## 第4話 「写らない笑顔」
## 第4話 「写らない笑顔」
写真展の前日。
教室はいつもより少しだけざわついていた。
廊下を行き交う生徒たちの会話の端々に、「写真展」「白石」という言葉が混ざる。
相沢 恒一は、その空気の中にいた。
けれど、自分だけ少しだけ外側にいる気がした。
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放課後。
足は自然に写真部へ向かう。
もう“たまたま”ではない。
その事実に気づいてしまったことが、少しだけ怖かった。
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部室の扉を開けると、ひよりが一人で立っていた。
カメラを持っていない。
珍しかった。
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「来たんだ」
ひよりはいつものように笑う。
でも、その笑顔は少しだけ軽かった。
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部室の壁には、写真がすでに貼られている。
教室の窓、廊下、夕方のグラウンド。
どれも“日常”のはずなのに、どこか胸が締め付けられる。
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相沢は一枚の写真に目が止まる。
教室の窓際。
そこには、誰かの笑顔が写っていた。
でも、その顔だけ少しだけブレている。
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「これ、誰?」
相沢が聞くと、ひよりは一瞬だけ黙る。
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「……私」
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その一言に、空気が少しだけ変わった。
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「これだけ、なんで少しズレてるんだ?」
ひよりは写真を見つめたまま言う。
「カメラのせいじゃないよ」
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少しの沈黙。
そして続ける。
「笑うの、下手になってるだけ」
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相沢は言葉を失う。
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そのとき、廊下から足音。
神谷 恒一が現れる。
手には資料の束。
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「最終確認する」
いつも通りの声。
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神谷は壁の写真を見て頷く。
「いい仕上がりだ」
「ありがとう」
ひよりは短く返す。
でも、その声は少しだけ硬い。
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神谷は少し間を置いて言う。
「明日、来客は多い。ちゃんと“見せる形”にしておいたほうがいい」
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その瞬間。
ひよりの指がわずかに止まる。
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「見せる形、ね」
小さく繰り返す。
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相沢は気づく。
この言葉が、ひよりの中で何かを刺している。
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神谷は気づかないまま続ける。
「作品は評価されて意味がある」
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静かだった。
でも、ひよりの空気だけが変わっていく。
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そして、彼女はぽつりと言った。
「神谷くんはさ」
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「うん」
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「写真、好き?」
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神谷は少しだけ考えて答える。
「評価されるものとしては、好きだ」
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その瞬間。
ひよりは小さく笑った。
でも、その笑いは優しくなかった。
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「そっか」
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沈黙。
相沢は、その空気が“壊れる寸前”だと分かってしまう。
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神谷は少しだけ眉を動かす。
「何か問題か?」
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ひよりは首を振る。
「ううん、別に」
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でも、そのあとに続いた言葉が違った。
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「ねえ神谷くん」
「なに?」
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「私さ、写真展って“誰かに見せるため”じゃなくて、“残したいから”やってるんだよ」
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一瞬、空気が止まる。
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神谷はすぐに答えない。
珍しかった。
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そして言う。
「それは結果として同じだ」
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その言葉が落ちた瞬間。
ひよりの笑顔が、ほんの少しだけ消えた。
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相沢は思わず一歩前に出そうになる。
でも、動けなかった。
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ひよりはゆっくり言う。
「違うよ」
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小さな声。
でも、はっきりしていた。
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「“誰かのため”と“自分のため”は、同じじゃない」
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神谷は少し黙る。
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そして、静かに言う。
「君は感情で動きすぎる」
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その言葉は、正論だった。
だからこそ、刺さった。
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ひよりは少しだけ目を伏せる。
そして笑う。
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「うん、そうかもね」
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でもその笑顔は、さっきまでと違った。
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神谷はそれ以上言わずに去る。
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静寂。
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相沢はようやく言葉を出す。
「今の……」
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ひよりはすぐに答えない。
写真を一枚取り外す。
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そしてぽつりと言った。
「神谷くんは正しいよ」
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「でも?」
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ひよりは相沢を見る。
その目は、昨日より少しだけ疲れていた。
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「正しいって、安心するんだよ」
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「でもね」
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少し間。
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「安心だけじゃ、人は笑えなくなる」
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その言葉は、部室に静かに落ちた。
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夜。
相沢はスマホを開く。
AIに打つ。
> 「正しいことと、楽しいことが違うのは普通?」
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返答はいつも通り正確だ。
“価値観の違いです”
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でも相沢は、初めて思う。
(これじゃ、足りない)
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画面を閉じる。
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そして小さく呟く。
「ひよりの笑顔、なんか……違った」
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外は静かだった。
でも、明日の写真展が、この関係を大きく変えることだけは、もう分かっていた。
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