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フラスコの中の少年 ――異世界で過ごす夏休み!――  作者: 奥野 丁路
第四章【第十空中都市メルクリウス】
14/25

04

 ウォルターが訪れたのは、別世界の住人の伊織ですらわかる高級住宅街。

 その中でも一際豪華な邸宅の門扉に、一人の女性が三人を待つかのように佇んでいた。


「ようこそお越し下さいました、ウォルンタース様。主人から貴方様を案内するよう仰せつかっております」


 メイド服に身を包んだ若い女が恭しく頭を下げている。


「出迎え御苦労さん。それじゃ、さっそくだが主人の所まで案内してもらおうか」


 邸宅の大きさや敷地の広さこそフィードの屋敷に劣るが、手入れはこちらの方が隅々まで行き渡り、生気に溢れているように見える。


「あ、おねーちゃんだ! こんにちわー!」


 羊の角に犬の姿をしたホムンクルスに跨った少女が元気よく手を振っている。ホムンクルスはゆったりとした足取りで少女をメモリア達の元へと連れて行った。


「こんにちは、お嬢様。その子はお気に召していただけましたか?」

「うん! 大きなつのが生えてるから、コルヌって名前にしたの! 昨日はいっしょのベッドでねたんだよ! ふかふかだったの!」

「それは良かったですね。あなたも、良い名前を付けてもらえて幸せですね」


 メモリアの言葉に応えるように、コルヌと名付けられたホムンクルスは身体を震わせた。


「お嬢ちゃん、お楽しみの所を邪魔して悪いが、そいつをちょっと貸してもらえるか? 親父さんと話があるんでな」

「おにーちゃんたち、パパのところに行くの? じゃあ、わたしもいっしょに行くー! コルヌー、パパのお部屋までしゅっぱつしんこー!」

「お嬢様、あまり無茶をなさってはいけません」

「だいじょうぶだよー、コルヌはいいこだもん!」

「お嬢様、あまり無茶をなさってはいけません」

「…………うん?」


 全く同じ調子で繰り返された言葉にふと違和感を感じた。伊織は疑問を抱きメイドを見上げる。いや、よく見ると違和感を感じるのは口調だけではない。


 メイドの表情は穏やかな微笑を浮かべているが、それはまるでマネキンの笑顔のように整いすぎている。じっくり見れば見るほど、違和感が強くなっていくようだ。


「お、気付いたか? このメイドは人型のホムンクルスだ。なかなか良い出来だが、表情や感情の平坦さから考えて……一定の規格で量産されたものだろうな」


 人間とまるで変わらないメモリアと比較すると、こちらは明らかに人造物なのが見て取れる。


「人間の直感ってやつは馬鹿にできないからな。なまじ人間に似せると、余計に違和感を感じるようになるんだ。それをどこまで人間に近付けられるか、そこが天道士の腕の見せ所な訳だが――――……ま、量産品じゃこの辺りが限界だな」

(じゃあ、このメイドさんが人型ホムンクルスの一般的な基準なんだ……やっぱりメモリアはウォルターさんが造っただけあって凄いんだなぁ……)


 にこにこと笑うメモリアはどう見ても人間にしか見えない。少女の相手をする姿にぎこちない所はまるでなく、熟練のベビーシッターと言われても頷けるだろう。

 長い廊下の突き当たりの部屋、そこに辿り着くとメイドが静かに扉をノックした。


「――――旦那様、お客様をお連れいたしました」

「御苦労、入って頂きなさい」

「ウォルンタース様、私はここまでにございます。御用があれば、何なりとお声掛けください……」


 メイドは扉を開けると、恭しく頭を下げながら一行を見送った。

 部屋で一行を出迎えたのは少し疲れた顔をした中年の男性。仕立ての良い洋服に身を包み、その立ち振る舞いは洗練されたものだ。


「まさか、本当にあなたが来て下さるとは……感謝の言葉も有りません……!」

「なに、今日はそういう気分だっただけだ。そんな事より、コルヌは上手くやれているようで安心したよ」

「はい、おかげさまで娘もとても喜んでいます。――失礼、御挨拶が遅れました。私はメルクリウス=クラース=フォルティスフィルマ、フィルマ商会の会長を務めております。こちらは娘のリデーレです。――さ、リデーレ、ご挨拶なさい」

「メルクリウス=リデーレ=フォルティスフィルマです! よろしくおねがいします!」


 元気よく名乗る無邪気なリデーレの姿に、室内の誰もが表情を緩めた。


「俺はミネルヴァ=ウォルンタース=ニゲルセプス。こっちはホムンクルスのメモリアとイオリだ。よろしくな、リデーレ」

「メモリアと申します」

「イオリです。よろしくお願いします……」


 メモリアは作法に則り優雅に、イオリはぎこちない挨拶を返した。


「じゃあ、メモリンとイオリンだね! ねーねー、私の部屋であそぼうよ!」

「――――待ちなさい、リデーレ。失礼ですよ、謝りなさい」


 静かにだが、はっきりとわかる叱責の意を込め、クラースが娘を咎めた。リデーレも自分が叱られている事に気付き、びくりと身を竦ませた。愛らしい瞳にみるみる涙がたまっていく。


「いや、別に構わんよ。俺はホムンクルスの自主性を重んじるタチなんでな、こいつらが構わないなら好きに呼べば良いさ。――それで、お前達はどうだ?」

「小さいお嬢様のお戯れですし……私はウォルター様が構わないのであれば、それで」

「どう思う、って言われても……何の話ですか?」


 いまいち話が飲み込めない伊織だったが、クラースは娘の前で膝をつき、同じ目線の高さから言い聞かせている。


「リデーレ、たとえ相手がホムンクルスであっても、本人の許可なく名前を歪める事は大変失礼な行為なんだよ。さ……主であるウォルンタース殿に謝りなさい」

(――あれ? 謝るのは、僕達じゃなくてウォルターさんに? ……ああ、そうか。『失礼』なのはあくまで名を付けたウォルターさんに対してなんだ……)


 ホムンクルスに人格は認められない。伊織はこの世界の常識を改めて認識させられた。


「――えぐっ……ひっく……ごめんなさい、おにいちゃん……」


 クラースの言葉は決して荒っぽいものではなかったが、父から叱られたという事実が幼いリデーレにはショックだったのだろう。ぽろぽろと大粒の涙をこぼし、しゃくりあげている。


「まあ良いさ。子供が知らなかった事をいちいち責めたりせんよ。――ただし、覚えた事は忘れるんじゃないぞ? そうやって賢くなっていくんだからな」

「うん! わすれない!」

「よーし、良い子だ。それじゃあメモリア、お前はこの子の相手をしてやれ。イオリ、お前は俺の助手だ。ここにいろ」

「……はい、わかりました。ウォルター様……」


 本当は自分が助手をしたいのだろうが、ウォルターが望んでいるのはこの世界に触れたイオリの反応だ。この決定に異を唱える事は出来ない。


「それではリデーレちゃん、お部屋に行きますか? それともお庭に?」

「うーんとねー……それじゃあ、おそと!」


 すっかり機嫌が良くなったリデーレが満面の笑みで答えていた。





(……ああ、そうか。あの時のあれはこういう事だったんだ……)


 ――――もう一度自己紹介をしておこうか。俺はミネルヴァ=ウォルンタース=ニゲルセプス。君に敬意を表し、特別に『ウォルター』と呼んでもらって構わない


 ウォルターがこう言った時、メモリアが表情を険しくした理由がようやくわかった。

 フィードもグラティアもウォルターの事をウォルンタースと呼んでいる。この世界では名前を省略するという事は特別な相手にのみ許された事なのだ。恐らくメモリアだけに許していた呼び方だったのが、ぽっと出の自分にも許した事がショックだったのだろう。


(たまにメモリアがきつい目で僕を見てたのも、つまりは嫉妬みたいなものだったのか……そんな必要は全く無いんだけど……やっぱり女の子は難しいなぁ)


 嫌われていた訳ではない事を理解し、ホッと胸をなでおろしつつも、なんとも言えない脱力感に襲われる伊織だった。





「――――娘が御無礼を……申し訳ありません」

「構わんよ。元気で結構じゃないか。見た所……十歳くらいか?」

「え、ええ、その通りです。もしかして、ウォルンタース殿にも子供が?」

「……いや、俺は独り身だ。身内もいないしな」

「し、失礼致しました……」

「どうでも良い事さ……そんな事より、随分と景気が良いみたいじゃないか。人型ホムンクルス市場は活況のようだな。まあ、あの水準のモノを量産できるのなら納得だが」

「ハハ……貴方を相手に胸を張るなど、とてもとても。……正直に申し上げて、あの少女はホムンクルスとは思えないほどですし……」


 窓から庭に目をやると、メモリアとリデーレが楽しそうに戯れている。メモリアが桜色の髪と瞳でなければ、とてもホムンクルだとは信じられないだろう。

 クラースは娘たちから目を離し、次はイオリの方に目を向ける。


「それに、これまで不可能とされていた不定形のホムンクルスの精製……ミネルヴァの一部の名家では元素型のホムンクルスを代々精製していると聞いた事がありますが……もしや、その応用ですかな?」

「さて、どうかな……ま、その辺りは黙秘させてもらおうか」

「ハハハ、もちろん教えて頂けるなどとは考えておりませんよ。しかし、それにしても……本当に不思議だ……どうやって制御しているのですか?」

「基本は他のホムンクルスと同じだ。知能を与えて『刻印』を刻む。別に特別な事はしちゃいないさ」

(……よくもまあペラペラと嘘ばっかり……いや、本当の事を言われても困るけど)


 イオリのローブから覗く胸元には赤い魔法陣のような『刻印』が刻まれている。とは言ってもこれは本物の『刻印』ではない。ここに来る途中、怪しまれないようウォルターが適当な図形を描写したものだ。


 これがあるだけで誰もが安全なホムンクルスだと判断してくれるのだから、正体を隠したい伊織としても実に都合が良い。自分の行動は制御されずに信用される――――


 そこまで考えた所で、ふと引っ掛かるものを感じ、外のメモリアに目を向ける。


(……あれ? もしかして……メモリアって……いや、そんな訳ないか……そんな事しても意味が無いし……)

「それじゃ、さっさと仕事を終わらせるとするか。コルヌに関する注意事項だが――――」


 資料を片手に、訪問の目的であるホムンクルスの諸注意を説明し始めていた。





 ウォルターが説明する間、コルヌは横になった姿勢で大人しく聞き入っていた。

「――――とまあ、ざっとこんな感じだ。あんたも畑違いとは言えそれなりの知識はあるみたいだからな。今の説明で十分だと思うが、どうだ?」

「……そうですね。これだけの完成度にかかわらず、ほとんどメンテナンスを必要としない構造になっているとは……いやはや、流石と言うか何と言うか。私も一角の天道士と自負していたのですが、まだまだ勉強が足りないようです」


 格の違いを実感し、クラースは苦笑しながら頷いている。


「しかし、それだけに惜しい……不躾な質問で申し訳ないのですが、ウォルンタース殿は今の環境で満足されているのですか?」

「ふむ、どういう意味だ?」

「いえ、隆盛を極めたかつてのパクス商会ならともかく、今の彼らの元では研究も思うように進まないのでは? ――と思いまして」

「ま、その辺に不満が無いと言えば嘘になるな」

「やはりそうでしたか……では、もし迷惑でなければ、我々フィルマ商会に支援をさせては頂けませんか? ウォルンタース殿のお力添えがあれば、我々の製品も更なる高みに至れると信じておりますし……これはお互いに益のある話かと」

(へー、立派に成功してそうな人から援助の申し出があるなんて、やっぱりウォルターさんは優秀なんだなぁ……性格はともかく)

「……なかなか興味深い話だ。出来れば、酒でも飲みながら詳しく聞きたいな」

「フフ、興味を持って頂けるとは光栄です。では、一献いかがですか? ケレス製の年代物を開けさせて頂きますよ」

「第八空中都市ケレスのワインか……ああ、そいつはありがたいね。最高だ」

「では準備をして参りますので……こちらで少々お待ち下さい」


 クラースが部屋から出るのを見送ると、ウォルターは伊織に向き直った。


「と言う訳で、俺はこれからお楽しみだ。お前とメモリアは先に帰っておけ。――――ああ、俺の夕食はいらんが、フィード達の分は必要だからな。帰る前に市場で買い出しするのを忘れるんじゃないぞ」

「え、あの、『お楽しみ』って……仕事じゃないんですか?」

「何を言う。これも大事な仕事だ。フィード達に何か聞かれたら『接待』と答えておけ」

「はぁ……よくわからないですけど、わかりました」

「メモリア、リデーレを連れて戻ってこい!」


 窓を開き、良く通る声で指示を飛ばすと、すぐにメモリアがリデーレを連れて部屋へと戻ってきた。


「どうかしたのー、おにいちゃん?」

「ああ、悪いがメモリアを返してもらおうと思ってな。代わりにコルヌを返すから、それで我慢してくれ」

「うー……おねぇちゃんともっとあそびたい……」

「はは、そう言ってくれるなよ。コルヌが寂しがってるぞ」

「……クゥーン」


 空気を読んだのか、床に寝そべっていたコルヌが悲しそうに鼻を鳴らした。


「あっ! ご、ごめんねコルヌ! さみしかったよね!?」


 メモリアから離れ、リデーレが力強くコルヌの首に抱きつくが、コルヌは平然と受け入れゆったりと尻尾を振っている。


「それじゃあイオリ、さっき伝えた通りだ。買い物がてらメモリアに色々と案内させるといい」

「あの……? ウォルター様は御一緒じゃないんですか?」

「ああ、俺は仕事だ。少し遅くなるから食事は準備しなくていいからな」

「……はい。わかりました」


 哀しげな瞳を見られぬよう、うつむいたままそう答えた。


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