沼化した戦いで苦労しなくてすんだというのに。




