第18話 「燃える誓い亅
――灼熱の広間に、静寂が落ちた。
戦いの爪痕が刻まれたヴォルカニアの大広間。壁は崩れ、床には焦げ跡と破片が散らばり、先ほどの激闘がまるで夢だったかのように空気は静まり返っていた。
アシュラとヴァルディアの一騎打ちは、結果として“痛み分け”に近いものだった。しかしそれが逆に、戦いの恐ろしさと、この先の脅威の規模を物語っていた。
「……まさか、あそこまでやるとはな。あいつ……ただの幹部じゃねえ」
アシュラは低く唸るように呟き、崩れかけた王座の肘掛けに腰掛けた。
シノは、その言葉を噛みしめるように聞いていた。自分が立ち会えるはずもない、“帝”同士の戦いの只中に、彼はいた。風を読むことすらできない速度の雷、空間を焦がす炎、そしてぶつかり合う圧倒的な魔力。
「強かった……」
その一言に、誰も反論はなかった。
フレアが静かにシノの隣に立ち、赤い髪を揺らしながら問いかける。
「シノ……あれが、七帝の一人でも、まだ足りないってこと?」
「そうだな……でも、だからこそ、目指す価値がある」
シノは静かに答えた。拳を握り、まだ震えていた。だがそれは恐怖ではない。あの炎の中に立ち、帝の強さを間近に感じた――その余韻だった。
彼の目は、また一歩だけ、確かに前を見ていた。
その時、重い扉が音を立てて開いた。
「失礼します」
入ってきたのは、アクア=リュミエールの秘書にして補佐官――エルナだった。黒髪をひとつにまとめた彼女は、無表情ながらも芯のある声で報告を始める。
「アクア様より伝令です。次の会談は明朝、蒼湖の間にて行う予定です」
「会談……?」
フレアが首を傾げる。エルナは頷きながら続けた。
「闇の帝の動きが予想以上に速い。各帝たちで情報共有と方針確認を行う必要があると、アクア様はお考えです」
「なるほどな……ようやく動くってわけか」
アシュラが重く呟いた。彼の視線は、焦げた壁の向こうに消えたヴァルディアの姿を追っていた。
「……あいつらは、もうただの“影”じゃねぇ。堂々と、俺たちの“城”にまで踏み込んできた」
その言葉に、場の空気が再び張り詰めた。
シノは一歩、前に出た。
「俺も、その会談に出られますか」
エルナは少し驚いた表情を見せたが、すぐに頷いた。
「アクア様のご意向で、七帝候補と認められた方は参加を許可されています。グリモワール様、あなたも対象です」
「そっか……なら、行くよ」
そう答えたシノの声に、迷いはなかった。
そして、その夜。
シノはヴォルカニアの一室で、一人風の刃を浮かべていた。彼の掌の上に揺れる風は、繊細で、力強く、少し前とは明らかに“質”が違っていた。
「……もっと、強くならないと」
独り言のように呟く声。そこへ扉がノックされる音がした。
「……入っていい?」
現れたのは、フレアだった。彼女もまた、魔力の訓練を終えたばかりのようで、額には汗が浮かんでいる。
「何か、考え事?」
「……まあ、な」
「……あたしも、同じ。さっきの戦いを見て、何もできなかった自分が悔しかった」
フレアはそう言って、シノの隣に腰を下ろす。
二人はしばらく無言で、夜風の音だけが流れていた。
やがて、フレアが口を開いた。
「でもね、あたし、あの雷の男に少しだけ感謝してる」
「……え?」
「だって、あんなに強い敵が目の前に現れたからこそ、絶対に立ち向かおうって思えた。目標ができたんだよ。……倒すべき、誰かが」
その言葉に、シノは微かに笑った。
「……そうだな。俺たちはまだまだ、だけど……ここからだ」
フレアも笑った。
そして、二人の視線の先には、月明かりに照らされたヴォルカニアの塔の影が静かに揺れていた。
その影の向こうに、新たな敵と、新たな戦いが、待っている。
――そして、翌朝。
シノたちはアクアの居城、蒼湖宮へと移動するため、転移魔方陣の準備を進めていた。
だが、その背後では、別の場所で、新たなる闇の計画が静かに進行していた。
「……あれが、風の少年か」
闇に染まった石室で、ヴァルディアが誰かに報告していた。
「はい。炎帝と対等に話すほどの自信と才を持ち合わせていました」
「……ふむ。では、潰す価値はある」
そこに現れたもう一人の影。
その姿はまだ明かされていない。
が、彼の声には確かな“帝”の風格が宿っていた。
「次は、こちらの“切り札”を動かす時かもしれないな」
その声に、ヴァルディアが頭を垂れる。
「御意」
世界は静かに、確実に、崩れ始めていた――。




