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絶海の孤島と魔導少女 -短編集-  作者: 羽柴和泉
〔魔導師事務捜査隊〕の日常
4/21

Episode00 現在に至るまでの簡単な顛末《前編》

・2013年10月2日~2014年6月7日までの間に投稿した短編を纏めて再投稿したものです。


・そしてこのEpisode00は、「作者のぼやき」という企画で連載していたものをむりやりまとめたので、話が変わるごとに、場所が移ったり状況が目まぐるしく変わってたりします。ご容赦ください。


・古き戦乱の時代で剣王の志を知った瑞紀と、何かのために戦い続ける魔導部隊〔魔導師事務捜査隊〕エース陣との関わりの話です。

短編なのに長編みたいでかなり長く、専門用語連発、シリアス展開続出、戦闘シーンばっかりですが、楽しんで頂けたら幸いです。。



総文字数は、11,670字です。


だいぶ長いので、作業の合間にでもどうぞ。

震える手が押した扉の先には、書物で読んだり伝聞で聞いたぐらいの英雄がアンティーク調の古椅子に腰かけていた。

その人は先のノックで返事をしたっきりで、私たちのことが見えていないかのように書類を黙読している。


イラヴェントは無意味ににこにこしているだけだし、イヴェルさんは入り口で腕を組んで考え事に耽っているし、私自身緊張でガチガチになっているので、その人が顔を上げて反応するのを待つしかない。

我ながら情けないとは思うが、相手にしているのは凄腕のエース、魔導師を束ねる総大将、言わば一国を統べる王と対面しているも同然なのだ。


心臓に毛が生えていようが、どれ程の度胸を持ち合わせていようが関係ない。

誰だって私と同じようになるだろう。


やがて、その人は書類を机上に放り、ゆっくりと顔を上げた。

ローズアグストの凛々しさや格好よさ、そして全身に滾る貫録や威圧感、圧迫感はその人から感じられない。

代わりに、私の緊張を解す優しい笑みを浮かべた。



「ようこそ、〔魔導師事務捜査隊〕へ」



――さて、ここらで何故こういう状況になったかという説明をしておこう。


私こと羽柴瑞紀(はしばみずき)は去年……ええと、高校一年の時に古き戦乱の時代にタイムスリップし、剣王陣営でローズアグストやフィリス、五本槍といった様々な人たちと触れ合った。

夢の中での出来事を詳しく日記に(つづ)ったから、皆さんもよくご存じであろう。


で、何度目かに現実に帰還した際、〔魔導師事務捜査隊〕エースの一人であるイラヴェントさんに出会い、こうして無事現代に舞い戻って来た今、時折メール交換とかして打ち解けたのだ。


ある日私が剣士を志していることを告げると、イラヴェントさんは学校の長期休暇を利用して〔魔導師事務捜査隊〕で研修することを提案し、総大将にその旨を伝える役を買って出てくれた。

見事総大将の承認を得、じゃあいつ来るの?という話になったのだが……。


今は十一月で、もうじき夏季休暇(通称夏休み)が来るのだが、夏自体が短いサヴィスク島では夏休みはほんの二週間ちょいだ。

仕事で多忙なイラヴェントさんたちに無理をさせる訳にはいかないし、もう少し待って六月~九月の長期冬季休暇でも良かったのだが、嫌な顔一つせず彼女は面倒な仕事を引き受けてくれた。


と、言う訳で夏季休暇中私は〔魔導師事務捜査隊〕隊舎に滞在させてもらい、朝から晩まで魔導研修させてもらうことになったのだ。


そして今日は研修一日目、総大将たる香高未歌(こうたかみか)さんに挨拶をするべく部屋を訪れさせて頂いた。


震える手で扉を開け――、そして、冒頭のシーンに繋がるって訳さ。



「羽柴……瑞紀ちゃん、だっけ? 私は、〝揆裏(ぎり)窮蘭(きゅうらん)〟ノーヴェンヴァーの魔導師『揆彗(ぎすい)(まも)り手』香高未歌(こうたかみか)

 あ、イヴェル、イラヴェ、ちょっと下がっててくれないかな。この子と話がしたいんだ」


なんですと!? 

あの二人がいる今でさえ緊張で手が震えて鳥肌まで立っているっていうのに!! 鬼かお前は!!



「はい、分かりました」


「うむ。総大将直々に尋も……聴取すると良いぞ」


え!? 今、イヴェルさん確実に尋問って言いかけたよね!? 

イラヴェントさんの嘘つき!! この部屋を出るまで一緒にいるからって言った癖に!! 

未歌さんめちゃくちゃ優しいから心配すること無いよって励ましてくれたのは何だったのさ! 

何、尋問って!?



「にゃはは……。怖い事する訳じゃないよ。でも……」


「でも?」


そういう否定語、気になるなぁ。


なんで私の周りにいる人ってこういう言い回しが好きなんだろう。



「でも、ページが尽きたから今回はこの辺で! 次回、続きます!!」


……続くのか、これ?



◆◆◆



「で、君はなんで剣士になりたいの? ていうか、なんで魔導師ですら無くて剣士?」


同情するような笑みを向けたイラヴェントさんと不敵な笑みを浮かべていたイヴェルさんが退場するや否や、未歌さんは興味深げな顔で問うてきた。

手の指を組み、顎を乗っけるという傾聴姿勢を取ったと言うことは、本気で気になっているのかな。

それにこの若さで総大将になったっていうことは、相当人望があるはず。


伊達眼鏡の奥は心なしかキラキラと輝いているようにも見えるし……。

ていうか、元々レンズが無い眼鏡なのに奥とか言うのはどうなんだろう。



「え、えと……。剣の師匠がいる、から……? ですかねぇ……」


正直、なんで剣士になりたいのか自分でもよく分からない。


第一、魔導運用技術が格段に進歩している現代で、単純な剣技だけで勝負を挑むのは、はっきり言ってバカの極みだ。

そんな人が居るなら是非会ってみたい。

そして思う存分罵詈雑言(ばりぞうごん)を飛ばしたい。


ただ、私はローズアグストに憧れているから自然と剣士の道に進みたいって思うのは当然だろう。

でもそれ以外に理由が無い。

あるにはあるけど、漠然としすぎているし、とても曖昧だ。


どんなに未歌さんが頭良くても、私が適当に並べた単語を整理して、理解するなんてことはとても無理だろう。



「その、剣の師匠って誰のことかな?」


ん? この人、顔は笑顔なのに目は一ミリも笑ってないぞ? 

おかしいな、地雷踏んだかな。

もしかして……怒ってる? 

人は、本当に怒った時こそ笑顔になる、ってやかましいわ!



「剣王、ローズアグストです」



私の返事がよほど意外だったんだろう。

未歌さんはこれでもかという程目を丸くして驚いていた。


やがて平静さを取り戻したのか、私ではなく指に向かって話しかける。

一瞬、頭がおかしいのかと思ったが、よくよく観察すると指に話しかけているのではなく、細く白い指につけている、彩度の高い水色の宝石(が嵌めこまれた指輪)に話しかけているっぽい。


ふむふむ、これが噂の魔導端末(デバイス)か。

(ほとん)どの魔導師が常備しているってやつ。

いまいちその効果が私には分からないんだけど……。


とにかく、未歌さんはその魔導端末(デバイス)とぶつぶつ会話していた。

私に聞こえないのが腹立たしい。



「瑞紀ちゃん。君が言っているのは、不老不死後……あ、間違えた。禁忌(きんき)を犯した後の彼女かな? それとも、それ以前?」


剣王と言えば、不老不死という神の領域に踏み込むという、禁忌を犯した王として有名だ。

つい最近まで自身に眠る魔力を把握出来なかった、魔導師という単語すら知らなかったド素人の小娘でも、母歴史で学んでいるから知っている。


未歌さんの口ぶりだと魔法の力で過去に還ることが出来るらしいから、私が接触出来るのは必然的に禁忌を犯した後――輪廻の罰で死んでは生き返ると いう孤独の日々を送っている彼女――となる。

私は見てのとおり本物の女子高校生だから、時代も特定出来るのは、ちょっと考えれば私にだって分かることだ。


それなのに、何故未歌さんはそれ以前――、つまり、禁忌を犯す前、何百年も前の古き戦乱の時代で私とローズアグストが出会うという可能性を捨てていないのだろう。

私の不審に気が付いたのか、未歌さんは再び口を開く。



「魔法ってのは、不思議なものでねぇ……」


不思議過ぎるわ。

ていうか、お前が言うな。

あなたにだけは言われたくなかった台詞ナンバーワンだよ。

何で魔法を自在に操る魔導師のトップの人がしみじみと呟くんだ。



「魔力を持っていない、いや、自分は普通の人間だ、魔力なんて持ってないし魔法なんてものも使えないって思い込んでいる人が結構いるけど、実は本当に魔力を持っていない人ってほんの一握りなんだよね。

 で、何故気付かないかと言うと、戦いに巻き込まれないから。魔導師が普段愛用する、“結界”っていう隠蔽(いんぺい)系結界魔法があるんだけどね、」


そのまんまじゃん。

結界二回言わなくていいのに。



「それは魔力を持っている人なら無差別に取り込むんだ。

 で、取り込まれた人は、初めて自分に魔力があるって気付くわけ。

 瑞紀ちゃんも同じで、それなりに魔力持っているから不思議な体験をしていてもおかしくは無いでしょ? 

 ひょっとしたら、古き戦乱の時代にタイムスリップしてローズアグストご本人に接触した可能性も無くはないし」


未歌さんの推論が正鵠を射たのですが。



「え、そうなの? それなら私の仕事は無いようなものだね」


「? 何故ですか?」


未歌さんは前屈みになっていた背中を椅子の背にもたれさせ、人差し指の関節で眼鏡を押し上げた。

こんな細かな、誰でもやりそうな仕草でも、未歌さんがやるのと私がやるのとでは雲泥の差ほどあるだろう。

妙な威圧感や圧迫感こそ無いものの、端々に滾る貫録は並々ならぬものだ。



「イラヴェにでも頼んで手合わせすれば分かるよ。剣王直々に剣技を教えられたのなら、それは一生、どんなに強い敵にでも通用する。

 ぶっちゃけ現時点で君に教えられるのって、魔法の基礎を教えるくらいかな。応用は君に任せるよ」


「その根拠は……どこから?」


「それはもう、彼女自身が証明してるよ」



私の疑問にすぐさま答えてくれる未歌さん。

それはいい。

だけど、そんな短い言葉じゃ、私の頭じゃ理解出来ない。


ローズアグスト自身が証明しているっていうけど、実際にローズアグストは剣技のみで乱世を駆け抜けてきた訳じゃない。

『黄金の剣』という宝剣の能力を借り、接近戦最優という二つ名を冠することになったのだ。

全部が全部ローズアグストの功績という訳じゃないのに、何で未歌さんはこんなに自信たっぷりなんだろう。



「瑞紀ちゃん、勉強でもスポーツでも魔法でも、基礎を学んで応用に挑む、っていうことは大事なんだ。基礎が出来てなくちゃ、応用なんて出来ない。

 サッカーのルールすら知らない人は、試合に出させてもらえないでしょ? 


極端な話、例えば打撃型なんてそう。構えが身体に負荷をかけるものだったら、強い魔法なんて完成する訳無い。

基礎が完璧であればあるほど、その派生で業ももっともっと強くなる。


そして、現時点でローズアグストの剣技っていうのは数ある流派の中で最強と呼ばれている。この先は……もう、分かるね?」


なるほど。他人に説明は出来ないけど、自分の中では理解出来た。

要は基本が出来てりゃ何にでもなるってことか。

アレ? 違うっけ?



「ローズアグストは剣技の基本をみっちり君に叩き込んでくれた。

 そして、私たちは魔法の基本をみっちりと叩き込むだけ。それからは瑞紀ちゃん、君に任せる」


「……はい」


まるで子供みたいな笑顔だ。

邪気のない、見ているだけで和む柔らかな笑み。


未歌さんは古椅子から立ち上がり、大きく伸びをした。

猫みたいな伸びの仕方だなと思っていたら、彼女はすったかすったか歩き出し、入り口のドアノブに手をかけた。


……あれ? 未歌さん、私が入る前に書類見てなかった? あれは良いのか?



「あ、そうだったね。……ま、いいや。急ぎって訳でもないし。

 それより私は、瑞紀ちゃんとイラヴェの手合わせを見たいのだ♪」


いつの間にやら、私とイラヴェントさんが手合わせをするっていうのは既定事項になっていたらしい。

当事者の意見くらいは聞いてほしいものだ。


いや、聞けよ。



◆◆◆



結局、事務仕事をしていたイラヴェントさんに無理を言って始めた手合わせは惨敗に終わった。


流石は魔導師の頂点に君臨する部隊のエース、剣王に鍛えてもらえたからって、少し前まで素人だった少女に易々と勝利を譲るわけないよね。

うん、分かっていたさ。感情が理性に追いつかないだけで……。



「大丈夫、瑞紀……?」


宝具〝龍の双牙(そうが)〟アーストヴァドを蔵す双剣を一振りして、実体をブローチに変換させたイラヴェントが不安そうに声をかけてくれる。

彼女が手加減してくれたから怪我とかは全くないけど、精神面での心配をしてくれているんだろう。


別に、私だって接近戦最優たる剣王から直々に稽古をつけてくれたからって、現代のエース級魔導師に勝利出来るなんて思っちゃいなかった。

せいぜい、勝てるといいな、と願望だけがあったくらいかな。


私がこんなにも(へこ)んでいるのは、私をけしかけたはずの未歌さんが途中から観戦するのをやめてモニタと睨めっこしているということだ。

魔導師の総大将が声をかけてくれたというのがとても嬉しかっただけに、問題点だらけなんだろうなと考えるとちょっと辛い。



「お疲れ様、瑞紀ちゃん。やっぱり私の予想以上だったよ。

 これならハードじゃなくても二週間で間に合うかな」


「あ、お疲れ様です」


最初の一文しか意味が分からなかったので、とりあえず特定の場所にのみ反応しておいた。

私が無理して答えなくてもイラヴェントが答えてくれるだろうし。



「いえ、ハードで良いと思うのですが……」


ほらね? ちゃんとイラヴェントが……、ってアレ? 


私には二人が言っている言葉の意味がサッパリ分からないんだけど、ハードってあのハードだよね? Hardっていう綴りの。

え? 何? 訓練メニューにEasyとかNormalとかあんの? 

それなら私はEasyの方が、いやなんでもないですすみませんごめんなさい。



「何で? この子、高校でしょ? 実際そのメニューで訓練している私ですらキツいんだから、この子の身体が潰れると思うよ?」


「総大将のメニューと通常のHardメニューとでは格が違います。

 要はこの二週間のうちに基礎基本を叩き込めば、本人がそれに対応して応用するので。

 私自身毎日付き合えると確定している訳では無いので、短期間の練習メニューとしてはHardが最適かと」


「確かに……。私もここのとこ忙しいからなぁ。

 ぶっちゃけ、今のエースの中でまともに魔法を操作するのって私だけじゃない? 

 後は皆、魔法を補助として使うでしょ? そこが問題なんだよねぇ」


何が何だか分からないまま、どんどん話が進められていく。


二人は至って真剣な顔だから、冗談を飛ばして会話の腰を折る訳にも行かないし……。

かと言ってこのまま会話を進めさせたら、何かとんでもなくハードなメニューをする羽目になりそう。

実際Hardってコースメニューは身体が潰れるって、未歌さん自身が名言しているし。


割り込んで、強引にでも会話に参加すべきか考えていると、小さなノックの音が耳に入ってきた。

二人は会話に集中しているようだから、私が代わりに応対することにする。



「おう、総大将。あんたにちょっと用が……」


次に耳に入ってきたのは、年を重ねた壮齢の男性の声。

私がドアノブを握った瞬間ドアが開かれ、つかつかと入って来たのは、若干白髪交じりの男性だった。


呆気にとられた私が棒立ちで硬直していると、あろうことかその男性は総大将たる未歌さんの胸倉を掴み、何やら怒鳴っていた。


数瞬前まで私の訓練メニューについて、真剣に議論して下さっていた未歌さんに、抵抗しないからと言って一方的に怒鳴りつけるのは理不尽だと思う。



気が付けば、自然に剣を抜いていた。


広い訓練室に響いたのは、ガキィン!という金属音。


それは、私のブロードソードと、男性が咄嗟(とっさ)に繰り出した長杖が接触し、激しい摩擦により火花を散らせている音だ。

一旦下がり、もう一度斬りかかろうと後ずさった瞬間、何者かに剣を拘束された。


いや、拘束されたんじゃない。

未歌さんが、制止の為ブロードソードの刀身を掴んだんだ。

彼女はもう一方の手で中年男性の長杖を押さえている。


今はまだ防御フィールドが手を包んでいるから良いけれど、私が抵抗が続けてもしフィールドを破ってしまったら天下の総大将に傷を負わせることになってしまう。

しょうがないので、歯痒い気持ちを押さえつつブロードソードをしまうことにする。



「ちょうど良かった。瑞紀ちゃん、魔法を教える前にね、一つだけ君に教えたかったことがあるんだ」


そう言う未歌さんは、顔は笑っているけれど目は全く笑っていなかった。

先ほど、地雷を踏んだかと恐々とした時の顔だ。


「君が経験したのは、武力がものを言う軍事的社会。武力で支配し、侵略し、そしてそれが正義とされていた時代。

 だけど、現代社会は違う。武力行使に出る前に、まず話し合いで解決しようと努力する時代なんだよ。

 古代とはそれこそ次元が違うレベルで、魔導運用技術が発達した現代では、君のような素人でも、それなりの施設に入れば高度な魔導能力を所得出来る。

 魔導師人口を増加させる為として魔導政府が作ったことなんだけどね、実際は魔法の力を悪用する人が増えるだけだった。何故だか分かる?」


一拍置いた後、未歌さんは再び喋りはじめた。



「魔力を、単なる喧嘩の一手段、憂さ晴らしの手段として捉える人が多かったんだ。そういう人の暴走を止めるのが、私たちの仕事。

 それは瑞紀ちゃんの将来の仕事になるのかもしれないんだから、指導する立場になる君が、間違えちゃいけない。

 魔法はね、勝つ為にあるんじゃない。負けない為にあるんだよ」


うん、凄く納得出来る理由だし、私自身早まったことを深く反省している。


反省しているから、そのドヤ顔はなんとかしてほしいなぁ……。

笑いを堪えるのに一苦労だよ。


壮齢の男性はイラヴェントから状況説明を受けたのか、未歌さんとの会話が終わったと見るや否やつかつかと歩み寄ってきた。

うわ、相当怒っているんだろうなぁ……。

当然だよなぁ、意味も無く斬りかかったんだから。

怒られるどころか、組織なんだから即研修中止ってなるのもあり得るよなぁ……。

始まったばっかの短編がまさか3Partで幕を閉じるなんて……。なんて虚しいんだ……。



「俺ァ、『曝麓(ばくろく)』ヴェスリーってンだ。

 一応副大将っつー肩書きは持ってっけど、まァ実質教育司令官だからよ、気軽に名前で呼んでくれ」


さて、皆さん。ここでシンキングタイムと行こうか。

初対面の壮齢の男性に早まって斬りかかってしまう

→しかも私は魔法の基礎を教えてほしいと総大将やイラヴェントに頼み込んでいる

→いきなり名前で呼んでくれ宣言

→??? 


二項目目までを見たら、私犯罪者になる為に魔法学ぶみたいじゃね? 普通怪しむくね? 

ていうか、未歌さんが制止しなかったらあの人死んでたんじゃね? 


なのに名前で呼べとかフレンドリー過ぎるというか、まるで死刑執行の前に家族に合わせる処刑人みたいな……。

……なるほど、私は今から処刑されるのか。

この人副大将って言ってたし。副大将っていう偉い地位に居る人に殺る気満々で襲い掛かったんだから、そりゃ殺されるわな。

さようなら、私の人生。

短かったけど、楽しかったよ――。



「いや、何でそうなんだよ……」



◆◆◆



未歌さんの説明をまとめると、若干白髪混じりの壮齢の男性は〔魔導師事務捜査隊〕エースの一人で、『曝麓(ばくろく)』ヴェスリーさんというらしい。

ぶっちゃけヴェスリーという名前より、彼が所有する魔導法〝毒の(もや)〟ターテングロ、というものが有名なのだとか。

理性より感情で動くタイプらしく、ちょっとしたことでも激昂して他人に掴み掛ることがある為、未歌さんも胸倉を掴みかかられた時に何とも思わなかったらしい。

逆に私が過剰反応した時はビックリした、とのこと。

ヴェスリーさんは謎の思考回路をお持ちの方で、自分に斬りかかった相手に名前で呼べ宣言も特に珍しいことではないという。


それに、何よりも私が驚いたのは、イラヴェントも未歌さんも、果てはヴェスリーさんまで、私が勘違いで斬りかかったことに対してノーコメントだったということだ。

イラヴェントに詳細を尋ねると、元々魔導師を志す人が辛い境遇にあっていたり悲しい経験をしたことがある人ばかりで、ちょっとしたショックで暴れ回る人が過半数を占めているから、もうそんなことには慣れっこなのだという。

流石、エース級にもなると、肝が据わってんな。



「瑞紀ちゃん」


「……はい?」


そんなことを脳内でまとめていると、未歌さんに呼びかけられた。

さっきまでヴェスリーさんと何やら話し合っていたみたいだけど……話がまとまったのかな。

因みに、私のブロードソードの刃を鷲掴みにした為に裂けた皮膚はもう元に戻っており、血の跡も残っていない。

魔力保有量が多ければ多いほど治癒にかかる時間が少なくなるのかな。



「折角だし、隊舎にいるエースを紹介しようか? 丁度今から訓練だし。ここに集まってくるのも時間の問題じゃないかな」


「あ、是非! お願いします」


「まア、先輩の名前も覚えられねェんじゃ話が進まねえからなァ」



横に立っているヴェスリーさんが腕を組んで皮肉っぽいものを飛ばしてくるが、とりあえず無視して、と。

未歌さんの提案はとても喜ばしいものだ。

今のところ、イヴェルさんとイラヴェントと未歌さん、それにヴェスリーさんしか知らないし。

っていうか、エースって何人いるんだろう?



「ん? エース? 何人いるっけ、ヴェスリー?」


「おいおい……総大将ならエースの数くれェ把握してろっての。

 ……俺も含めて、六人だなア。昔に比べてかなり減ったもんだィ」


「そうですね、昔は余るほど居ましたからねぇ」


六人か……結構少ないな。


でも、イラヴェントが昔は余るほど居たって発言している辺り、一時期は二十人くらいエース居たんだろうな。

それもうエースじゃない気がするけど。

そもそもエースの基準ってなんなんだ? ま、いいか。

ド素人に近い私がエースになれるなんてありえない話だし。



「失礼しま――、て、あれ? 総大将?」


「副大将もいるし。何これ、イベント?」


そうこうしているうちに、二人の人影が訓練場に現れる。


二人とも、私の記憶が正しければ会っていないはずだ。

私が会っているのは、今ここにいる三人と、イヴェルさんだけだからね。

それに、私を見て不思議そうな顔してるし。

うん、初対面で間違いないな。



「ちょうど良かった。アールグラス、蒐、新人さん……じゃなくて、研修生の子だよ。きちんと自己紹介してね」


おい、何勝手に入隊させちゃってんだよ。

いやまあ別にいいけど。

つまんない高校生活とおさらば出来るならそれはそれでいいけどさ。


ていうか、ここって研修生を受け入れる姿勢あるのかな? 

普通の人なら魔導師っていう単語知らないし、どうやって隊員募集するんだろ。

中学ん時の職場体験でも候補に無かった気がするし。


ま、いいや。まずはこの人たちに挨拶して、名前を覚えてもらって、あわよくば鍛錬に付き合ってもらうという約束を結ぶことが先決だ。

そういえば、私短編で一度も真面目なモノローグ書いたことないな。

ほぼどうでも良い事メインだし。まぁギャグ路線(予定)だから深く気にすることじゃないか。



「初めまして、羽柴瑞紀です」


簡潔に自己紹介を済ませ、軽く会釈する。

個人的に完璧な対応だと思ったんだけど、まだ足りないみたいで、その二人は次の言葉を待っている様子。

あれ? まだ何か足りないの? 

年齢? 趣味? それとも得意教科とか? ……いや、それはないか。


「……先に僕からしようか。僕は〝琵穹(びきゅう)(かん)〟グルスミンの魔導師、『潮來(ちょうらい)の遂し手』アールグラス・ヴィンゼル。空中機動戦と接近戦が得意なんだ。よろしく」


言葉を詰まっている私に助け舟を出してくれたのは、アールグラス・ヴィンゼルと名乗った男性だった。

深い蒼の長髪を後ろで軽く束ね、背に流している以外に特徴は無く、それさえ無ければどこにでもいる普通の男性だ。

だけど、この人も〔魔導師事務捜査隊〕のエースなんだろう。

いつの間にかイラヴェントが横に来ていて、ボソッと発言した内容を汲み取れば私にだって分かる。


百戦錬磨の投槍使い、か……。

なんかカッコイイな。

男らしく肩幅が広く背も高いが、ゴツさを感じさせない線の細さと整った目鼻立ち。

誰がどうヒネクレて見ても立派なイケメンだ。ジェネスには及ばないけどね。


飾り気の無い銀色のピアスが耳できらりと光っているが、きっとあれは単なる装飾品ではなく魔導端末(デバイス)なのだろう。



「じゃ、アタシね。アタシは微雨壕(ぴうごう)(あかね)。微かな雨の壕と書いて微雨壕ね。

 愛機は〝破滅(はめつ)豪燐(ごうりん)〟アグドザイパー、称号は『破滅の(もたら)し手』。瑞紀ちゃんか、よろしく!」


頬にかかった赤錆色の髪を手で払い、蒐と名乗った女性が元気よく言った。

なんか無駄にポジティブというか、元気過ぎるお人と言うべきか、サバサバした人だな。

きっと思ったことをすぐに言っちゃうタイプなんだろうな。


で、私が気になることはただ一つ。



「あの、蒐さんは日本国籍をお持ちなんですか?」


そう、これだ。

私は元々自分の名前の音を日本語に無理やり当てはめた、所謂(いわゆる)当て字だ。

羽柴瑞紀という漢字表記での名前は偽名に等しい。

本名は――無理やりカタカナに当てはめるのなら――ミズェーリ・ハシェントルという発音だ。

でも、蒐さんはバリバリ日本人っぽい名前の響きだ。日本生まれなのかな?



「ん? アタシの父さんが日本、母さんがサヴィスク島出身なんだよ。

 母さんが非魔法国家の視察――とかいって日本を訪れた際に父さんに一目惚れして、そのまま日本に住み着いちゃって、アタシが産まれた――って流れらしいよっ?」


なるほど、そういうことか。

色々と疑問に思うことはあったけど、ここは流しておいた方が身の為だ。

怒りに狂った破滅の王が如何に恐ろしいか、我が剣王軍は身に染みているからね。


因みに、未歌さんも聞いていないのに理由を教えてくれた。

そういや一切疑問にしなかったけど未歌さんもよく見たら日本語表記だったね。



「でさ、君! 砲撃型志望? それとも、斬撃型? 打撃型志望だったら、アタシこと〝破滅法〟の正統な継承者サマが、直々に業を伝授してあげるよっ?」


「へっ?」


……なるほど、自己紹介の時に蒐さんやアールグラスさんが待っていたのはこのことだったのか。



「……えと、斬撃型志望です。イラヴェントさんの他に斬撃型はいらっしゃいますか?」


その瞬間、空気が凍り付いた。


ここがまるで極寒の山地になったかのように、沈黙という名の吹雪が私に襲い掛かってくる。

怒ると怖い先生が怒った時の緊張感や圧迫感など屁でもない、と思わせられるほど、冷たい空気は重く辛く私にのしかかっていた。


ヴェスリーさんに誤って斬りかかって、未歌さんの説教を喰らった時よりも、気まずい雰囲気だ。

出来ることなら誰かにこの立場を譲って、私はさっさと帰りたい。

帰らせてください。



「……ま、研修生に聞かせるこたァねエよな」


沈黙に耐えきれなくなったのか、ヴェスリーさんが唸るように言った。

未歌さんも怒る直前のような顔を和らげ、アールグラスさんに至っては修羅場にならなくて良かったと安堵の息を漏らしていた。

つられて私も胸を撫で下ろしていると、蒐さんがにこやかに笑いながら肩をバンバン叩いてくる。



「詳しい事情は後からするとしてっ。君、今日から研修生なんだよね?」


そうみたいですね。

いつの間にかそういうことになっちゃってます、はい。



「じゃ、総大将とアタシで隊舎を案内しよっかっ?」


「えっ? なんで私まで……。ま、いいか。楽しそうだし……」


そういう心遣いは嬉しい。嬉しいんだけどさ……。

アンタら訓練する為に、今私がここにいる屋内訓練場とやらに来たんじゃないの? なのに何故すぐやめるようなことするの? 


それに未歌さん。あなたの判断基準は「楽しい」か「楽しくない」なのか。

良くそれで総大将としてやっていけたな。

確かに堅っ苦しくないから親近感を覚えるし、人望も多そうだけどさ。

実力で総大将の座についたのかな? 

後でイラヴェントにでも訊いてみよう。



「是非、お願いします。……蒐さん」


「あっはっは!! さん付けはともかく、敬語はやめてくれっち! 恥ずくてたまんないよっ!!」


「実際、この隊で敬語を使わなくちゃいけないのは総大将とヴェスリーさんだけだったりするしね。部署によって色々規律とかあるけど……」


私にとって尊敬と敬意の対象たるエースの方々にタメ口で接するのは心苦しいんだけど……。


ていうか、そういや一国を統べる王たるローズアグストにはタメ口+呼び捨てだったな。この差はなんなんだろう。


蒐さんに背中をバンバン叩かれるのがそろそろ辛くなってきたし、イヴェルさんの登場を待たず隊舎内案内という流れになっちゃいそうだし、そうなるとかなり時間が無くなるだろうから、質問はちゃっちゃと済ませておこう。


「イラヴェントさん、じゃなかった、イラヴェント、一つ訊きたいことがあるんだけど」


「ん? 何?」


未歌さんと蒐さんが何やら地図みたいなものを広げて話し込み、アールグラスさんとヴェスリーさんは各々訓練に取り組み始めたのは好都合だ。

これなら普通に情報を訊きだせる。



「未歌さんって……強いの?」


正直、こんな質問すること自体イラヴェントにも未歌さんにも失礼極まりない。

それは自分でも思う。


でも、知りたいんだ。魔導師の頂点というものを。

私との実力の差を。



「……〔魔導師事務捜査隊〕隊員全員で総大将一人に総攻撃をかけても、ものの数分で撃沈されるだろうね。勿論、私たちエースも参加して、だよ。

 エース全体のレベルが新星の頃より落ちているってこともあるけど、蒐やアールグラス、イヴェルたちエースが全力で掛かっても、勝てっこないと思う。

 元々魔導師としての素質があるし、魔力量も豊富だし、何より頭が冴えているからなんだと思うんだけど、何より背負っているものの重みが私たちと違うんだろうね」


この隊舎内にいる全ての人間に協力を仰いででも……、か。

いつの時代でも、頂点は遠いもんなんだな。

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