03
「そうだ……聞いておきたかったんですけど、ホムンクルスって一体何なんですか?」
世界についての会話が一段落した所で、気になっていた事を聞いてみる。
「何って言われてもなぁ……ホムンクルスはホムンクルスだぞ」
そう言って実験室に並ぶフラスコを見渡す。
「ここに並んでるやつらで説明するなら、こいつらは『愛玩用』に精製されたホムンクルスだ。ま、今は愛玩用が主流だが、必要なら労役や戦闘などの為にも生み出される。つまり、何らかの役割に応じて生み出される存在なんだが……そう言えば理解できるか?」
「あ、愛玩って……! 普通の犬とか猫じゃ駄目なんですか!?」
フラスコの中のホムンクルス達は、犬科や猫科の動物をベースに他の動物の要素を付け加えられているようだ。あるものは羊の角、またあるものは兎のような長い耳、といった具合に。
『愛玩用』というだけあり、異世界の住人の伊織の目からもその姿は愛くるしく見えた。
「普通のってお前……地上人ならともかく、天上人で動物をペットにするなんざ、よほどの変わり者だぞ。そもそも、制御できない動物を手元に置くのは危険だろうが」
確かにそれはそうかもしれない。元の世界でも、飼い犬が子供に大怪我を負わせるような事故は伊織も何度か耳にした事があった。制御が出来るならそれに越した事はない。
――――いや、ちょっと待った。制御?
「制御って……何なんですか、それは……まさか、僕の身体も操られるんじゃ――――!」
「いや、それはない。その証拠に、お前には『刻印』が無いからな」
取り乱しかけた伊織だったが、ウォルターは至極冷静に切り返した。
「メモリアの首にも赤い『刻印』があっただろ? あれと同じように、ホムンクルスには精製者が制御のための『刻印』を刻むのが常識だ」
それが無い自分は、誰の制御下にもならないという事か。
「でも、それなら……役割のために造られるのなら、僕やメモリアは何の役割が――――」
その質問は静かに響いたノックの音に遮られた。
「ウォルター様、よろしいでしょうか?」
「おう、入れ」
カチャリと扉が開きメモリアが姿を見せた。髪には艶があり、仄かに肌も上気している。風呂上がりらしく、服装も先程までのメイド服ではなく、寝間着のようなゆったりとした肌着に着替えている。先程言っていた通り、今日の仕事はもう終わりなのだろう。
(う……メイド服が地味だったから、何だか余計に色っぽく見える……)
仕事中は長袖に丈の長いスカートという色気の無い格好だったのだが、今の恰好は、上の袖は肩までしかなく、下はスリットの入ったスカート状というものだった。
印象としては、柔らかい生地で出来たバスローブといった感じだが、肩から脇にかけてもスリットが入っており、露出はこちらの方が大きい。その手の経験が無い伊織としては、非常に目のやり場に困るものがあった。
「あ、あの……ウォルター様」
「おう、どうした?」
不安そうな表情で何か言いたげなメモリアに、ウォルターが首を傾げる。
「私とイオリくんの関係は『友達』という形にしたいのですが、よろしいでしょうか……?」
(そんな事にも許可が必要なのか……本当にホムンクルスには自由が無いんだ……)
「ああ、構わんぞ。――って、そうか、お前にとっては初めての友達か……イオリ、メモリアはちょっとばかり堅苦しいが、悪い奴じゃないんだ。出来れば仲良くしてやってくれ」
「え、あ……はい。こちらこそ」
普通に許可が下り、少々拍子抜けしてしまった。
「だとさ。良かったな、メモリア」
「はい! ありがとうございます、ウォルター様!」
よほど嬉しかったのか、満面の笑みで勢いよく頭を下げている。
「さてと、風呂には入ってきたみたいだな。それじゃ、服を脱げ」
「――――え……? ええっ!?」
「はい、ウォルター様」
「いや、ちょっと!?」
「……? どうかしたんですか、イオリくん?」
「いやいやいや、ちょっと待って! 何やってるの!?」
慌てて止めるが、既にメモリアは腰の止め紐をほどいた状態だった。形の良いふくらみが半ば見え隠れしている。
「――ッ! まさか、メモリアの『役割』ってそういう事なんですか!?」
いくら今の身体が作り物とはいえ、女の子が目の前で肌を晒せば平静ではいられない。
「ふむ……メモリア、イオリが見ているが、どうする?」
「どう、と申されましても……何も問題は無いと思いますが」
混乱している伊織をよそに、メモリアはするりと肌着を脱ぎ捨てた。肌着の下には何も身に着けていない一糸纏わぬ姿。華奢な背中と、小さいが形の良いお尻を見せられ、伊織の頭は真っ白になっていた。
そして、こうして見てみると、首に刻まれた赤い『刻印』はホムンクルスにはめられた首輪のように見える。
「あ、あの! 僕は部屋を出てますから――――って……え?」
これからの展開を予想し、部屋を出ようとしていた伊織だったが、ウォルターの耳につけられている物を見てその足を止める。
「聴診器……?」
ウォルターが耳につけているのは形こそ多少違うが、聴診器と思われるものだった。
メモリアを対面の椅子に座らせ、口の中を覗き込む姿はまるで内科の診察に見える。
「ふむ……喉の様子、心拍数、心音、全て異常なし、と……じゃ、背中を向けろ」
丸椅子を回転させ、ウォルターに背を向ける。
「いッ!?」
ウォルターに背中を向けるという事は、伊織に正面から向き合う形になる。不思議そうな表情で見ているメモリアと目が合い、慌てて逸らすが、その時には既にお椀のように整った二つのふくらみとバランスの良い身体付きが目に焼き付いていた。
「ご、ごめん! ぼ、僕は……そ、そんなつもりじゃなくて……!」
「さっきから、何を一人で騒いでるんだ。おかしな奴だな……お前は医者志望じゃないのか」
背中に当てていた聴診器を外しながら、慌てる伊織を呆れ顔で見ている。
「体重……変化なしか。身長も……同様だな。各部位の成長……特には見られず、か」
手際良く各項目の数値を測定し、カルテらしき書類に書き込んでいる。
「よし、もう良いぞ。お疲れさん」
「はい、ウォルター様」
脱いだ肌着を拾い上げ、袖を通す。
「あの、ウォルター様、何かお飲み物を御用意致しましょうか?」
「ん? いや、今日はもういいぞ。する事が無いのなら部屋で休んでろ」
「あ……はい、それでは失礼します……」
寂しげに表情を曇らせたが、そのままメモリアは部屋を後にした。
「え、と……今のはいったい……もしかして、メモリアは何か持病でも……?」
予想していた展開とは違い、安心半分心配半分といった気分だ。
「いや? メモリアは健康そのものだぞ。不調の兆候があれば事前に処置してるしな」
今のはそのための診察なのだろう。不純な考えを持ってしまった自分が恥ずかしい。
しかし、それとは別に少し引っ掛かる事があった。診察しているウォルターの様子だ。
真剣だが、優しさを感じさせる雰囲気は、自分が体調を悪くした時に診てくれた父や祖父の姿とよく似ていた。少なくとも、メモリアを――――ホムンクルスをただの道具とみなしているなら、絶対にああいった態度にはならない筈だ。
「もしかして、ウォルターさんも医者なんですか?」
「いや、俺は医者じゃない。だが俺が生まれ育った第三空中都市ミネルヴァは、医学や商工業、魔術を研究している空中都市だ。その関係で、人体に関する一通りの知識は持っているがな」
「いやいや……一通りの知識って、そんな簡単に……あれ、でも……ウォルターさんって何歳なんですか?」
自分より年上なのは間違いないが、父よりは遥かに若く見える。
「言われてみれば、何歳だったかな……今年で、二七? いや、二八……? まあ、だいたいその辺りだ。――って、おい何だその顔は。何か文句でもあるのか?」
丸い瞳を一回り大きくして驚く伊織に、怪訝な表情を浮かべる。
「あ、いえ、何でもないです……ちょっと、びっくりしただけで……」
まさか自分とたったの十歳しか変わらないとは思わなかった。その若さで人体の構造を把握し、この大きさの実験室を持ち、自在にホムンクルスを精製している。
確かに、フィード達が言っていた通り、ウォルターはまごう事無き天才と言えるだろう。
「さて、それじゃあ次はお前の番だ。一度分解して隅々まで分析するからな」
「――え? ちょ、何の話ですか!?」
「何って……お前は特別製だからな。しっかりデータを取っておかないと。なぁに、しばらく意識を保てないかもしれないが……安心しろ、朝には終わる」
「意識を保てなかったらまた溶けちゃうじゃないですか! いやです! 僕は拒否します!」
「拒否権は無い。さ、行くぞ」
「待って! 待って下さい! 安心できない! 不安しかないよ!」
抵抗する伊織からローブをひっぺがすと、そのままフラスコに放り込んだ。
「さて……まずは撹拌しないとな」
「む、無理無理無理無理! そんなの無理!」
撹拌――(意味)かきまぜること。かきまわすこと。
抗議を無視し、ウォルターがパネルを操作するとフラスコはいきなり駒の如く高速回転を始め、伊織は遠心力で壁にへばりついた。
実験室からは少年の哀れな声が漏れ聞こえていたが、すぐにそれは聞こえなくなった。
――――伊織から遥か遠く離れた場所にある屋敷の一室。赤い髪の青年が宙に浮かぶ地球儀を見据え、何やら思案している。
「おや、珍しいじゃないかベル。君が思い悩むとは」
「……フルカ。気配を消して声をかけるのはやめてもらいたいと、以前にも言った筈だが」
音も無く現れた訪問者に、赤髪の青年――――ベラーレが冷たい視線を向ける。
「おっと、これは申し訳ない。だが、気配を消すのは習慣なものでね。他意はないんだ」
「そうか。なら、繰り返さぬよう努力してくれたまえ」
手を上げてわびる褐色の肌の青年――――フルカの謝罪を、ベラーレは溜め息まじりに受け入れた。
「それで、何をお悩みかな? 俺が楽しめる悩みなら嬉しいのだけど」
「……先程、非常に大きな天道術の行使を観測した。座標は第十空中都市メルクリウス。術の内容は前例が無いため不明だが。あの規模なら十中八九、禁術に指定されただろう」
「ほう? 君が気にかけるのだから、よほど大規模な物だったのだろう。しかし、それほどの天道術を行使できる人間はかなり限られてくる……そう、たとえば『あの男』のように。――――とはいえ確証もないまま動きたくない……と、思案しているのかな?」
「当たらずとも遠からず、と言っておこう。私の疑問は……仮にこれがウォルンタースによるものだった場合、何故こちらの観測にひっかかるような真似をしたのか、だ」
「なるほどね。そういった場合、考えられる可能性は二つ。一つは、こちらに観測される危険を承知の上で、それでも行わざるをえなかった場合。そしてもう一つは――――」
「罠、だろうな」
「――――ご名答。ま、この際どちらでも構わないじゃないか。罠なら罠で、叩き潰す楽しみができるというもの。……ただ、他の空中都市でどこまでやるかという問題はあるが」
「そんなものは問題にならんよ。そのためのアルターリアだ」
「クハハハハッ! これはこれは、血の繋がった兄とは思えないセリフだ! ベル、君は実の妹をなんだと思っているんだ?」
「本人もそれを望んでいる。何も問題はない。それで、君は不服なのか? フルカ」
「いやいや、滅相も無い。実に働きがいのある雇い主だと惚れ直していたのさ」
眉一つ動かさず冷淡な言葉を紡ぐベラーレに、フルカは獰猛な笑みをかみ殺している。
「ま、メルクリウスに乗りこむ時は俺も御一緒させてもらうよ。君のかわいい妹君を無駄にしないようにね」
「……第六空中都市マルスの最上位戦道士、『魔人』の実力。あてにさせてもらうよ」
現れた時と同様に、フルカは音も無くその姿を消していた。




