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## 第1話 「空席の教室と、写真の少女」

# 『僕の友達はAIだったけど、君に出会って壊れた』


## 第1話 「空席の教室と、写真の少女」


放課後の教室は、思っているよりずっと静かだった。


黒板には午前中の授業の名残がうっすら残っていて、誰かが消しきれなかったチョークの線だけが、妙に目立っている。


相沢 恒一は、自分の机の中を無言で探っていた。


(……やっぱり)


教科書が一冊、ない。


ため息が出そうになったが、出す相手もいないので飲み込む。


「まあ、いいか」


誰に言うでもなく呟いて、鞄を肩にかけた。


そのまま帰ればいいはずだった。


でも、足はなぜか教室の外に向かわなかった。


---


廊下は夕方の光で、少しだけオレンジ色に染まっている。


窓の外では、運動部の掛け声が遠く響いていた。


「青春ってやつだよな」


そう思っても、どこか自分とは別の世界の話みたいだった。


相沢はそのまま、少し遠回りして教室棟の端へ向かう。


理由はない。


ただ、そこに行けば何かが変わる気がしただけだ。


---


その時だった。


音がした。


シャッター音。


カシャッ。


相沢は足を止める。


写真部の部室の前。


半開きの扉の向こうに、人影があった。


---


彼女は窓際に立っていた。


夕方の光が髪に落ちて、少しだけ金色に見える。


カメラを構えている横顔は、静かで、でもどこか楽しそうだった。


そしてもう一度。


カシャッ。


今度は、誰もいない教室の空席に向かって。


相沢は思わず見入っていた。


---


「……この教室って」


彼女がぽつりと呟いた。


気づいていないのか、それとも気づいていて無視しているのか。


「ちょっと、寂しい顔してるよね」


相沢は、胸の奥が少しだけ引っかかるのを感じた。


教室に“顔”なんてない。


でも、その言葉はなぜか妙にしっくりきた。


---


彼女が振り返る。


目が合う。


一瞬、時間が止まった気がした。


「……あ、ごめん。いたんだ」


彼女は少し驚いたあと、すぐに柔らかく笑った。


その笑顔は、派手じゃないのに、妙に印象に残る。


相沢は、うまく言葉が出なかった。


「いや……別に」


それだけ言うのがやっとだった。


---


彼女はカメラを下ろして、少しだけ近づいてくる。


「同じクラス?」


「うん……多分」


曖昧な答えになった。


自分のことを“多分”と言ってしまうのが、少しだけ情けない。


でも彼女は気にした様子もなく頷いた。


「私は白石ひより。写真部」


「相沢……恒一」


名前を返すと、彼女は小さく復唱する。


「相沢くん」


その一言だけで、自分の名前が少し違って聞こえた。


---


沈黙が落ちる。


でも嫌な沈黙じゃなかった。


彼女はまた窓の方を見る。


「ねえ、さっきのシャッター音、気になった?」


「……まあ」


正直、気になっていた。


でも、それをどう言えばいいのかわからない。


ひよりは少し笑って、カメラを軽く持ち上げた。


「写真ってさ、残すために撮るんじゃないんだよ」


「……どういうこと?」


相沢が聞き返すと、彼女は少しだけ目を細めた。


「“今ここにあった気持ち”を、忘れないため」


---


その言葉は、妙に重かった。


相沢の中で、何かが小さく引っかかる。


忘れないため。


自分には、残しておきたい“今”なんてあっただろうか。


AIに相談して、適当に答えをもらって、少し安心して、それで終わる毎日。


それが“今”だと思っていた。


---


「相沢くんは、写真とか興味ない?」


突然の質問に、少し戸惑う。


「……ないと思う」


そう答えたあと、少しだけ付け足した。


「見るのは、嫌いじゃないけど」


ひよりは嬉しそうに頷いた。


「じゃあ、ちょっとだけ良い人だね」


「それ、褒めてる?」


「うん」


即答だった。


---


そのとき、廊下の向こうから声がした。


「白石、まだ残ってたのか」


別の男子生徒がこちらに近づいてくる。


背が高く、姿勢が良い。


誰かが見ればすぐに分かるタイプの“中心にいる人間”。


神谷 恒一だった。


---


「忘れ物取りに来ただけ」


ひよりは軽く答える。


神谷は相沢の存在に気づき、一瞬だけ視線を向けた。


「君、同じクラスの……」


「ああ、相沢くん」


ひよりが先に言う。


その自然さに、少しだけ胸がざわついた。


---


神谷は軽く頷いて、それ以上何も言わない。


ただ一言。


「白石、暗くなる前に帰れよ」


「わかってるよ」


そのやり取りは、すでに“慣れている距離”だった。


---


神谷が去ったあと、静けさが戻る。


ひよりは少しだけカメラを見つめてから、相沢の方を見る。


「ねえ相沢くん」


「うん」


「また、ここ来る?」


その質問は軽いようで、少しだけ意味があった。


相沢はすぐに答えられなかった。


でも、なぜか足はもう動かなかった。


---


「……わからない」


正直な答えだった。


ひよりは小さく笑う。


「そっか」


そして、少しだけカメラを胸に抱えるようにして言った。


「じゃあ、また“たまたま”会おう」


---


夕方の光が、少しずつ弱くなる。


相沢は廊下に立ったまま、しばらく動けなかった。


さっきまで“帰るだけの放課後”だったはずなのに。


どこかが、少しだけ変わってしまった気がした。


---


その夜。


自分の部屋で、相沢はスマホを開く。


画面の中のAIに、いつものように言葉を打とうとして——


少しだけ手が止まる。


(今日のこと、なんて言えばいいんだろう)


教室の空席。


カメラの音。


「寂しい顔してる教室」


そして、白石ひよりの笑顔。


---


結局、相沢は何も送らなかった。


ただ画面を閉じる。


静かな部屋の中で、ひとり呟く。


「……変な日だったな」


---


外では、夜がゆっくりと降りていた。


そしてまだ誰も知らない。


この“たまたまの出会い”が、彼の毎日を少しずつ壊していくことを。


---


## 第1話 終わり


---




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