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40 炎の中で

 ヒルデが左手に握りしめた緑の宝玉。

 そこから迸る光は炎となって渦を巻き、彼女の左手に剣を形作っていく。


「——召喚! 来い、ノートゥング!!」


 炎が弾け、姿を現した赤い刀身。

 燃えるような意匠が施された片刃の剣は、発する熱で周囲に陽炎を揺らめかせる。


「凄い、ヒルデさん。召喚武器を二本同時に……」

「無茶だ! あんな事をしたら体が持たない!」


 感嘆する玲衣の横で、リンナは焦りの色を見せる。


「え、どういう事?」

「召喚武器の二本同時召喚は、身体能力強化(エンハンス)も二重に掛かるという事。体にかかる負担は絶大だ! だから禁じ手とされているんだ……」

「ヒルデさん、そんな無茶してまで……」



 右手に氷の魔剣、左手に炎の魔剣。

 両の手に一つずつ握り締め、ヒルデはシズクと対峙する。


「なんのつもり? 師匠の剣を持ち出してきて。しかも二本同時召喚なんて自殺行為」

「そう言うな。二重の身体能力強化(エンハンス)、これくらいしかお前に勝つ手段が思い浮かばなかったんだ」

「それに、私を守る? 私よりも弱いあなたが何を言っているの」

「お前より弱いかどうか、今から見せてやるさ」


 強く地を蹴ると、ヒルデは一瞬でシズクの眼前に到達する。

 先ほどまでとは比較にならない速度。

 右手で振り抜いたバンムルクを、シズクは何とかグラムで受け止めた。


「重い……」


 その衝撃に両手が軽い痺れを覚え、一撃の重さに思わず歯を食いしばる。

 力も速度もバンムルク一本の時とはケタが違う。

 ガードを崩すため、ヒルデは左手のノートゥングも振り上げ、叩きつけようとする。

 このままでは防御を崩され、多大な隙を晒す事になるだろう。

 シズクはバンムルクを払いのけると、バックステップで距離を離す。


「逃がさん!」


 すぐさま後を追う。

 跳躍の瞬間、足の筋肉が悲鳴を上げた。

 痛みが走り、僅かに顔をしかめる。


「やはり、長期戦は無理そうか」

「自業自得。こうして動き回っているだけで、あなたは自滅する」


 着地したシズクは、間を置かずに背後に跳ぶ。

 ヒルデの方がスピードは上。

 すぐに追いつくが、シズクは回避に全力を傾け、繰り出した攻撃は空を切る。


「真正面から斬り合ってはくれないか?」

「相手の弱点を突くことは基本。卑怯とは言わせない」

「確かにな、正論だ」


 バンムルクの青い刀身が、冷気を発生させる。

 後退を続けるシズクの背後、氷の壁が生み出された。

 彼女の背中にぶつかる、冷たく硬い感触。


「逃げ道は塞いだ!」


 動きを止めたシズクに、バンムルクとノートゥング、二つの剣を同時に叩きつける。


「グラムの力、その程度で破れはしない」


 身体能力強化(エンハンス)で強化された筋力、全てを防御へと回す。

 二つの剣による凄まじい一撃。

 周囲の地面がクレーター状に抉れ、シズクの全身の骨がきしむ。

 だが、その防御を崩す事は叶わない。


「防ぎきった。次の手は考えてある?」

「もう既に、手は打っている」


 僅かに上がるヒルデの口角。

 直後、周囲に立ち込める濃霧。

 ノートゥングの放つ熱が氷の壁を蒸発させ、水蒸気を発生させていた。


「また目くらまし? 気配は見えていると言ったのに。バカの一つ覚え」

「それはどうかな」


 ヒルデは素早く後ろに下がると、霧の中へ姿を消す。

 シズクは精神を集中し、ゆっくりと目を閉じる。

 その心眼は、蟻一匹の気配すら逃さない。

 そのまま攻撃を待つ。

 待つ。

 待つ。

 妙に間が空いているのは、こちらの油断を誘うためか。


「……来た。後ろ」


 シズクの背後、二本の剣を振りかぶるヒルデ。

 渾身の上段薙ぎ払いを、深く身を沈めてかわす。

 カウンターの斬撃は、速度で上回るヒルデが回避。

 起死回生の攻撃は、失敗に終わったかに見えた。

 しかし、これがかわされる事はヒルデにとっては想定内だ。


「散々待たせてこんな攻撃? がっかりした」

「驚くのはこれからだ」


 バンムルクを一振りすると、霧が晴れる。

 シズクの目に写る光景は夕暮れの山中、ではない。


「これは……炎のドーム……?」

「正解だ。コイツを作るのに少々手間取ってしまった」


 ヒルデとシズクが立っている場所は、全方位をドーム状の炎の壁が囲んだ空間。

 炎を操るノートゥングの魔力で作りだした灼熱の闘技場だ。

 直径わずか二十メートル程の狭い空間で二人は対峙している。



「リンちゃん、何!? あの炎のドーム!」

「ヒルデさんが作りだしたんだ。あの中で短期決戦を仕掛けるために」

「……ここからじゃ中が見えないね」

「あの炎が消えた時が決着の時、だな。それまで中の様子は分からない」


 黄昏の山の中、燃え盛る炎のドーム。

 その中を二人がうかがい知ることは出来ない。

 ただ、ヒルデの勝利を信じて祈る事しか。


「負けないで、ヒルデさん……」



 ドームの内部は灼熱の空間。

 シズクの頬を汗が伝い、地面に落下した瞬間に蒸発する。


「なるほど。これで私は時間稼ぎが出来なくなった。早めに決着をつけないと、この暑さは堪える」

「すまないが、私は暑さ対策はバッチリだ」


 バンムルクの刀身が魔力を発し、ヒルデの体を冷気で包んでいる。


「快適そう。羨ましい」

「お前にも分けてやりたいが、今は無しだ」


 先に仕掛けたのはシズク。

 間合いを詰めてグラムを横薙ぎで振り抜く。

 ヒルデはバンムルクを防御に回して受け止めようとするが、その攻撃はフェイント。

 寸前で剣を止め、素早く背後へと回り込む。


「お前の得意なパターンだな、読めている!」


 左のノートゥングを背中側に回すヒルデ。

 グラムを上段に振りかざしたシズクは、まだ剣を振り下ろさない。

 二重のフェイントで正面に移動したシズクは、ガラ空きになった正面に鋭い斬り上げを繰り出す。


「ぐっ!」


 バック転で距離を離し、攻撃をかわしたヒルデ。

 その鎧が中心から割れ、ゴトリと音を立てて地面に落ちた。


「今の踏み込み、お前らしくないな。もう一歩踏み込んでいれば、私は真っ二つだった」

「貴女が攻撃をかわした、ただそれだけでしょ」

「それに、今まで何度か降参を勧めてきた」

「回りくどい。何が言いたいの」

「私はお前を斬りたくない。だから致命傷となる攻撃は繰り出していない。もしかしたらそれはお前も同じなのかと思ってな」


 シズクの眉が一瞬ピクリと動く。

 だがそれだけ。

 表情は一切崩さず、「くだらない」と吐き捨てる。


「そんな事より、もう小細工は使わない気? それとも、もう使えないとか」


 シズクの指摘はズバリ的を射ていた。

 ノートゥングは炎のドームの維持、バンムルクは熱の遮断。

 どちらも戦闘に魔力を回す余力は残っていない。


「お前の言う通りだ。だからここからは真っ向勝負。剣だけでお前を上回る」

「本気で出来ると思ってる? 私とグラムを相手に」

「思ってるさ!」


 鋭い踏み込みで間合いを詰め、二刀を振り下ろす。

 凄まじい速度と力を纏った一撃。

 受け止めたシズクは足元から砂煙を上げ、数メートル後退した。

 ヒルデの全身の筋肉が悲鳴を上げるが、気にしてはいられない。

 そのまま鍔迫り合いの力勝負に持ち込む。


「もう一度聞く。お前が強くなりたいと思ったきっかけはなんだ」

「自分の弱さにうんざりしたから。他人の弱さにもうんざりしたから。他人なんてどうでもいい、私は一人で強くなる。この答えで満足?」

「それはおかしいな。お前はあの時、私にもっと力があったなら、と言った。他人の事をどうでもいいと思っている人間の口から出る言葉か?」


 バンムルクとノートゥングの刃が、グラムの刃と擦れ合い、火花が散る。


「シズク、お前、本当は怖いんだろう?」

「何を言い出すの。私が何を怖がってると」

「お前は仲間を作るのを、作った仲間を失う事を怖がっているのだろう」

「何を、知った風な事を!」


 ポーカーフェイスを貫いていたシズクの表情が、僅かに揺らぐ。


「それだけの力を手に入れながら、それでもお前はまだ怖がっている。守りきれなかったらどうしよう、いなくなってしまったらどうしよう、と」

「そんな事を言って! 動揺を誘おうなんて!!」

「違うのか?」

「違うッ! そんな事、私は思ってない! 私は、私は……!」


 目に見えて動揺が広がっていく。

 彼女が閉ざした心をこじ開けるべく、ヒルデは声の限り訴える。


「お前の! お前の本当の気持ちを聞かせてくれ、シズク!」

「ッ! あああああああぁぁぁぁぁぁッ!!!」


 押さえつけていた感情が、とうとう爆発した。

 力任せにヒルデの剣を弾き返し、体勢を崩した彼女に斬りかかる。

 乱れた心で振るうその剣は、太刀筋も荒く大振りだ。

 今のヒルデの速度なら、回避は容易い。


「私は! 強くなって、誰よりも強くなって貴女を守りたかったの! でも、強くなる程に限界が見えてくる!」


 秘めていた想いを吐き出しながら、がむしゃらに攻撃を繰り返すシズク。

 体の痛みに耐えつつ、ヒルデは回避に専念し、反撃には出ない。

 今は彼女の吐露する想いを受け止める時だ。


「こんな強さじゃ、誰も守れない! きっとヒルデも、私の前からいなくなる! だったら、だったら最初から一人の方が——」

「私は、お前の前からいなくならない!! 絶対に!!!」


 彼女の叫びは、シズクの脳裏に懐かしい光景を呼び起こした。

 二人で切磋琢磨し、笑い合ったあの頃。


 シズクの剣を、ヒルデは青い刀身で受け止める。


「お前を、一人になんてしない! 私がお前をその恐怖から守ってやる! 私にはお前が必要なんだ、だから——」


 そのまま赤い刀身とでグラムを挟み込み、


「だから、私の隣に帰ってこい! シズクッ!!!」


 捻りを加えて紫の刀身を弾き飛ばした。


 剛剣はクルクルと回転し、地面に突き刺さる。



 消滅していく炎のドーム。

 バンムルクとノートゥングは、緑の光となって宝玉へ戻る。

 シズクはゆっくりと顔を上げ、夕日を背に微笑むヒルデを見上げた。

 その笑顔はあの頃のまま、なにも変わらない。


「私……、ヒルデの隣にいてもいいの?」

「ああ、私はお前よりも強いからな。お前をおいていったりはしない」

「ヒルデ……。うっ、ぅぅ……」


 ヒルデに抱きつき、ぽろぽろと大粒の涙をこぼすシズク。

 彼女の頭を、ヒルデはそっと撫でる。


「おかえり、シズク」

「……ただいま」

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