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39 守るための剣

 一部の隙も見せないシズクに、ヒルデは果敢に突撃をかける。

 両手で握りしめたバンムルクを上段に振り上げ、間合いに入ると同時に打ち下ろす。


「ハッ!」


 ガギィン!

 全力をもって振り抜いた青い刃は、シズクの持つ剛剣によって軽々と受け止められた。

 そのまま鍔迫り合いに持ち込んだヒルデだが、いくら力を込めてもシズクの体はピクリとも動かない。


「せっかく先手を譲ってあげたのに、もう終わり? 少しがっかりした」

「ふっ、そう言うな……! まだまだ勝負は始まったばかりだ」

「それはその通り。でも、果たして勝負になるの?」

「言ってくれる」


 直後、ヒルデの視界からシズクの姿が消えた。

 力の行き先を失い、ヒルデは大きく前のめりに体勢を崩す。

 その背後、既にシズクはグラムを振り上げていた。


「くっ!」


 振り下ろされる剛剣の刃。

 無理やり体を反転させ、致命の一撃をバンムルクで受け止める。


「腕を上げた。昔ならこれで一本だった」

「お前は速度で相手を翻弄するタイプだったからな。背後は常に警戒している」


 バンムルクの刃を傾けてグラムの刀身を受け流すと、ヒルデはすぐさま体勢を整える。

 しかし、その目前には既にシズクが迫っていた。

 彼女のくり出す怒涛の連撃。

 その一撃一撃が速く、重い。

 ヒルデが全精力を傾けて、防ぎきるのが精いっぱいだ。


「ヒルデさんが、あのヒルデさんがあそこまで押されるなんて……」

「なにか勝算があるような口ぶりだったけど、本当に大丈夫なのか……?」


 玲衣とリンナの目から見ても、ヒルデの絶対的な不利は明らかだ。

 だが、その事を一番分かっているのは他ならぬヒルデ自身。


「やはり、真正面からやり合ったのでは勝ち目はなさそうだな」

「何? 負けを認めるの? ならさっさとあの娘たちに変わってくれると助かる」

「負けを認めたわけじゃない。ただ、正攻法で勝つのを諦めただけだ」


 ヒルデは大きく後ろに飛び、シズクとの距離を離す。

 着地と同時にバンムルクの刀身が冷気を放ち、空中に氷のつぶてを大量に生成していく。


「行けッ!」


 ヒルデの合図と共に、無数の氷弾がシズクへと殺到する。


「ふん、その場しのぎの姑息な手」


 氷の弾丸を、シズクは涼しい顔で斬り落としていく。


「こんな物で私を仕留められるとでも……」

「ああ、思っていないさ」


 氷弾を撃ち出しながら、わずかに笑みを浮かべるヒルデ。

 何かを仕掛けてくる、そう直感したシズクはその場から動こうとして、しかし動けない。

 既に仕掛けは終わっていたのだ。


「氷の弾丸は囮、そういう事」

「その通り、気付くのが少し遅かったな」


 シズクの足元から立ち上る冷気。

 バンムルクの剣先は地面に突き刺さっている。

 そして、シズクの両足首にまとわりつく氷の枷。


「地中を通してそこまで氷を伸ばし、お前の動きを封じた。少々卑怯だとは思うが、負けるわけにはいかないのでな」


 バンムルクを引き抜き、シズクとの距離を一気に詰める。

 危機的状況のはずだか、彼女のポーカーフェイスは一切崩れない。


「こんな小細工で私とグラムを止められると思っているのなら、とんだ見当違い」


 シズクは全力で右足を蹴りあげる。

 グラムの身体能力強化エンハンスを受けた彼女にとって、この程度はガラス細工同然。

 氷の枷は粉々になり、空気中をキラキラと舞い散る。


「何!?」


 バンムルクの魔力を使って作り上げた氷は、鋼鉄を遥かに凌ぐ硬度。

 あまりにも簡単に拘束を抜けだしたシズクに、ヒルデは驚愕の色を見せる。

 続けて左の枷も蹴り壊すと、シズクは剣を構えて突進するヒルデをひらりとかわす。

 体を回転させつつ、真横を通り過ぎるヒルデの背中にカウンターの斬撃を浴びせる。


「ぐっ……!」

「浅い、か」


 高速の突進が幸いし、シズクの一撃はヒルデの背中を浅く斬るだけに終わる。

 ズザザザザザザ!

 方向転換しつつ、砂埃を上げてヒルデは急停止。

 シズクに向き直り、剣を構える。


「本当に強いな、シズク。正直驚いた。元々のスピードに加えて身体能力強化エンハンスの凄まじいパワー。死角が見当たらないよ」

「あなたに褒めてる余裕がある? 今ならまだ許してあげる。早く降参したら」

「——闇ブローカーのアジト」


 ヒルデの口にした言葉に、シズクの眉がピクリと動いた。


「やはり、あれはお前がやったんだな」

「だから何。私を逮捕でもするの?」

「フッ、そんな事はしやしないさ。ただ、やはりあの事件はお前の中でも終わってなかったんだな」

「……終わらせた。つい先日、私がこの手で」

「ならば! ……なぜ私達の所へ戻ってこない」

「何が言いたいのか分からない。あなたも剣士なら、剣で語って」


 シズクの目が鋭くヒルデを睨む。

 低く姿勢をとると、大地を凄まじい脚力で一蹴りし、一瞬でヒルデの間合いに飛び込んだ。


 すかさず繰り出された鋭い左横なぎの初撃。

 経験からの先読みを駆使し、何とかバンムルクの刀身で受け止める。

 しかし、攻撃の反動を生かしてシズクは体を反転。

 その場で一回転しつつ、右の袈裟斬りを仕掛ける。


「くっ」


 上体を逸らし、致命傷を回避。

 グラムの剣先が、白銀の鎧の表面に鋭い刀傷を刻む。

 攻撃の後隙を狙い、今度はヒルデが攻め込む。

 バンムルクを握りしめ、剣を振り切ったシズクの手を狙う。

 剛剣をその手からはたき落とす為に。

 彼女にシズクを斬る事は、出来ないのだ。


「何のつもり。そんな甘っちょろい攻撃で私に勝つ気なの」


 剣を振り抜く勢いのまま、シズクは体を丸めて転がる。

 ヒルデの背後へと抜け、体を起こして反転。

 今度はヒルデが攻撃の後隙を晒す事となった。

 ヒルデを背中から両断しようと、グラムを高く構える。


「これで終わり」

「まだ、終わらん!」


 ヒルデも体を反転させるが、前のめりの勢いは殺せず背中から倒れる。

 その体勢のまま、バンムルクを体の前にかざした。


「氷の盾、出ろ!」


 ヒルデとシズクの間の空間、空気中の水分が急速に凍結し、厚さ五センチはあろうかという分厚い氷の盾が出現した。

 鋼鉄よりも硬い氷、しかもこの厚さである。

 さすがに突破は出来ないだろう。


 ——なんて事を考えているなら、甘い。


 剛剣グラムが与える力は、この程度の盾は容易く粉砕する。

 勝利を確信したシズクは、トドメの一撃を振りおろそうとヒルデを見据えた。


「ッ! これは……」


 その瞬間、シズクの目が眩む。

 氷の盾に反射した夕日。

 それを直視したシズクに、一瞬の隙が生じる。


 ——今だ!


 音と気配を殺し、最速でシズクの背後に回る。

 刃を寝かせた峰打ちを頭に叩き込み、戦闘不能にさせるべく、ヒルデはバンムルクを振り抜いた。

 ガギィィッ!


「何だと!?」


 決まると確信したその攻撃が、グラムの刀身に受け止められている。

 シズクの視界はまだ回復していない。

 それどころか、こちらを向いてさえいない。


「気配は完璧に殺したはず……」

「あれで? 笑わせる。そんな攻撃、見えなくてもどうってことない」


 体を捻りつつのひざ蹴りが、ヒルデの腹部に突き刺さった。


「がはッ!」


 鋼鉄よりも硬い氷を粉砕する脚力で放った痛烈な一撃。

 あまりの衝撃に血を吐き、吹き飛ばされる。

 何度も硬い地面に叩きつけられながらゴロゴロと転がっていくヒルデの体。

 次第にその速度は弱まり、ぐったりと横たわる。


「ヒルデさん!」


 玲衣は思わず叫ぶ。

 力なく倒れ伏すヒルデは、もう意識が無いように見えた。

 シズクはゆっくりと目を開き、回復した視界でヒルデを一瞥する。

 そして、もう興味は無いとばかりに玲衣へと目を向けた。


「前座は終わり。さあ、私に聖剣の力を見せて」

「くっ! いくぞ、レイ」

「待って、リンちゃん。シズクさんも、まだ勝負はついていない」


 玲衣の言葉にシズクはヒルデへと目を移す。

 彼女はバンムルクを支えに、震える体をなんとか起こしていた。


「ハァ、ハァ、そうだ、レイ殿の言う通り。まだ終わっていないぞ、シズク」

「しぶとい、大人しく寝ていればいいのに。そんなに死にたいの?」

「死にたくはないさ。だが、何も出来ないなら死んだ方がマシだ」


 バンムルクを構えるヒルデには、力強さは感じられない。

 もはや気合だけで立っているような状態だ。


「フフッ、全く、お前は強すぎる。もう笑うしかないな、ハッハッハ!」

「……気でも触れた?」


 天を仰いで大笑いするヒルデに、妙な物を見るような視線を送るシズク。


「ハッハッハッハッ……。——なあ、シズク。その強さは一体何のための強さだ」


 突然の問いかけ。

 その質問の答えなら決まっている。


「愚問。誰よりも強くなる、それが私の目的。これはそのための強さ」

「そうか、では質問を変えよう。誰よりも強くなりたいと思ったきっかけ、それは何だ」

「——ッ!」


 シズクの表情が、始めて動揺の色を見せる。


「師匠を殺されたあの日、お前は誰よりも強くなりたいと言ったな。それは、もう仲間を失いたくなかったからじゃないのか」

「何を、知ったような事を!」

「師匠は言っていた。皆を守るための剣を振るえと。お前は今も——」

「違う! 皆を守るための剣なんてただの戯言! 師匠は、師匠は自分一人守れなかった! そんな剣に一体何が!」


 シズクの叫びに、ヒルデはハッと気づかされる。

 彼女の苦しみ、そのおぼろげな正体が見えた気がした。


「——そうだな。確かにそうだ。師匠の言った事は確かに戯言だ。皆を守る剣だなんて言っておきながら、弟子であるお前の心も守れていないじゃないか」

「……急にどうしたの。あなたらしくもない」

「そうかな。まあ、こんな事を言うと騎士団長失格かもしれんが、今から私は皆を守る剣を振るうのはやめるよ」


 そう言って懐から取り出したのは、緑の宝玉。

 淡い熱を帯びたそれに祈りを込め、光が溢れだす。


「まさか、その宝玉……。師匠の……」

「私が今から振るう剣、それはシズク! お前を守るための剣だ!」

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