滅びの足音 ― 三つ首の巨獣、上陸 ―
トリアノン王国は大混乱に陥っていた。
「民は大陸の北側へ避難せよ! 軍はあれを迎え撃つ準備をするのだ!」
人々は我先にと北へ向かって逃げ出した。
「なあに、きっと地上に上がればあの大きさだ。動けなくなるに違いない。そこを討ち取ればよいのだ」
騎士たちは剣を構え、その時を待ち受けていた。
「来るぞ!」
監視の飛竜に乗った兵士が叫ぶ。
「構え!!」
魔導士と剣士たちが一斉に魔獣へ向き直る。
そして、一つの頭めがけて同時に攻撃を放った。
魔獣の頭の一つが吹き飛ぶ。
歓声が上がった。
だが次の瞬間、切り飛ばされたはずの首が、まるで芽吹くようににょっきりと再生した。
「待て……あれ、二本脚で歩いていないか?」
「何だ、あの巨体は……!」
三つの頭が、それぞれ別方向へとゆっくり向いた。
その瞬間だった。
数万の兵は、長大な尾の一薙ぎでたちまち蹴散らされた。
さらに、三つの首からそれぞれ吐き出された炎、氷、暴風に呑まれ、焼かれ、凍らされ、砕かれていく。
城も破壊され、国王もまた城と運命を共にした。
その知らせは、すぐに皇帝たちの集う議会場にもたらされた。
「直ちに計画を決行せよ。人気のない、この平地におびき寄せるのだ」
皇帝は地図の一点を指し示した。
「あれは強い魔力を求めて移動します。我々部族の者たちが、その役を果たしましょう」
族長が言う。
「何もかも、すまぬな」
「いいや。大陸の都市が滅べば、我々も生きてはいけぬ」
「では、私たちは平地で待機いたします」
レオンハルト皇太子、クラリス、そしてフェルネスは飛行魔獣に乗り、先に現地へ向かった。
その頃、アストリア国王の執務室ではひと悶着が起きていた。
「嫌です! なぜ私が行かねばならないのです!」
王太子が泣きながら国王に抗議していた。
「帝国では皇太子自ら名乗りを上げたのだぞ。クラリス皇女も、エルドリアからはフェルネス第二王子も出る。我が国から誰も出さぬなど許されぬ」
「嫌です! 絶対に行きません!」
王太子はわあわあと泣き喚く。
「陛下、時間がありません。その役目、私にお任せいただけませんか?」
王太子の傍らにいた、背の高い逞しい騎士が前へ出た。
「そなたが行ってくれるか?」
国王はほっとした顔を見せる。
「その代わり、条件がございます。もし私が無事に帰還できましたら、王太子の座をこの者から譲っていただきたい」
「ほう……。そなたは王太子の座などに興味がないものと思っていたが」
「帰還できましたら、理由をお話しいたします。とにかく、ご許可を。時間がございません」
「よかろう。約束しよう。いや、帰還を待つまでもない。今この時より、そなたが王太子を名乗るがよい」
「感謝いたします。では、行ってまいります」
騎士は、廃太子となった元王太子へ向き直った。
「私が帰らなかったら……そなた、少しはしっかりしろよ。もっとも、私が帰還できない時は、この国ごと滅びることになるがな」
そう言い残し、騎士はそのまま平地へ向かって飛び立った。
国王は天井にとまっている小さい黒い蝶に目をやった
「本当に、あの王太子は来るのか?」
現地で待機していた皇太子が、ぶつぶつと漏らす。
「来ないなら来ないで、差し支えないのではありませんか?」
クラリスがぶっきらぼうに言った。
「いや、来る」
フェルネスが断言する。
兜を被っているため表情は見えないが、その声には確信があった。
そして空を見上げた。
「おお、やはり来たか」
「え? 本当にこちらへ来たのですか?」
皇太子とクラリスは顔を見合わせた。
飛行魔獣から降り立った黒色の鎧兜姿の男に、フェルネスが歩み寄り、何やら言葉を交わしている。
黒色の鎧兜――それはアストリア王か王太子だけに許されたものだ。
「あの二人、知り合いなのか?」
「フェルネス叔父様は、以前アストリア国王陛下の護衛でしたから、知らない仲ではないのだと思います」
不思議そうに見守っていると、二人がこちらへ戻ってきた。
「役割を変更する。王太子殿下はシールド魔法が使えぬ。首を落とす役に回ってもらう」
「大丈夫なのですか!?」
皇太子とクラリスが同時に叫んだ。
「大丈夫だ。私が保証する」
フェルネスが言う。
そしてクラリスへ向き直った。
「クラリスは上空からあれの注意を引きつけろ。必要ならシールドで防御しろ。危険だが、やれるか?」
「やります。思い切り注意を引きます」
その時、地響きのような足音が近づいてきた。
部族の者たちが、魔力を込めた石を振りかざし、飛行魔獣に乗ってこちらへ向かってくるのが見える。
「さあ、行くぞ!」
皇太子が叫ぶ。
「前から見て、私が右、王太子は中央、フェルネスは左だ!」
「先に行きます!」
クラリスが飛び立った。
「そなた、本当に大丈夫なのだな?」
皇太子が王太子に問う。
王太子は力強くうなずいた。
「……まあ、今さらどうにもならんがな。息を合わせねばならぬ」
三人は互いに視線を交わし、無言でうなずき合った。
新王太子登場~~♪黒い甲冑を着せたかったのです。
続きをお楽しみくださると幸いです




