出発
「おら今すぐって言ったろ!行け行け、行きやがれぇ!」
何の事前告知もなくいきなり補習合宿を行うと宣言したレハート。
その表情は普段のけだるげなものとは異なり、どこか楽しそうなものだった。
「ちょ、っと待ってください!流石に説明不足が過ぎますよ!」
「あん?当然だろう。戦場じゃ今から襲いますよ、って敵が教えてくれるわけねえんだからな。どんな状況にも即座に対応できなきゃ生き残れねえぞ」
「にしたってもうちょっとこう……あるじゃない!適当過ぎるわよ!」
「あー、わかったわかった。じゃあもう少し説明してやるよ」
あまりに唐突な指示に困惑するクラスメイトたち。
教室のあちこちから湧き上がる不満の声に、レハートは渋々説明を始める。
「えっと。この補習合宿をやる意義は伝わってるよな?」
「ここ数ヶ月、ダンジョンで素材採取や魔物討伐の課題が出来てなかったっスからね」
「でも、その合宿に行っている間の授業はどうするのですか?」
「言ったろ。学園で決まったことだ。お前らのこの先2週間の予定は抜き打ち合宿を悟らせないための偽の予定だ」
「じゃあ俺がサボった課題も……」
「それは本当だ。合宿先で罰として座学の補修もしてやるからな」
「ひぇ~……」
「やっぱサボってんじゃない」
レハートはそう言いながら補習合宿の概要が書かれたプリントを配布していく。
「ちゃんと説明用の書類があるじゃない。先に渡しなさいよ」
「というか先生、さっきから思ってたんですが……行き先であるラウゼル大森林は三級ダンジョンですよね?」
「そうだな。三級以上のダンジョンは王国軍や騎士団、もしくは冒険者ギルドの人間じゃないと立ち入りは禁止なはずでしょう?」
渡された書類を見たジョージとアレスは、行き先であるダンジョンの危険度が三級に分類されている点についてレハートに疑問をぶつけた。
学園生が課題で入ることができるのは四級以下のダンジョンまで。
三級以上は危険度がぐっと跳ね上がるため、原則として一般人の立ち入りは許されていなかった。
「そんなもん分かってるに決まってんだろ。今回は例外だ。王国軍の許可も出ているし、しっかりと対策済みだ」
「それなら安心ですが……」
「んで、この紙に書いてある通り。期間は今日から2週間。行きは現地集合で7日以内に到着するように。」
「……ねえ、ジョージ君。ここからそのダンジョンまで何日くらいかかるの?」
「馬車で5日と少しと言ったところでしょうか。手前に別のダンジョンがあるので迂回で少し時間がかかってしまいます」
ソシアの疑問にジョージは黒板に張り出された地図を指さして、目的のラウゼル大森林への進路を示す。
出発点がハズヴァルド学園だとすると、ラウゼル大森林の手前には巨大な別のダンジョンが存在していた。
四級ダンジョン、グランゼ樹海。
そこまで危険なダンジョンではないがこの学園からラウゼル大森林に向かうなら迂回するに越したことはない。
「移動手段は自由なんだろ?じゃあ何の問題もねえじゃねえか!」
「そうね。これなら別に急がなくても……」
「ああ。そう言えばプリントに書き忘れてたけど、合宿所までのルートは必ずグランゼ樹海を突っ切ってもらう」
「っ!」
魔物に襲われるリスクを考えれば当然迂回するほうが賢い選択。
だがレハートはそんな生徒たちの考えを見越していたかのように腕を組んだのだ。
「勘違いするなよ。今回の補習は旅行じゃない。数か月止まっていた実地訓練を取り戻すための試験だ。安全な道を選んで目的地に着くだけなら、馬車でも雇えば終わりだろう」
「それは……確かにそうですね」
「うわぁ~!日中にダンジョンに入るのは苦手なのです~!」
「それに気を付けろよ?グランゼ樹海は四級ダンジョンだからって甘く見ていると……今は危ないかもしれねえぞ?」
「今は……?」
意味深な発言と共に、レハートは黒板に張り出した地図をしまう。
そして書類をまとめるとそそくさと教室から出ていってしまった。
「じゃあ、俺は先に合宿所で待ってるから。お前らも早く来いよ」
「……全然、合宿が始まった実感ないけど……」
「グランゼ樹海を突っ切れば直線距離は短いとはいえ、魔物に苦戦すれば7日なんてあっという間に超えてしまいますよ!?」
「じゃ、じゃあ急いで準備しなきゃじゃねえか!」
7日は長いようでラウゼル大森林までの距離を考えればほとんど猶予がない。
ダンジョンの中を突っ切るとなれば馬車を借りることはできず、皆は最低でも今日の午前中には出発すべきだと急いで準備を開始したのだった。
「ふふっ。遠足みたいで楽しみだな」
その3時間後。
一年の他のクラスもアレスたちと同様に突然補習合宿の話を聞かされ、寮のエントランスホールは慌ただしい空気に包まれていた。
しかしそんな中、アレスと共にソシアとジョージを待つティナはリラックスした様子で浮かれていた。
「お前なぁ。さすがに浮かれすぎじゃねえか?」
「だって。君と私がいて危険なことなんてないだろう?」
「わかんねえぞ。ウチの先生、グランゼ樹海が今は危ないかもしれねえって言ってたからな」
「ほう。私の担任はそんな話はしてなかったぞ」
「あいつ……生徒にバラしちゃいけねえこと話したんじゃねえだろうな……」
ソシアとジョージは荷造りで苦戦をしており、早めに準備を終えてしまった2人は呑気に雑談をしていた。
自分たちの実力なら問題は一切ないと考えるティナに、アレスは油断はしないほうがいいと注意を促す。
「グランゼ樹海に異変が起きているのか?そんな話は聞いてないが」
「ああ。だが試験として何かしら仕掛けられてる可能性もなくはない。それに……」
「それに、なんだ?」
「学園が合宿をこんな急遽実施したのは……外部に情報が漏れて襲われるリスクを減らすためなんじゃないか?」
「ふ、はは。さすがに考え過ぎだろう」
「……そうだな」
真剣な表情で学園がこんな唐突に合宿を開始した意図を深読みするアレス。
だがそれはあり得ないとティナに一蹴され、アレスも考えすぎていたと笑い飛ばしたのだった。
「すみません!お待たせしました」
「待ってない待ってない。適当に話して待ってたし」
「そうですか……ところで、ロイさんは……」
アレスとティナに合流したジョージは、周囲を見回しアレスの従者であるロイについて訊ねた。
ロイは先日ラグナ=ディールに重傷を負わされ入院してしまっていた。
その怪我を心配したのはもちろんそうだが……もし戻って来ていれば簡単にダンジョンを移動できると内心期待しての質問だった。
「ああ。まだ入院中だ。もう傷はだいぶ良くなってるが、完治するまで動くなと言っておいた」
「病み上がりの人間をこき使おうだなんて、ジョージも人使いが荒いな」
「そッ、そんなつもりで言ったわけじゃ……」
「みんなお待たせー!支度に手間取っちゃって……」
そうしてジョージがやってきてすぐに、ソシアも準備を終えてエントランスに姿を現したのだった。
それぞれ移動に支障が出ない程度の大きさの背嚢を背負い、出発の準備を整える。
「とりあえず最初の目的地はグランゼ樹海の最寄りの街だな」
「はい。そこで食料と水を整えて、一気にラウゼル大森林を目指しましょう」
メンバーが全員揃い、アレスたちは早速学園を後にした。
二年に進級するためにも重要な判断材料になる長期活動。
だがこの後予想だにしないトラブルに巻き込まれることを、この時の彼らは知る由もなかった……




