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圧倒的実力差

王都の中心街から離れた川のほとり。

人気のないその場所で、セレナ・フォルワイルと暗殺者のルークが向かい合っていた。


「私を子供だからと甘く見たら痛い目を見るわよ」


セレナが抜いたのは鍔にフォルワイル家の紋章が刻まれた反りも長さも一般的な刀。

個性のない刀だが、それを構えるセレナのフォームの美しさが基本に忠実な芯のある強さを体現しているようだった。


「なるほど。真っ当な剣士か。ならば正々堂々の斬り合いが楽しめそうだ」


それを見たルークは小細工のない剣士同士の斬り合いが出来ると、さらに喜びを露わにしていた。

だがそんなルークに対し、セレナの注意は周囲に分散されている。


(奴らは複数、最低でも3人いると聞く。お姉さまの時も1人で居るところを3人で奇襲したようだから、不意打ちには注意しないと……)

「おい貴様、どこを見ている。相手は俺1人だぞ?」


周囲の警戒を怠らないセレナを見て、ルークは不満そうに自分に集中するよう告げたのだ。


「ふんっ。見え透いた罠ですこと。お仲間がいるんでしょう?不意打ちなんてつまらない真似はしないで、初めから3人でかかってくればいいわ」

「……なるほど。ティナ・フォルワイルが襲撃された際の情報を聞いているのか。だが残念だが、貴様の相手はこの俺1人だ」

「敵の言葉を鵜呑みにする馬鹿がどこにいますか?」

「事実だ。貴様程度の相手なら、3人も必要ないと判断しただけのこと」

「……は?」


淡々とそう告げるルークに、セレナは青筋を立てて怒りを露わにした。

ルークはなおも言葉を続ける。


「ティナ・フォルワイルは厄介な相手だったからな。俺は納得いっていなかったが、確実に殺すために複数で襲ったまでよ。貴様は警戒に値しないという訳だ、自惚れるなよ」

「お前たちもか……私を馬鹿にして……」


ティナと比べて脅威ではないと告げるルークに、フォルワイル家の人間だけでなく敵ですら自分の力を見くびるのかとセレナは怒りを爆発させていた。

セレナの刀を握る両手にギリギリと力がこもる。


「ならばこの俺を撤退させられるだけの実力を見せてみろ。そうすれば次は数の利で確実に殺しに来てやる」

「舐めるんじゃないわよ。撤退どころか、あんたはここで私に殺されるのよ!!」


挑発めいた言葉を並べるルークに、セレナは我慢の限界を迎え勢いよくルークに斬りかかったのだ。

その速度は直線的ながら目を見張るものがある。


「はぁああああ!!」

「ほう。どうやら口だけではないらしい」


真上から振り下ろされたその一撃を、ルークは涼しい表情で受け止めてみせた。

直後、セレナはすさまじい速度でルークに斬撃を浴びせかける。


「いいぞセレナ・フォルワイル!想像以上に楽しめるぞ!」

「すぐにその余裕を消し去ってやる!」


ルークの鉄壁の防御に阻まれてしまったセレナだが、それでも一歩も退かず攻勢を強めていった。

無駄のない足運び。

崩れない体幹。

上段から中段、そして下段へと流れるように繋がる連撃。


「いい太刀筋だ。基本の修行を真面目にこなしているのだな」

「当然よ!私は才能に胡坐をかいたりしない!強くなるために鍛錬を欠かしたことはないのだから――」

「だが、それで通用するほど剣の道は甘くはない」


セレナが美しさすら覚えるほどの軌道で正中線を斬り込んだその刹那。

受けに徹していたルークが突如刀の角度を変えたのだ。

そしてその直後、ルークはセレナの刀の腹を叩くように斜めから斬り込む。


ガキン――ッ!!

「……え?」


鈍く、嫌な音が響いた。

次の瞬間、セレナの視線の先で彼女の刀身が宙を舞っていたのだ。


ザクッ――


直後、宙を舞った刀の先端が彼女の目の前の地面に突き刺さる。

そう、ルークは先程の高速の斬撃を完全に見切り、その最中にセレナの刀を斬ってしまったのだ。


「セレナ様ぁ!!」


それを見ていた付き人の男性が叫び声を上げる。

焦りの色を隠せない付き人とは対照的に、勢いづいていたセレナの全身から一気に熱が失われた。


「な……っ……嘘……」

「確かに基本は大切だろう。何事も基礎がしっかりしていなければその上に何も積み上げられん。だが基本に囚われるだけでは通用しないのだ」


セレナの思考が、完全に停止する。

短くなってしまった刀を握り締めながら、自らが積み上げて来たものが崩れ去ったような感覚に言葉が出ない。


「俺も剣一筋。基礎を重視しているが時にはそれを捨て泥も啜ろう。貴様にその気概があるか?」

「……っ」

「まあいい。これから死ぬのだ、説教は無意味だろう」


そう言い放ったルークは固まったままのセレナに剣を向けた。


「セレナ様!お逃げくださいぃ!」


主人の窮地に付き人の男性は必死に声を上げる。

だが戦闘者ですらない彼が出来ることは何もない。


「あと3年もすればそれなりの実力者になっていたはず。惜しいな」


その言葉と同時にルークの刀が振り下ろされる。

音も、ためらいもない処刑の一撃。

――だが。


ガァンッ!!

「なに……?」


その刀がセレナの肉に食らいつく寸前、凄まじい金切り音と共にその刃が止まったのだ。

何が起きたかわからないセレナの傍らには黒いジャケットを着た男の姿があった。


「ほいっと!」

「くぅ!?」


ルークの一撃を受け止めたその男が力を込めると、ルークは勢いよくはじき返され後方へと飛ばされた。

着地と同時に距離を取ったルークは、目を細めた。


「貴様は……アレス・ロズワルド!!」


セレナの窮地を救ったのはアレス。

何事もなかったかのようにルークの一撃を受け止めたアレスは、そのまま呆然としていたセレナの前に歩み出た。


「なんでお前ら俺のことそう呼ぶんだよ。俺は家を追い出されてるってのに」


そう言ったアレスの声色は実に穏やかで柔らかいもの……

だが唯一アレスの正面に立っていたルークはアレスの異様なほど殺意の籠った瞳を捉えていたのだ。


「貴様は……すごい、素晴らしいぞ!!構えだけでわかる!相対するだけで消耗させられるような至高の剣士だ!!」


アレスが放つ殺意にルークは滝のような汗を流しながらも、それでも狂ったように口角を吊り上げたのだ。


「あなたは……」

「下がっていろ。ここからは俺が相手をする」


力が抜けきった様子で言葉を吐き出したセレナに、アレスは振り返ることなく優しく告げた。

それと同時に剣を握り直しゆっくりとルークに向け歩き出した。


「貴様は単独では狙わない決まりだったが……いいだろう!ここで戦おう!どうせ逃げられんのだろう!?」

「てめぇ、狂ってんな」

「当然だろう!?貴様のような素晴らしい剣士と斬り合えるんだ!たとえ死ぬと分かっていても引くわけにはいかない!」

「そうか。お前は強い剣士と斬り合うことに喜びを感じるのか」


狂ったような笑みを浮かべるルークを見て、アレスの表情が暗く沈んでいく。


「ああそうだ!だから貴様とは楽しい戦いを……」

「アホか。てめぇが楽しめるわけねえだろ」


ルークが、歓喜に身を委ねるように前のめりになった……その瞬間だった。

ルークが踏み出すよりも早く、アレスがその間合いを一瞬で潰し、そのままルークの右腕を斬り落としたのだ。

一瞬、ルークは何が起きたのか理解できなかった。

だが腕を斬られた激痛が遅れてルークを襲う。


「ッ!?ぐぁああああああああ!!」


刹那、剣を握ったままのルークの右腕が宙を舞っていた。

防御も、回避も、その選択肢が頭に浮かぶよりも早くにすべてが終わっていた。

噴き出す血を必死に左手で押さえ込むルークは、そのままよろけて膝をついた。


「が……ぁ……!ぁ……くそ……!」


呼吸が荒れ、視界が揺れる。

その目の前にアレスが立っていた。


「ティナを殺そうとした外道を喜ばせるわけねえだろ。これは斬り合いじゃねえ。一方的な処刑だ」


その言葉はまさに宣告だった。

親友を傷つけられた怒りをこれ以上ないほど瞳に込め、睨み殺せてしまうほどに鋭い殺気を送った。


「……は、はは……面白い!」


だがルークは血に塗れながらも歪んだ笑みを浮かべたのだ。

窮地に追い込まれたルークだが、懐から布を取り出すとその端を口で咥える。

そうして出血が激しい右腕に布を巻きつけると、奥歯が砕けるほどに食いしばり強く傷口を縛ったのだ。


「腕1本がなんだ!ならば俺は代わりに貴様の命を貰うぞ!!」


震える足で立ち上がったルークは、落ちた刀を拾い左腕1本でアレスに斬りかかる。


「うぉおおおおおおお!!」

「なるほど、根性だけは認めてやるよ」


右腕を失ったルークの動きは全力には程遠い。

しかし自身の人生で最強の剣士と斬り合えるという喜びが底知れぬ力を呼び覚ましていたのだ。


「だがさっきも言ったろ。剣士として相手はしてやらねえ」


死力を尽くしてアレスに挑むルーク。

しかしアレスは一切本気の色を見せず、その連撃を同じく左腕1本で防いでいたのだ。

さらに、その斬撃の隙間を縫って右手をルークの顔面に突き立てたてる。

放たれたのは人差し指と中指を揃えて突く目潰しだ。


「がぁあああ!?」


神速の目潰しはルークが反応することすら叶わず無慈悲に彼の左の光を奪ったのだ。


「下がお留守になってるぞ」

「ぐぁあああ!!」


さらにアレスは目潰しでルークの意識が上に向かったのと同時に彼の右足を踏みつけていた。

ゴキリ、と嫌な音と共にルークがさらにうめき声を上げる。


「終わりだ。俺とお前じゃ役者が違うんだよ」

「ごはぁあああ!?」


直後、アレスは左手に持っていた剣を空中に置くように捨てると、凄まじい威力の拳をルークの腹に捻じ込んだのだ。

ルークの体はくの字に折れ曲がり、後方へはじけ飛んでいく。


「ご、ぐぉ……」

(なんという化け物だ。まるで相手にならん……)


右腕を切断され、左目を潰され右足の甲は完全に骨が折れている。

一瞬で満身創痍となってしまったルークはその実力差に絶望したのだった。


(まさか……この俺がまるで赤子扱いとは。だが……まだだ。俺の個人的な戦いは終わったが、任務は放棄できん)

「ぐ、うぉおお!!」

「っ!まだ立つか」


体をぶるぶると震わせながら、なんとルークはそれでも立ち上がったのだ。

出血がひどく、すでにルークの顔色は死人のように青白い。

だが残された彼の右目はまだ光を失っていなかったのだ。


(動け!俺の体!!)

「うぉおおおおお!!」

「無謀な特攻だ」


直後、ルークは最期の力を振り絞ってアレスに向かって行った。

右足の甲の骨が折れているのだ。

そのスピードはお世辞にも速いとは言えない。


(俺の魂!貴様にくれてやるよ!)

「はぁああ!!」

「なに!?」


だがルークはアレスの間合いに入る直前、自身の刀を思い切りアレスに向けて投げたのだ。

それは剣の道に生きた彼にとって自分の誇りを投げ捨てるのと同義。


「ちぃ!」


それはアレスにとってもわずかに想定外。

剣で弾くも体勢が崩れ一瞬の隙が生まれる。


(目玉くらい置いていけ!)


武器を失ったルークは残された力を全て振り絞り目突きを放った。

それは僅かに体勢の悪いアレスの両目めがけて正確に飛んでいく。


「ふんっ!!」

ゴキリィ!!

「ぐぅ!?」


だがルークの指が眼前に迫ったアレスは、一切慌てることなく頭突きを合わせたのだ。

固い額に突き立てられたルークの指が音を立てて折れる。


「よく頑張ったよ」

「はは……完敗だ」


もうルークに動く力は残されていなかった。

完璧な間合いで放たれたアレスの掌底がルークの腹に突き刺さり、ルークの体は軽々と宙に打ち出されたのだった。

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