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悪女と蜥蜴  作者: 黒井雛
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終わりの始まり

「……生きることに、資格や許しが、いるのか……? 俺は、龍だから、人の倫理は、よく分からない……」


 そんな愛蘭を真っ直ぐに見つめながら、蜥蜴は静かに言葉を紡ぐ。


「愛蘭……お前は、妹を殺しかけた自分を、罪人だと言うが……それならば、実際に、数えきれない程の人を殺した、俺の方が、よほど罪深い……」


「っ違う!! 翠は、翠は自ら望んだわけじゃ……」


「それが、呪いによって、逆らえないことだろうと、事実は、事実だ。……俺の手が、血で染まっていることには、変わりない……だけど、愛蘭。俺は、それでも、許しはいらない」


 蜥蜴はそこで一度言葉を切り、目を伏せた。


「……愛蘭が、受け入れて、くれたから……愛蘭が、そんな俺でも愛していると、そう言ってくれたから……だから、俺は、それだけでいい。……例え、世界が否定しても、それだけで、俺は俺を認められる……」


「翠……」


「……愛蘭は、俺が受け入れるだけでは、駄目か?……愛蘭が、受け入れてくれたように、俺は、どんな愛蘭でも、受け入れられる……愛蘭は、偽りばかり見せていたと言ったが、それでも愛蘭が、愛蘭であったことには、変わりがない……俺が、愛蘭に、救われたことには、変わりがない……」


 蜥蜴は再び愛蘭を見据えながら、手に握った玉を掲げた。

 ひび一つ残すことなく、完全に一つの珠となり、現在の蜥蜴の体格に相応しい大きさに変じたそれは、蜥蜴の鱗と同じ色を宿して光り輝いていた。


「……愛蘭が、消えた欠片の一部を持っていたことは、奇跡だ……だけど、それ以上に、俺にとっては、お前の存在そのものが、奇跡だった……醜い俺を、受け入れ、愛してくれた、愛蘭自身が、俺にとっては、一番の奇跡だった」


「……っ」


「――愛している。愛蘭……だから、俺と共に、生きて欲しい……倫理なんて、どうだっていい……ただ、俺は、お前の想いが、聞きたい」


 蜥蜴の言葉に、愛蘭は唇を噛んだ。


 想いを、口にしてもいいのだろうか。


 願いを、口にすることは、許されるのだろうか・


「――許しが必要ならば、私が許します…!!」


 葛藤する愛蘭の耳に、鈴が鳴るような声が響いた。


「蓮姉様……貴女が許しが必要ならば、私が許しますっ!! 法や、倫理が許さなくても、私だけは姉様の全てを、許しますっ!!」


 そう叫びながら、鈴華は顔を歪め、大粒の涙を零した。


「だからっ……だから、蓮姉様…生きて、下さい……生きて、幸せになって、下さい……!!」


 自分を殺しかけた姉の幸福を願い、咽び泣く妹の姿を見た瞬間、愛蘭の中で押さえつけていた感情が溢れだした。


「……き、たい……」


 震える手で、静かに蜥蜴の首元を掻き抱く。


「……生きたい…っ‼……翠と一緒に、生きたい……っ‼!……天の国だって、どこへだって行く……翠と一緒に、いられるならっ‼」


 脳裏に蘇るのは、昨夜見た夢の情景。

 けして、叶う筈が無かった、蜥蜴と生きる未来。

 許されないと分かっていても、諦めきれなかった。

 例え願うことそのものが、罪だとしても、望まずに入られなかった。


 ただただ、蜥蜴と生きたくて、仕方なかった。


「……あぁ……生きよう。愛蘭」


 蜥蜴の鬣に顔を埋めるようにして、子供の様に泣きじゃくる愛蘭に、蜥蜴はそっと頬を摺り寄せた。

 蜥蜴の金色の瞳からもまた、涙が零れていた。


「生きて……共にいよう……いつか、死が分かつ、その日まで」




「愛蘭……俺の、背に乗れ」


 愛蘭が落ち着くのを待って、蜥蜴は自身の体を愛蘭が跨りやすいように、地に伏せた

 蜥蜴の言葉に、愛蘭は一瞬、躊躇った。

 恐らく、これが鈴華とは今生の別れになる。

 そんな鈴華に、何か言葉を残さなくてもいいのだろうか。

 視界の片隅で、龍飛と寄り添いながら、優しい眼差しで自分を見つめる鈴華の姿が見えた。

 愛蘭は少しの逡巡の後、鈴華に視線を送ることさえないままに、黙って蜥蜴の元に向かった。


「……いいのか、愛蘭……妹に、何も、言わなくて……」


「……私が、何を言えるんだ……あの娘を殺しかけた、私が」


 鈴華は、愛蘭を許すと、言ってくれた。

 だけど、愛蘭はそれに応えることは出来なかった。

 例え鈴華が許してくれたとしても、愛蘭は、妹を殺しかけた自身を許せなかった。

 今更謝罪なんて、できるはずがない……それは、ただ、愛蘭の気持ちを楽にするだけだから。


「そうか……お前が、それでいいなら、俺は気にしないが……」


「………」


「……行くぞ、愛蘭。……捕まっていろ」


 次の瞬間、ふわりと体が宙に浮くのが分かった。

 そのまま、蜥蜴はゆっくりと天に向かって上昇していく。

 愛蘭は、そこでようやく、鈴華の方を見た。


「――さようなら、蓮姉様……貴女の幸せを、ずっと祈っています」


 鈴華は龍飛に支えながら、目を涙で潤ませて微笑んでいた。

 どこまでも優しく、ただ姉である愛蘭の幸せを祈る鈴華に、気が付けば懐かしいその名を叫んでいた。


「……小鈴……!!」


 こんなこと、口にする資格なんて、ないのかもしれない。


 今更、蓮として、鈴華の姉として、言葉を紡ぐ資格なんて。


 それでも、口にせずにはいられなかった。


「小鈴…幸せに……どうか、いつまでも、幸せで、いてくれ……っ‼」


 愛蘭の叫びに、驚いたように目を丸くした鈴華だったが、すぐに顔をくしゃくしゃにして笑った。


「……はい、蓮姉様。必ず」




 その言葉を最後に、愛蘭は蜥蜴と共に、どこまでもどこまでも天高く昇っていき……やがて、雲に隠れて見えなくなった。






 龍の加護を受けて生まれたと言われる龍飛王と、その愛妃鈴華の伝承は、後世まで長く語り継がれている。

 庶民出身の心優しい娘、鈴華と共に、荒廃した国を立て直した龍飛王。

 龍飛王が悪政を行っていた先王を殺して王位を継いだその日、彼を加護する龍が、空を翔けて即位を祝福する姿を、多くの国民が目撃したと言われている。


 その時代の龍に纏わる逸話として最も有名なのは龍飛王の伝説であるが、もう一つ、今に至るまで愛され続けた民話が存在している。

「蓮」という名の少女が、呪いを掛けられた龍を救って婚姻を結び、共に天上に上り、天女になる話だ。

 その民話から、龍飛王から始められた龍神を讃える祭事では、少女の名にちなんだ蓮の花を供えるのがならわしとなっている。


 今でも、空が澄み切った晴れた日には、夫とである龍の背に跨り空を翔ける、蓮の姿を見にすることができると言われている。


 その際に、風に乗って幸せそうに笑う蓮の声を聞くことが出来れば、幸福な結婚が出来ると言われている為、年頃の少女たちは、今でも晴れた日はこぞって空を見上げ、風の音に耳を澄ましている。


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