今宵きりのダンス・マカブル Episode03
・3年位前にコープスパーティーを読んで、こういう圧倒的苦境というか、
絶望的状況なのも良いなと思って、今まで設定を温めていたもの。
・原作並みのグロシーンは無いので、ご安心下さい。
・リハビリを兼ねて書いてるので、安直な言い回し、使い回しの表現、
明らかに少ない語彙、等々目立ちますが、暖かくスルーして下さると幸甚です。
・行間中の「◆」は、視点切り替えの合図です。
序盤はそうではありませんが、終盤特にころころ変わるかもです。ご容赦ください。
総文字数は、6537字です。
長いので、作業の合間にでもどうぞ。
暗闇の中で、図書室が静かに佇んでいた。
静寂の帳が降ろされたそこには、数々の書物が整理整頓されて収納されている、年代物のアンティーク調な本棚がある。
それは質素で素朴な印象を抱かせ、来訪者を温かく柔らかく迎え入れていた。
本棚だけが堂々と鎮座している静謐な空間は、常のように静まり返って――『ガタッ!』、静まり――『ガタンッ!』、静ま――『ガタガタッ!』静まり返っていない。
先ほどから、本棚に躓いたり、本を蹴飛ばしたり、姿勢を崩して転んだりする音がひっきりなしに響いている。
騒々しい音を立て続けているその正体は、困り果てたように溜息を吐く壮齢の女だった。
愛嬌に満ちた大きな蒼色の瞳をくりくりと動かして、視覚からの情報を出来る限り獲得しようとしている。
だが辺りは変わらず暗闇の最中。
月の光でも差し込んでくれさえいれば、それを頼りにすることも出来たのだが、いま彼女を包んでいるのは完全な闇だった。
もう一度、風圧の大きな溜息を吐いて、女はへたり込んだ。
ちょうど本の山があったのか、座り心地は大変に悪いが、安全な場所というだけでもかなりありがたい。
「それにしても、さっきの放送……、いったいなんだったんだろ」
茶の長髪を掻きあげて、そうぽつりと呟いた女の名前は、『揆彗の護り手』香高未歌。
『現代三雄士』の一角として、魔導師たちから祀り上げられている英雄である。
魔導部隊の頂点に君臨する部隊〔魔導師事務捜査隊〕の総隊長として皆を統率する、歴戦の古強者なのだ。
しかしそれは、魔力があれば、の話。
未歌も例に漏れず、魔力集束が封じられたブレスレッドを手首につけられていた。
それも重大なニュースなのだが、いま彼女の意識にあるのはそのことではなく、鈴の鳴るような可憐な声で語られた衝撃の事実だった。
「24時間も閉じ込めておく……ねえ。俄かには信じがたいけど……」
〝幻荊の揺り籠〟。
それが、いま〔魔導師事務捜査隊〕の面々を拘束している現象の名前らしい。
響きからして魔導法か、とアタリをつけるものの、歴戦を潜り抜け、数多の魔導法に対処してきた未歌と言えど、そんな名前は記憶にない。
もちろん、聞いたことも見たことも無かった。
「あの子……。この空間のどこかにいる私を倒せば開放してくれるって言ってたけど。
あっちは魔法が使えて、こっちは魔法を使えない。多人数で圧殺した方が得策かな」
さらりと物騒なことを言い放った未歌。
その殺気を受けて、何処かで身を潜めている元凶の背筋に、悪寒が走ったのは余談である。
「ここにいちゃいけない気がする、なんとなくだけど。
ここは暗いけど、移動したら明るい所に着くかも。……動いた方がいい、よね?」
誰に確認する訳でもないが、独り言で気を紛らわせるしかない。
とりわけ大きな声でよし、と気合を入れて、彼女は立ち上がった。
両手を突き出し、障害物がないか触って確認しながら、足音小さく歩き出す。
そろりそろりと足を持ち上げ、先のような本の山が無いか入念にチェックしたうえで踏み下ろしていく。
亀の歩みとどっこいどっこいのスピードだが、確実性を期すためなのだからしょうがない。
うっかり本棚にでも躓いて、本棚を倒れさせでもしたら大変だ。
どこに危険が潜んでいるかもしれぬこの空間で、無闇に音を立てるのは愚策である。
抜き足差し足でそうっと探索するうち、映画のスニーキングミッションのような心境になってきたのか、
未歌は双眸をきらきらと輝かせながら、知らず知らずのうちに息を潜め、役者になり切っていた。
その時である。
「誰か、そこに……いるのかい?」
「うわひっ!?」
艶がかった女の声が聞こえ、びくりと肩を震わせる。
総隊長らしくない情けない悲鳴をあげてしまったが、この暗闇の中では人相どころか背丈すら見えない。
向こうからはこちらが誰だか分からぬはず、大丈夫だろうと高をくくった未歌の前で、淡いオレンジ色の光が瞬いた。
「うにゃん!?」
真っ暗闇の中で突然光明が走ったせいで眩しかったのか、猫が威嚇するような声をあげて、未歌は思わず後ろへ飛びずさる。
しかしそのオレンジ色はぴくりとも揺らがず、ただじっと暖かい光を周囲に届けていた。
だんだんと光に慣れ、ぎゅっと瞑った瞼をゆっくりと開くと、弱々しい笑みをたたえながらこちらを見つめる妙齢の女がいた。
歳は二十、いや、三十程度であろうか、勝気に吊り上がった眉を顰め、心配するような目線を寄越している。
「だ、だれ……?」
そう問うたのは未歌である。
その女は、もう答える余地がないとばかりに首をふるふると横に振り、ただ黙って光を差し出した。
あっ、とその光の正体に気が付いた未歌は、丁寧な仕草でそれを受け取る。
それは片手で足りるほど小さな懐中電灯。
光量は心許ないが、暗闇の中を探索するよりは幾らかマシだろう。
「これ、くれるの……?」
「ああ……もう、あたしには、必要のないものだから、ね……」
消え入りそうなほど小さな声で、女はそう呟く。
「どういうこと?」
未歌は冷静に尋ね、そしてその女から、大体の情報を受け取った。
◆
「なあ~んだね、チミたち。いったい何があったのさー?」
飄々とした声で、そう尋ねるのは『破滅の齎し手』微雨壕蒐。
実体を伴っているものならば、分子レベルで分解できるという恐るべき破壊の力〝破滅法〟の正統な継承者である。
己の魔力を縛るブレスレッドを忌々しげに睨みつけていたが、凄まじい騒音と共に転がり込んできた二人が
知りあいだと気付くと、空気を得るべく俯いてはあはあと息を荒くしている二人の顔を交互に覗き込んでいた。
「げほっ、はあ、はあ……。ん、は、はあ……! 蒐、無事だった?」
胸を手で抑え、やや苦しくしているイラヴェントは、真っ先に親友の無事を尋ねる。
蒐は元気よくぶんぶんと首を縦に振ると、今度は瑞紀の方に目を遣った。
「大丈夫かい、ミズキチ? 背中ぽんぽんしてあげよっか?」
温かい言葉と共に背中を撫でようとするも、暗闇のせいでどこにいるのか分からない。
すかっすかっ、と手はしばらく空を切った。
やがて虚しくなったのか、蒐はそっと手を後ろで組む。
「あ、蒐……、さっきの放送、聞いた?」
「うん、まあ、大体は。あれ、チミたちも聞いてたんじゃないの?」
「確かに声は聞こえてたけど、それどころじゃなくって……」
尚も息苦しくしている瑞紀の横で、先に呼吸を整えたイラヴェントと蒐が会話している。
不思議そうに首を傾げる蒐のために、イラヴェントは事の次第を説明した。
瑞紀とイラヴェントは最初から二人でいたこと、打開策を講じていたら廊下から物音がしたこと、異端者に襲撃されたこと。
そして、異端者は魔法を使えたこと。
「……ふーんふん。な~るほど? つまり、その異端者ってのが件の元凶なんだよっ! うん、謎は全て解けた!」
彼女はびしり、と勢いよく虚空に向かって指を突きつけ、高らかに宣言する。
それを宥め、イラヴェントは冷静に見解を述べた。
「いや、それは流石に違うと思う。だって、異端者は放送の直前に現れた。
決め付けたい気持ちは分かるけど、いくらなんでも時間軸が合わないよ」
「そ、そっか~。そういえば、魔法で撃たれたトコ、大丈夫なのっ?」
ゆらゆらと身体を揺らし、心配する素振りを見せる蒐。
イラヴェントは指摘されて初めて気が付いた、と言わんばかりに、怪我をした方の手を開いたり閉じたりして確かめる。
違和感はない。
空いた穴は、綺麗に塞がっていた。
「うん、大丈夫だね。魔力が尽きない限り、いくらでも身体は再生できるみたい」
「過信は禁物だねっ。だって、魔力補給ができないんだから。魔力が尽きたら、その時は死ぬ時だ、って胸に刻みつけとかなきゃ!」
魔導師の身体には、血液を通す管、通称血管とは別に、もう一つの管がある。
魔力路と言い、読んで字の如く魔力の通り道だ。
これが切断されたり消失されたりした場合は、脳や心臓といった魔力の供給源から魔力が運搬され、魔力路は復元する。
その過程を外から見たら、まるであたかも身体を再生させているかのように見える、という訳だ。
「あ、あの……一つ、良いですか?」
「むん? なんだいっ、ミズキチ?」
「あの……蒐さん、あの放送、なんて言ってましたか?」
「ああそれ、私も気になってた。教えてよ、蒐」
「なんだいなんだい、二人揃って蒐さんを頼りにしてっ! 照れるじゃないか~」
能天気にころころと笑う蒐の頭へ、驚くほど的確にチョップが直撃した。
暗闇の中であるのに、恐るべき命中力である。
その痛みにしばし悶絶した後、打って変わって真面目に彼女は説明を始める。
「ええと、この空間は〝幻荊の揺り籠〟っていうらしいんだってっ。
んで、これは対象者を24時間閉じ込めておくらしいんだけど、一度閉じ込められたら自力での脱出は不可能。
だけどそれじゃあつまんないから、この空間のどこかにいる元凶さんを倒せば、解放してあげるっ! ……だったかな、確か」
「なにその、〝幻荊の揺り籠〟って。魔導法?」
「っぽいよねえ。聞いたことないけど」
こちらも同じく、聞き覚えがないらしい。
しかし、一人考え込んでいた風の瑞紀が、すっと手を挙げた質問の体勢を取った。
だがこの暗闇では、誰がどんな行動をしようが、音を立てない限り気が付かれない。
仕方なく、小さく咳払いをして二人の注意を惹いた。
「あの、24時間閉じ込めておくって、何の意味があるんでしょう」
彼女の疑問は最もである。
殺したいのならばさっさと殺せばいい。
魔力が封じられている今、彼女たちは歴戦のエースという肩書きを持ったただの一般人だ。
いかな力の弱い魔導師とて、殺すのは容易いだろう。
利用したいのなら存分に利用すればいい。
そうできるだけの力を持っているはずである。
ただ24時間閉じ込めて、放置しておく意味が分からなかった。
「確かにねえ……。丸1日拘束されるってことだよね。
〔魔導師事務捜査隊〕のエース陣は粗方ここに連れてこられてるみたいだし、
有能な人材をここに集めといて、その隙に外の世界でテロとか起こすとか?」
「え~~、そんなんだったらツメ甘すぎるよっ! アタシ達はすっごく強いけど、他の隊員たちだって優秀だよっ。
もしそれが目的なら、隊員全員連れてこなくっちゃ!
それに魔導部隊は〔魔導師事務捜査隊〕だけじゃないしっ?何かあったら他の部隊が出動してるって~!」
「解放条件だけやけに具体的なのが救いかな。
でも、あの子は自分のこと弱いって言ってたみたいだけど、これだけ大規模な空間を形成して、
これだけの大人数を長時間閉じ込めておく結界を展開できるくらいだから、言うほど弱くはないよね。気を引き締めなきゃ」
「楽観もダメだけど、悲観しすぎるのもチミの悪い癖だよ、イラヴェント!
フィルナみたいに、補助魔法に特化――とりわけ、結界魔法だけに特化している可能性もあるじゃないか」
先輩二人が喧々諤々と議論をしている。
エースとして長らく活躍している二人にすら〝彼女〟の真意にとんと見当がつかないのだから、若輩者である瑞紀には口の挟みようが無かった。
ただ、蒐と合流できた幸運を、ぐっと噛み締めるのみ。
◆
「くしゅんっ!」
誰かに噂された気がして、可愛らしいくしゃみをするのは、『昏焔の統し手』フィルミーナ・ベーシィフルーラ。
頭頂部は色鮮やかな金髪だが、毛先に近付くにつれ茶色がかっていく髪が特徴的な、若きデバイスエンジニアである。
戦場でも〝翳繰り〟ケープリアナという絶技を繰り出し、支援型として幅広く活躍している魔導師だ。
「か、風邪でしょうか……」
寒気を感じて、思わず己の身体を搔き抱く。
確かに彼女には、明確な危機が迫っていた。
ここに来てからも、先の放送があってからも、彼女はこの小部屋から一歩も動いていない。
暗闇が怖いからという子供染みた理由からではない。
扉の前で、人がうろつく気配が絶えずしているからである。
こちらに気が付いている様子はないが、油断は禁物だ。
足音の癖からして、行き来しているのは一人である。動物園の熊のように行ったり来たりを繰り返しているようだ。
放送の声の言うことを信じるならば、〔魔導師事務捜査隊〕の面々がいるそうだが、扉の前の足音は絶対に彼らではないと断言出来た。
いくら好意的に捉えても、仲間を探して探索しているような足音ではない。
そもそも今いる場所すら特定できない限り、無策に動くのはあまりにも無謀すぎる。
せめてこの部屋でも探索出来れば、と口惜しい気持ちでいるのだが、物音を立ててしまったら一巻の終わりだ。
音の反響具合を聞く限り、大量の遮蔽物があるらしいのでその翳を操って攻撃を仕掛けることも可能だが、どうやらここでは魔法を使えないらしい。
結果、彼女はここから一歩も動くことが出来ずにいたのだ。
(はあ……今頃、皆さまはどうしているのでしょうか)
ぎゅっと己の身体を抱きしめ、恐怖に耐える。
せめて自分に出来ることがあれば、と思案するものの、立ち上がることすら出来ない自分には何の役にも立たないことは明白だった。
(せめて、無事でいますように……)
ただひたすら、彼女は仲間の無事を願う。
そんな彼女の前で、突然に、唐突に、目の前の扉ががらりと開いた。
「――――ッ!」
◆
「気を付けるんだよ、あんた……。ここは、危険が……たくさんだ」
その言葉に、未歌は真剣に頷いた。
「生気のない、魔導師たちが……外を、うろうろ、してる……。
あんたは魔法を、使えないかも……しれないけど……、あいつらは、使えるから……」
「わかった。ご忠告、ありがとう」
「でもね……あたしみたいに、まだ生きてる探索者は、まだ、生気を、保ってる……。そのことを、お仲間に、伝えてやんな……」
長々と未歌にこの現状を説明して疲れたのだろう、女はゆったりと瞼を閉じて、身体を横たえた。
「あなたは、まだここにいますか?」
「ああ……いるともさ。でも、もうじき、あたしはゲームオーバーさ……。
あんたがまた……ここへ、来た時……生きている保証は、無いよ……」
自嘲的な笑みを浮かべ、笑いながら眠る女。
未歌は灰色の頭頂部をしばらく見つめていたが、やがて決意したように歩き出す。
たった今、女から得た情報を、皆へ伝えるために。
受け取った懐中電灯で足元を照らし、慎重に歩を進める。
こつ、こつ、とヒールの音が、図書室に優しく響いていた。




