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絶海の孤島と魔導少女 -短編集-  作者: 羽柴和泉
今宵きりのダンス・マカブル
2/21

今宵きりのダンス・マカブル Episode02

Attention


・3年位前にコープスパーティーを読んで、こういう圧倒的苦境というか、

 絶望的状況なのも良いなと思って、今まで設定を温めていたもの。


・原作並みのグロシーンは無いので、ご安心下さい。


・リハビリを兼ねて書いてるので、安直な言い回し、使い回しの表現、

 明らかに少ない語彙、等々目立ちますが、暖かくスルーして下さると幸甚です。


・行間中の「◆」は、視点切り替えの合図です。

 序盤はそうではありませんが、終盤特にころころ変わるかもです。ご容赦ください。


総文字数は、5905字です。


長いので、作業の合間にでもどうぞ。

長く広い廊下を、一人の青年が心細げに歩いていた。

右手に持つ懐中電灯を左右に揺らして、足元の安全を確認しながら、一歩一歩確実に踏み出している。



「さっきからずっと歩いているけど、誰とも会わない……。みんな、一体どうしちゃったんだろう」


紡ぎ出された声は震えていて、この暗闇の中長い間孤独だったことを物語っていた。


不安げにきょろきょろと周囲を見渡す彼の名は、『潮來(ちょうらい)の遂し手』アールグラス・ヴィンゼル。

24という異例の若さでありながら、数々の激戦を勝ち抜ける幸運に恵まれ、〝百戦錬磨の投槍使い〟と謳われる実力を保持する青年である。

常に温和で紳士的な彼だが、この時ばかりは彼らしくない乱雑な所作で蒼色の髪をがしがしと搔き、全身全霊で困り果てていることを表現していた。



「頼りのグルスミン氏もいないし……自分で何とかしないとだな……」


彼の耳には、いつもそこにある魔導端末(デバイス)、〝琵穹(びきゅう)(かん)〟グルスミンの姿はない。

年端もいかぬ少年だった頃から、四六時中共に在った相棒が居ないということに、アールグラスは表現しきれない程の寂寥感を抱く。


しかし現状に嘆くばかりでは、事態は好転しないということは彼の経験上明白な事実である。

いや、人生経験の乏しい一般人にすら刷り込まれている知識だろう。



「しっかし……異変発生時に魔力反応は感じられなかった……。

 いや、このブレスレッドの効果を鑑みる限り、既にその頃から魔力を感じられない枷を課せられたと考えるのが妥当か?」


魔法は使用出来ないこと、魔力を集束することすら出来ないことは既に確認済みなのか、淡々とした語り口で現状を振り返る。


依然として探索の足は止めぬまま、彼はぶつぶつと小声で考察しながら歩いていく。

懐中電灯があるとはいえ、その光は気休め程度という表現が正しいほど小さく、自身の足元がようやっと確認出来る程度である。


エースとして活躍の華を咲かせ、窮地を潜り抜けてきた彼といえども、魔法が一切使えない環境で暗闇の最中を彷徨うというのは流石に心細いのだろう。

そんな絶望的な状況の中で、ぶつぶつと考察紛いなことを呟くのは、多少なりとも胸中の不安を拭える彼なりの打開策なのだ。

結論が得られることを目的としていない、ただの自己満足の呟き。

それでも、口に出すことで気が紛れるのか、緊張で強張っていた彼の顔は、平時の冷静さを取り戻したかのように見える。



「この日は……先日解決した魔導事件についての報告書をまとめる予定があったと思う。

 それに、さっき確認した通り、異変発生時に魔力反応は感じられなかった。

 突然視界が暗転して、高所から落下した衝撃を受けて、それだけ……。

 調理場のようなところに出てきて、机の上に光を放っている物体があったから、それが懐中電灯だと認識して、手に取って……。ああ、そうだ」


何かを思い出したのか、彼はごそごそと己の懐を探る。

目的のものは割と早く見つかったのか懐から素早く引っ張り出し、懐中電灯を脇に挟み両手でそれを広げる。


どうやらそれは紙切れのようで、何事か文字が書かれていた。

懐中電灯で照らし、文章を読み上げる。



「ええと……これは懐中電灯のすぐ近くに置かれてて……なになに……

 『後の犠牲者へ捧ぐ、気休め程度にしかならないが、それでも無いよりはマシだ』……犠牲者?」


言葉の意味は理解している。

だが、この状況でその言葉は理解できない。


魔法が使えない自分に、今出来ることは手探りでの探察のみ。


どこへ行っても暗闇しか続かないこの空間や魔導師の力を制限するブレスレッドなど不可解なことばかりだが、

死の危機に瀕しているということではない。

自分の場合は懐中電灯があったので僥倖だったが、しようと思えば闇雲に探索することだって出来る。


それに何より、行動に色々と制限はあるが身体的な不自由が一切ない。



「……だけど、このメモを書き残した人にとっては、『自分は犠牲者である』と確信せざるを得ない状況に遭遇していたのかもしれない……。

 生死に関わるようなことは無いかもだけど、危機的な状況であることには変わりない。用心しなくちゃな……」


懐にメモを戻し、再び探索に戻るアールグラス。


扉に出会うたび、十分な警戒態勢を取ったうえで横開きのそれを開けるが、特に変わったものはない。

この空間に迷い込んだ際、調理器具など料理用の設備が整っていたことから、レストランか何かかと当たりをつけたものの、

フラスコやビーカーが陳列する実験室だったり、裁縫道具がずらりと鎮座する部屋だったりで、ちぐはぐな印象を受ける。


もしやこれは探索者が持つ記憶の寄せ集めから形成された空想空間なのか、と彼は軽く推察していた。



「うーん、ここは一体どこなんだろう。ああ、考えるべきことが多すぎて、まとまらないや……。

 この異常事態は先の魔導事件と何か関連性があるのか、あのメモは額面通りに受け止めて良いのか、そしてこの空間は一体どこなのか。

 ……あと、〔魔導師事務捜査隊〕のみんなを始めとして、他の人に全く出逢わないってのも気になるなあ……」


顎に手を添え、俯き加減で真剣に考察をし始めた彼は、気が付かなかった。

先のように懐中電灯で慎重に足元を照らしながらであればすぐに気が付いたのであろうが、不運にも懐中電灯は所在無さげに脇に収まっている。


ガツン、と何か固いものにぶつかった衝突音が廊下一体に響き渡った。

アールグラスにもその衝撃が伝わったのか、驚愕の余り大きく後ずさる。


「な、なんだっ!?」



そのまま数歩ほど後退し、十分な距離を取った彼は、恐る恐る懐中電灯で、自分が躓いてしまった異物を照らす。

心許ない光でも、それの正体は早く突き止めることが出来た。


胎児のような体制で蹲っている人間、それが先程アールグラスが躓いた異物の正体だった。



「え、え~と、大丈夫、ですか……?」


足で蹴り上げられたというのに、その人間は微動だにしない。

どころか、蹴られたことにすら気が付かないようだった。


元来が心優しい性格で、困っている人を見過ごせないアールグラスは流石に心配になって、若干震え声ではあるが気遣う台詞を掛ける。

しかしピクリとも動かない。



「ハロー? 聞こえてますか?」


そう言いながら、おっかなびっくり近付いて、より詳細な情報を得るべく懐中電灯を動かす。


その人物は、単刀直入に言うなら()()()()()


瞳孔が開き、唇を弓なりに引き絞っている、形容し難い恐怖に必死で耐える形相を、顔全面に貼り付けたまま。

だがアールグラスが声を掛けると、口がゆっくりと開き、やがて浅い呼吸が聞こえてきた。


だからと言って生きている訳では決してない。

言うなれば、魂だけが抜き取られているような……。


今ここにいるのは抜け殻でしかない、そう思わされるほど奇妙だった。



「ああ……ああ? 俺は……、ああ、そうか……そうか…………」


当の本人も自らの現状を理解していなかったのか、何が何だか分からないという様子だったが、やがて納得したかのように頷いた。


消え入るような声で、何度も、そうか、そうか、と繰り返す。



「あなたは? どうしたんです?」


この人は助からない。


残酷な現実を受け止め、アールグラスの思考はこの人間を助けるという感情よりも、己が助かるための情報を得るという合理的な方向へ切り替わった。



「へへ……アンタは……百戦、錬磨の……。アンタに比べりゃ……俺なんて、ただの、一介の……魔導師だよ……」


覇気のない声で、訥々と語る男。


その内容を聞き逃すまいと、アールグラスは黙って聞き入っていた。

膝を折り、蹲っている男と目線を合わせる。


「で……アンタが、次の、犠牲者って訳か……。へへ……アンタほどの、強者が、ねえ…………。

 大丈、夫だ、アンタならきっと、きっと……俺達の無念を晴らしてくれる……」


「犠牲者? 犠牲者とは、何ですか?」


「へ、へへ…………心配、しなくたって……。見た感じ、ここに来た、ばっかだろ……アンタ……。

 すぐに、性悪女からありがた~い、演説が聞けるぜ……。

 なあアンタ、頼むよ……、あの、あの糞女、ぶん殴っちゃあ、くれねえか……。

 アンタなら、きっと、きっと、出来るはず、だからよ……」


全く動かない表情で、口だけを必死に動かして、そう懇願する男の声は、段々と語尾が小さく、か細くなっていく。


性悪女?と更に聞き返そうとしたアールグラスの前で、男が突然痙攣を起こし始めた。

そのうち雷に打たれたのような強い衝撃が身体に奔ったのか、びくんっ!と決して小さくはない身体が大きく跳ねる。

名残のように暫くぴくぴくと引き攣りを起こしていたが、ぷつりと糸が切れたように動かなくなった。


今度こそ、本当に死んだのだ、とアールグラスは直感的に悟る。

その場で祈りを捧げ、死者を弔った。



「……犠牲者、か……」


これは本格的にまずそうだ、と彼の本能が警鐘を鳴らす。


一介の魔導師だというこの男には悪いが、こんなところで油を売っている暇はない。

アールグラスは心優しく、温和で紳士的な青年であるが、些かドライな面もあるのだった。


すっくと立ちあがり、今まで通り探索を続けようとした彼の耳に、耳障りなチャイム音が響く。



「っ!?」


まさか、あの男の言っていた〝性悪女〟か――、と警戒レベルを最大にまで引き上げたアールグラスの耳に届いたのは、拍子抜けするような可愛らしい声だった。

まるで鈴の音を振るような、可憐な少女の声。



『まいくてすと……まいくてすと……えー、えー、聞こえてますか?』


それと、かなり舌っ足らずな声で、彼の第一印象は〝幼稚〟だった。


その余りの幼稚さに、何の真似だ、と平常の彼には似合わぬ怒号を響かせようとしたが、

この放送はテレビ電話のような相互的な通信ではなく、ラジオなどの一方的な発信だと気付き、大人しく口を噤む。


相手に伝わらない以上、ここで何を叫んでも無意味だ。

ましてや、相手の言葉を聞き漏らしでもしたら生死に関わるやもしれない。

怒りの沸点が低い彼であっても、流石に堪忍袋の緒が切れそうであったが、必死に理性がそう抑え込んだ。



『え~~、〔魔導師事務捜査隊〕のみなさま、ようこそ〝幻荊の揺り籠(ロイヤル・ガーデン)〟へお越し下さいました! 

 まずは歓迎の意を表して、軽~くルール説明をさせて頂きます!』


朗々と響き渡るその声に、



「ルール説明? は、一体何のことだよ……」


「しっ! お黙り、聞こえないでしょ!」


「いや、ミヤラの声の方がうるせえ……」


その場から一歩も動かず軽口を叩き合っていたレオとミヤラが、



「い、いたた……。え、ルール、ルールってなに?」


落下した衝撃で本棚が振動して雪崩が起きたのか、本の山に埋もれて苦悶の表情を浮かべる未歌が、



「いったい、どういうことでしょう……」


どこか狭い部屋で、心細げにぎゅっと胸の前で両の手を握り、小さく震えているフィルミーナが、



「こりゃア、唯事(ただごと)じゃねぇみてェだな……」


「ほう? そんなことは最初から分かっておろう?」


広間のような場所で、周囲を探索しながらヴェスリーとイヴェルが、



「ううむ? 次から次へと不思議な現象が起きるなあ……」


何も出来ないという鬱憤(うっぷん)を晴らすために、延々と壁を殴っていた蒐が、



「はあ、はあ……! こ、こんな、時に……」


「瑞紀! 喋ってる、暇、ない、走ろ!」


異端者の襲撃から逃れるべく全力疾走している瑞紀とイラヴェントが、



それぞれ別の場所で、不穏な空気を感じ取っていた。




『ん~~? 一部、この放送を聞く余裕がない人たちもいますが……まあ、いいでしょう。

 では改めてルール説明です! 端的に言うなら、私の〝幻荊の揺り籠(ロイヤル・ガーデン)〟は、24時間もの間貴方がたを閉じ込めておく揺り籠です!』



『その揺り籠の中で、貴方がたはこれから、必死にもがき、あがき、そして苦しむのです!

 ――かつての犠牲者たちのように!』



『ここに閉じ込められたが最後、残念ですが貴方がたに脱出の術は残されていません! 

 絶望に顔を歪めて、無様に死んでいって下さ~い!』



『でも、でもですよ? 一方的に閉じ込められて、そして死ぬだけだなんて、可哀想じゃないですか? 

 だから、私、ここから逃げ出せる手段を提示してあげます! きゃ~! なんて親切なのかしら! 


 それで、ええと、自力で脱出は不可能ですが、この空間のどこかにいる私を倒せば、無事ゲームクリアとなって、脱出できま~す! 

 ま、いくらエースだ何だと持て囃されていても、魔法が使えなければただの無力な人間……。

 私、魔導師としてはかなり弱い部類に入るのですけれど、こんな私にすらやられちゃうかもです! は~、なんて屈辱でしょう!』



『という訳で、ルール説明、終わりー! 

 あとはせいぜい、自分達だけで頑張って下さいねー!』



鈴の音が鳴るような可憐で可愛らしい声だったが、なぜあの男が〝性悪女〟と評していたのか、

なんとなく理解出来るような気がしたアールグラスは、あの女の発言で〔魔導師事務捜査隊〕の面々は必ずこの空間にいると確信し、合流の為の一歩を踏み出した。

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