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41 魔輪・ブリージンガメン

 燃え盛る炎のドームの中から弾き出された剛剣。

 炎が消え、抱き合うヒルデとシズクの姿を見た玲衣はホッと胸を撫で下ろす。


「ヒルデさん、無事でよかった……」

「あの人に、ちゃんと気持ちも届いたみたいだな」

「そうだね。でも——気付いてる? リンちゃん」

「ん、今度は私達の出番みたいだな」


 ヒルデとシズクの向こう側、もやがかかったように歪んだ空間。

 玲衣はゆっくりと剣を抜き、リンナは聖剣の宝玉を杖にセットする。



 腕の中で泣きじゃくるシズクを抱きしめていたヒルデ。

 穏やかだった表情は体に走る激痛に歪み、うめき声を上げてその場に崩れ落ちる。


「うぐッ……!」

「ヒルデ!」

「だ、大丈夫だ。だが、少々無茶をしすぎたようだな。あんな事を言っておいて情けないが、支えてくれるか?」

「うん、支える。ヒルデが側にいる限り、ずっと支えるから」


「いいわねぇ。美しい絆の物語ってところかしら。最高の見世物だったわ」


 パチパチパチパチパチ。

 耳障りな拍手の音と、芝居がかった口調。

 唐突に姿を現したその人物を、敵意を込めてシズクは睨みつける。


「ヘレイナ、何しに来た」

「こいつが、ヘレイナか……!」


 ヒルデが直接会うのはこれが初めての事だ。

 話には聞いていたが、人を小馬鹿にしたような口調に、禍々しい気配。

 嫌悪感を抱くと同時に、只者ではないと一目で悟った。


「さっき言った通りよ。素晴らしいショーを見せてくれた事へのお礼。騎士団と貴女に同時に情報を流してみたら面白い事が起きるんじゃないかって思ったけど、想像以上だったわ」

「あの情報は、お前が流したのか!」


 騎士団に闇ブローカーの情報を流した正体不明の人物は、ヘレイナだった。

 ヒルデはこの女が何を考えているのかまるで掴めない。

 その行動にまるで合理性が見当たらないのだ。


「どうしてそんな事をした!」

「何度も言わせないでよ。そうした方が面白そうだったから」

「本当に、それだけなのか……?」

「ええ、実際面白かったわ。それと、お礼以外にもう一つ用事があるの」


 シズクを見るその目が、冷たいものへと変わる。


「剛剣、持っていかれては困るのよねぇ」

「貴様、シズクを……!」

「勘違いしてもらっては困るわ。そんな女、好きにしてもらって構わない。ただ、グラムの宝玉は替えの効かない代物だから。置いていってもらうわ、力ずくでもね」


 ヘレイナの右手、四色の宝珠が埋め込まれた腕輪。

 その緑色の珠が光を発し、彼女の周囲に風の刃が生み出された。


「と、いうわけで。可哀想だけど死んで貰うわ」


 右手を振り、疾風の刃が二人へと飛ぶ。

 ヒルデを庇い、自分の体を盾にしようとするシズク。


「私を置いて逃げろ、シズク!」

「そんな事、絶対に嫌!」


 ガキィィン!

 だが、風の刃は彼女達には届かない。

 二人の前に飛び込んだ赤茶色の髪の少女。

 彼女の振るう鋼鉄の刃が全てを叩き落としたからだ。


「ヘレイナ、ほんっとムカつくね、アンタ」

「あらあら、レイちゃん。そんな怖い顔で睨まないの。嫌われちゃってお姉さんショックだわ」


 持てる限りの敵意と憎しみを込めて、玲衣はヘレイナを睨みつける。

 だが敵は、相も変わらずの薄ら笑いを浮かべ、どこ吹く風。


「質問、ホズモンドはどうなったの」


 切っ先を向け、玲衣は問う。

 遺跡の中から飛ばされたきり、彼の安否はまるで分からない。

 知っているのは、あの場にいたこの女だけだ。


「あの男? 今頃潰れたカエルみたいになってるんじゃない? その前に黒コゲにしてあげたけど。ふふっ」

「……よーく分かった。あんたは絶対ここで潰す」

「あら、怒ってるの? 不思議ねぇ。あの男は貴女の敵だったはずだけど」

「確かにあの人はリンちゃんを連れて行こうとした、利用しようとした。その点について、私は絶対に許す気は無いよ。けどそれはそれ、なんだか余計に腹立った」


 玲衣とヘレイナが対峙する中、シズクとヒルデの元へリンナは駆け寄る。


「二人とも、下がっててくれ。今から戦いになる」

「私も戦う。ダメージはほとんどないから、足手まといにはならない」

「駄目だ、ヒルデさんに付いていてあげてほしい」


 ヒルデは全身に走る激痛で、一人では身動きできない。

 今の彼女を一人にして戦闘に入れば、狡猾なヘレイナは容赦なく狙ってくるだろう。


「——わかった。任せる」

「済まない、完全に足手まといになってしまって……」

「いいんです、あとは私達に任せてゆっくり休んでて下さい」


 ヒルデに肩を貸しながら、シズクは後ろへ下がっていく。

 リンナはその場でヘレイナへと向き直った。


「ヘレイナ、お前の狙いはこの宝玉なのか」


 杖の先端をヘレイナへと向け、リンナは問う。


「ふふっ、どうかしら。さて、お二人さん。どうやらここで私と戦う気みたいね」

「当然。この間と違って万全だからね」

「お前が何を企んでいるか知らないが、ここで終わらせてやる」

「いいわ、凄くいい。楽しくなってきたじゃない」


 腕輪を着けた右手を前にかざし、魔力を集中させていくヘレイナ。

 魔輪ブリージンガメンの四つの宝珠が妖しく輝く。


「かかって来なさい。相手をしてあげる」

「リンちゃん、最初から全力でいくよ!」

「ああ、出し惜しみなんてしてられない!」


 玲衣はペンダントを握りしめ、リンナを想い祈りを捧げる。

 ロケットの中の宝玉の欠片が、聖なる光を放つ。


 リンナも同様に宝玉に祈り、聖剣に呼び掛ける。

 玲衣を守り、敵を倒す為の力をこの場に顕現させるために。


 宝玉と欠片、二つの輝きが玲衣の右手に収束。

 半透明の光の刃となって、その姿を現した。


「あらあら。不完全ながら、もう自由に出せるのね」

「これが聖剣だって事は分かったからな。具体的なイメージが有るのと無いのとでは全然違う」

「ホズモンドが余計な事を言ったせいね、まったく」

「無駄話してる暇なんてないよ」


 ため息をつくヘレイナの眼前、既に玲衣は聖剣を振りかぶっている。

 その速度は、ヒルデやシズクですら目で追うのがやっとだ。


「もらった!」

「そう簡単には終わらせないわよ」


 玲衣の先制攻撃は空を切る。

 ヘレイナはその場から垂直に飛び上がり、空中で静止した。


「飛んだ! アイツほんとに人間なの!?」


 上空を見上げ、驚きの声を上げる玲衣。

 リンナはヘレイナの足元を注視する。

 ブーツの裏、風が渦を巻いているのが見て取れた。


「レイ、風属性の魔法だ。気流を操って空中を自在に飛べるみたいだ」

「あらあら、もう見破っちゃったの。もう少し驚いて欲しかったのに」


 リンナを見下ろしながら、ヘレイナはつまらなそうな表情を浮かべる。


「リンちゃん、さっきの攻撃も風だった。ブリージンガメンって、風の魔法を操る武器なのかな」

「いや、多分まだ何かある」


 ブリージンガメンの宝珠は四色。

 確証は持てないが、おおよその予測はリンナの中でついている。

 それを確定情報として玲衣に渡すにはまだ早いが、おそらく。


「きっと他の属性魔法も使ってくる。気をつけろ、レイ」

「他の? それって……」

「本当に鋭いわねぇ、リンナちゃん」


 ヘレイナが右手をかざした先、空気が渦を巻く。

 その中に、ヘレイナは炎を解き放った。


「火を出した!?」

「まあ、すぐに分かる事ではあったけどね」


 風の渦の中、炎はその勢いをどんどん増していく。

 炎を纏った風の渦を、ヘレイナは眼下へと放った。

 燃え盛る竜巻が、高速で玲衣へと迫る。


「複数の属性魔法を組み合わせた攻撃。こんな事もできるのよ、面白いでしょう」


 猛烈な勢いで迫る炎の渦、だが。

 ブオン!

 その攻撃は玲衣へは届かない。

 たった一振り。

 光の剣をたった一振りすると、炎の渦は完全にかき消えた。


「で、これだけ? だとしたらがっかりだよ」

「あはぁっ、素晴らしい、素晴らしいわぁ……」


 恍惚とした表情を浮かべるヘレイナ。

 玲衣は聖剣の切っ先で円を描く。

 その軌跡に五つの光弾が生み出される。


「行けッ!」


 切っ先がヘレイナを指し示すと、光の弾は敵へと向かって撃ち出される。


「おっと、危ない」


 手足の先の気流を操り、空中を自在に飛びまわるヘレイナは、飛来する光弾をひらりとかわす。

 遥か後方に飛んでいく光弾を見送ると、楽しげに玲衣を見下ろす。


「今度はこっちの番、いくわよ」


 青い宝珠が魔力を発し、空気中の水分が凝結。

 鋭く尖った氷の槍が生み出された。

 玲衣に接近するため、氷の槍を握りしめて、ヘレイナは空中で溜めを作る。

 足裏に渦巻く風を炸裂させ、猛スピードで迫るために。

 その硬直時間に、玲衣はニヤリと笑う。


「あれで終わりって誰が言ったっけ?」

「何ですって」


 訝しげな表情を浮かべるヘレイナ。

 その背中に、五発の光弾が叩きつけられた。


「あの人みたいに自動追尾とはいかないけど、それ、操作できるんだよね」

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