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絶海の孤島と魔導少女 -短編集-  作者: 羽柴和泉
すみれ色の恋模様(完結)
19/21

想いが通じ合った、その後のおはなし

Attention


・2017年5月28日に投稿したものを、再投稿したものです。


・未歌さんと紗重さんのギスギス書いてたら、ほのぼのも書きたくなった、というくだらない理由で筆を執るに至った短編。


・時系列的にはアールグラスがミヤラに告白する短編の、その直後の話。


・最近文豪の本読めてない……。読まねば。


・視点がコロコロ変わるので、間に補足入れました。


・息抜きで書いたので超ご都合主義、やまなしおちなしいみなしです。



総文字数は、9,333字です。

だいぶ長いので、作業の合間にでもどうぞ。

太陽が傾き、黄昏(たそがれ)色に染まった建物。


それは質実剛健(しつじつごうけん)なコンクリート建築であるが、バルコニーなどには装飾的な意匠が施されており瀟洒(しょうしゃ)な印象を抱かせる。

実用性と芸術性を兼ね備えた、だが決してちぐはぐではない見事な調和の上に成り立った建物は、我らが〔魔導事務捜査隊〕の隊舎である。


その隊舎内唯一の休憩室にて。

セバイル新人班の反省会と称して会合をするのが彼らの常であり、今日も各々飲食物を持ち寄り、雑談に花を咲かせていた。


会話の話題には困らない。

何せ変人揃いの〔魔導師事務捜査隊〕。

誰がどこで何をしたのか、という他愛無い伝聞でさえ笑い話に昇華される。


ただ、本日の話題はどうやら違ったらしい。


「で、どうよミヤラ。最近の進展は?」


缶ジュースを持っていない方の手をミヤラの肩にもたれ掛からせ、頬同士が触れ合う程顔をぐっと近付けて、絡み酒の体制を取る瑞紀。

もちろん酒など煽っていないのだが、端から見れば立派な酔っ払いである。


ここで仕事の話と勘違いできるほど、ミヤラは鈍感でいられなかった。

()()()を持ち掛けられる時は決まってこの姿勢であるから、嫌でも察するしかない。


「まーたその話? 一昨日も言ったばかりじゃない、ここをどこだと思ってるの。

 本来なら戦場に匹敵する場所なのよ? 対悪夢師戦の最前線と言えるべきこの場所で、呑気に恋愛できる訳ないじゃない」


「いやいや、流石に私もそこまでの進展を期待している訳じゃないよ。

 ミヤラはともかく、アールグラスさんは前線で活躍するエースだしね?」


ミヤラが答えながら邪魔だとばかりに瑞紀の顔を押しやると、即座に離れた瑞紀はそう諭す。

意外な返答に、ミヤラは何が言いたいのかと眉を顰めることで言外に伝えた。


同時に(すみれ)色の双眸(そうぼう)を未だ何も発言していない同僚に見やる。

鋭い視線を差し向けられた彼は、流石の俺も瑞紀の意図は察しかねる、とばかりに自然な動作で肩を(すく)める。

どうやら何も知らないらしい。


全て無言で済まされたコミュニケーションを見て、感慨に浸った瑞紀は同じく無言のままでいたが、やがてゆっくりと口を開いた。


折角(せっかく)両想いになったのに、片想いの時より会話や接触の量が減ってるってどういうことなの、ってことだよ」


これじゃあ勇気を出して告白してくれたアールグラスさんが可哀想じゃないか、とわざとらしく大袈裟な手振りをして悲嘆に暮れる彼女を、ミヤラはジッと見つめていた。

何をふざけたことを言っているのよと照れ隠しに激昂(げっこう)することも、確かにそれもそうだと素直に指摘を咀嚼して納得する素振りも見せず、ジッと。

まるで、全ての感情が抜け落ちたかのように石化していた。


瑞紀とレオはこの反応にほとほと困惑した。

初めて見る反応にどう対処していいのかと戸惑っている訳ではない。

むしろその逆で、何度も繰り返し見た彼女の反応に、またこれかと諦観(ていかん)の域に達しているのだ。


「ダメだコリャ」


興味対象をミヤラからジュースの中身に移した瑞紀は、ふうと溜息一つ漏らし、椅子の背凭れに体重を掛けた。

チラとレオを流し目で見つめ、瞼を数回瞬かせることで雑談の終了を知らせると、腰ポケットから取り出した音楽プレーヤーのイヤホンを耳穴に詰めたかと思うと、鑑賞に没頭する。


あっという間に一人現世に取り残されたレオは、やれやれと軽く首を振った後、シャワーを浴びて来るという書置きを残してその場から立ち去った。

こんな状態のミヤラと二人きりで残すのか、と非難がましい目線が寄越された気がしたが、それを言うなら最初に(さじ)を投げたのはお前だろと心の中で反論し、足音高めに退散する。



【レオside】


俺が(からす)の行水のようなシャワーを終わらせ、行きたくないと渋る気持ちを押さえて休憩室に帰還する。


場の状況が膠着(こうちゃく)してしまい、閉鎖空間かと錯覚するような重苦しい雰囲気は、上官の存在というイレギュラーによって多少緩和していた。


「ヴェスリー訓練司令官! お疲れ様です!」


首に掛けたままだったタオルを俊敏な動作で取り払い、同時に素早く敬礼をする。

上下関係に比較的緩い〔魔導師事務捜査隊〕と言えど、最低限の敬意は上官に払わねばならない。

とは言っても、俺はヴェスリーさんを心から敬服しているから、所作に魂がちゃんと籠っているんだけどね。


「おぅ、レオ。シャワー済ませてきたのかィ」


「ええ。夜の訓練に備えて、万全を期すため身体の清浄と疲労の解消を行っておりました」


ただでさえ不機嫌そうに眉根に(しわ)を寄せている彼が、仁王立ちで腕組みをしている。

初対面だったら何か逆鱗に触れるような行動をしてしまったかと委縮してしまうところだが、俺はここ半年の付き合いでこれが彼の常であると脳髄に叩き込こんでいた。

大した動揺もせずに返答すると、彼はその訓練のことなんだがよォ、と切り出す。


「あンのダメガネがよォ、提出期限が間近に迫った書類を溜め込ンでやがったんだ。

 ここまで言やァ大体は察すると思うが、それのヘルプに駆り出されちまったからよォ、夜の訓練は中止だィ」


「えっ!?」


普通ならば喜色の叫び声をあげるべきところだが、瑞紀は世界の終わりのような絶望の声を上げていた。

セバイル新人班とヴェスリーさんの模擬戦をやるということで、久々に練習の成果が発揮できると意気込んでいた瑞紀のことだ、突然の中止は腑に落ちないのだろう。


だとしてもヴェスリーさんを追及するのはお門違いというものだ。

責め立てるべきは事務仕事を溜め込んでいた総大将であり、手伝いに駆り出される彼ではないのだから。


「もしかして、今夜はエース陣みんな、書類仕事にかかりきりってことですか?」


驚愕の余り茫然としていた瑞紀が、数秒の間を置いて我を戻しそう問いかけた。

どうしよう、ヴェスリーさんの返答はともかく、それを受けて出る彼女の二の句が、容易に想像できてしまう俺がいる。

イエスと答えたヴェスリーさんに、予想通り何か言おうとしている瑞紀の口を素早く手で塞ぎ、俺は簡潔ではあるが決して非礼には当たらない別れ文句を告げた。


この〔魔導師事務捜査隊〕の厳しい階級制度の中で下の下に当たる俺たちへの連絡事項など、その辺にいる事務官をとっ捕まえて伝達させればいいのに。

副将という高位な立場にありながら、些事ですら己の身でこなす彼はとても律儀で真面目だ。

そんな彼を、俺は先の通り心より尊敬しているから――だからこそ、この場からは早々にご退場頂く。


この後の展開は分かり切っている。


ただでさえ激務に追われているヴェスリーさんに、俺たちのつまらない押し問答を見せて、時間を浪費させる訳には行かないのだ。


「つうことだから、悪ィな、羽柴の嬢ちゃん。また今度、な」


場の状況と俺の強引な別れの切り出し方から、同じく察したのだろう。

ヴェスリーさんは眉尻を下げて申し訳なさそうに言い、それに対して瑞紀もはい!と二つ返事で了承する。


彼の後ろ姿を見届けた後、示し合わせたかのように、二人揃ってミヤラの方を振り向いた。


未だ石化したままの彼女を説得し、行動を差し向けさせ、実際に彼女が完遂に至るまでに仕事が終わっていなければいいが、と一抹の不安を抱きながら。



【ミヤラside】


『折角両想いに漕ぎ着けたのに、片想いの頃より接触が減っているのはどういうことか』


ほんの数分前に言われた瑞紀の言葉が、いつまで経っても頭の中を支配する。

私の残念な脳はその言葉を反芻(はんすう)するばかりで、考慮することを放棄していた。


想いが通じ合ったという幸福感と、全てが満たされた充実感に揺蕩(たゆた)い続けて、あれから何日経っただろう。


何も知らぬままだった瑞紀が経緯の説明を、

事情は把握しているらしいレオがその後の進展を、

それぞれ私に問うたけれど、納得のいく説明と報告を何一つ出来ていない気がする。


――本当は、分かっているのだ。

このままでいいわけがないということを。

想いが通じ合った、やったーと子供のように喜んでいる場合ではないのだと。


そのことを指摘され、常ならば図星を突かれた時の如く、激情に任せて口泡を飛ばして反論していただろう。

反論と言えば聞こえはいいが、実際は逃避する理由を言い訳がましく並べ立てるだけだ。


心情と行動が乖離(かいり)するのは良くあることだが、気持ちの整理すら出来ないとは。


つくづく自分の臆病さを痛感して、酷く惨めな気持ちになる。

こんな自分が己ですら嫌いなのに、本当に彼は私のことを愛しているのだろうか。好きでいてくれるのだろうか。

答えの出ない自問自答に陥ってしまう自分が、どうしようもなく嫌いだった。


ふと意識を浮上させると、誰かに腕を掴まれて廊下を駆ける感覚がある。

大方、石化したままの私に痺れを切らした瑞紀かレオのどちらかが、とりあえず寮に戻ろうと引きずっているのだろう。


迷惑をかけたままではいけない。

ぼんやりとした頭を振り払うことで、二人に意識の覚醒を知らせる。


「――ん?」


唐突な違和感。


まず、二人はいつものように呆れた顔をしていなかった。

見ているこちらが得も知れぬ恐怖感を抱くほどの、満面の笑顔を浮かべている。


次に、ここは寮ではない。

移動中であったのだから目的地に辿り着いていないのは当然のことであるが、この場所は寮へと向かうどの経路を行ったにしても絶対に行き着くことのない場所だった。


数台のガスコンロと中型の冷蔵庫、コーヒーや紅茶の缶などが整頓されて収納されている棚が鎮座(ちんざ)するここは、給湯室。

休憩室の近くに位置しているものの、階段とは逆側にあるため、寮へ帰る時は絶対に寄らない箇所である。


――何故だろう。

物凄く、嫌な予感がする。


「あ、ミヤラ。気が付いた?」


にこにことヤカンを見つめていた瑞紀が、こちらに気が付いたようで私に呼び掛けた。

瑞紀の手元を見ていた私はイエスともノーともつかぬ生返事をしたが、返事をした時点で意識が覚醒(かくせい)していることは明白である。

元々破顔していた彼女だったが、私の声を聞いて蕩けるような笑みを浮かべた。


その顔のまま慣れた手つきでコーヒーを淹れ、陶器のコップをトレイに並べた瞬間――私は今日一番の違和感を抱く。

数が、圧倒的に足りないのだ。


誰かの自室で続きの雑談会をするために、飲み物を用意しているのかと勝手に想像していたが……一つしかないのである。

まさか三人で一つの容器を回し飲みなんてどこぞの打ち上げみたいな真似はしないだろう。

胸の中で膨らむ疑念は、一つの確信を得て一気に破裂した。


まさか――!!


「はい、ミヤラ。どうぞ」


語尾にハートマークが付いているのではと思う程甘ったるい声で、瑞紀はカップが一つだけ乗ったトレイを差し出す。

その声音と、一方で選択権を与えない鋭い眼光に見据えられて、眠気覚ましに私にくれるのでは、というやけくそ感に満ちた期待は呆気なく打ち砕かれた。

給湯室のドアをにこにこと開けてくれるレオを睨みながら、両手で丁寧にトレイを持ち足を踏み出す。


彼女たちの意図は読めている。

急な残業で隊舎に残る羽目になったアールグラスさんに、コーヒーの差し入れをさせようとしているのだろう。


全面電子化された業務体系の関係で、直接のやり取りを交わさずともネットワークで書類等を送付することが出来るようになった。

この為、隊員の中では寮の自室でのんびりと残業する人もいるらしい。

アールグラスさんもその例に漏れないと聞いたのは、まだ恋が成就するずっと前のことである。


はあ、と溜息をつく。


想い人に会いに行くのがこんなにも億劫(おっくう)になるなんて。

片想いのままの私なら思い付きもしない発想だろう。


あの頃は会えるだけで、二言三言会話を交わせるだけで幸せだったのだから。

独りよがりの自己満足で総て解決していたのだから。


熟考していると、寮の入り口に到着した。


無意識に自分の部屋へ向かおうとして、グッと足を止める。

ただ、踏鞴(たたら)を踏んでしまう自分もいて、都合の良い甘言で惑わそうとしてくる自分もいた。

このまま自分の部屋へ帰ってしまおうか、と。

だってアールグラスさんは私がコーヒーを差し入れることなど知らない。知るはずもない。

きっと未歌さんにヘルプを頼まれて、部屋に籠って、それきりなのだから。

こちら側の事情など知る由もないのだ。


だからここで私が臆して自分の部屋に逃げ帰ったとて、何の不備も無い。

後で責め立てられることもミスを追及されることも無い。


だから――。

止めた足を、自分の部屋の方に踏み出そうとした私を叱責(しっせき)する者はいない。


ただ、後悔するだけだ。

折角親友たちが気を回してくれたのに、折角差し入れられる好機が巡ってきたのに、どうして自分は思い通りの行動をすることができなかったのだ、と。


どれほどそこで逡巡していたことだろう。

私にとっては永遠とも思える、しかしとても短い時間が経過した。


ついに覚悟を決める。

踏み出した足が、一直線に進むことは無かった。

くるりと(きびす)を返し、彼の部屋の方へと、歩を進めたのだ。


長い廊下を突き進み、知ってはいたもの一度も訪れることのなかった部屋番号が記された扉の前に立つ。

勇気を絞り出して、トレイを片手に持ち替え、空いた方の手でノックを数回。

手の甲と重厚な木の扉が奏でる硬質な音が、静かに響いた。


その後に、どうぞ、と彼の声が扉の向こうから聞こえる。

突然の来訪者に驚いているような感じではあるものの、疎ましく思っているようでは無さそうだった。


ほっと安堵の息を吐き、ミヤラですと告げようとして、またも躊躇(ちゅうちょ)してしまう。

迷惑ではなかっただろうか。

一方的すぎやしないだろうか。

一向に返答が来ないことに対して不審を抱いた気配がする。

いい加減に腹を括るか、と握り拳を作り、ドアノブに手を伸ばした瞬間――。


ガチャ、と無慈悲な開閉音が響いた。


そりゃそうである。

ノックをされたから入室許可を出したのに、一向に部屋に入ってくる気配が無いのだから誰なのか確かめるためにドアを開ける。


何も不自然なところなどない。

それだのに、来客が蛇に睨まれた蛙のように固まっていたら、それこそ仰天するというものだろう。


「ミ、ミヤラ!?」


『おや、ミヤラ・グロートモング嬢。何用ですかな?』


小声ではあるものの吃驚(びっくり)しているアールグラスさん、

紳士然とした声音でのんびりと問うグルスミンさん。

反応が相変わらず両極的だなあ、と他人事のように思いつつ、まずは突然の来訪を詫びる。


「お仕事中申し訳ございません、差し入れを……」


片手で持っていたトレイを両手に持ち替え、丁寧な所作で彼に渡す。

散々逡巡(しゅんじゅん)していた割には、未だコーヒーから湯気が立ち上っている。

どうやら本当に短い時間だったようだと安心し、温かいままのコーヒーを差し入れることが出来たとほっと一息をつく。


さて、後はお辞儀をして失礼しましたと言って、この場から立ち去るだけだ。

これだけならいくら臆病な私にだって出来る。


さて――


『ああ、ちょっと待って下さい』


タイミングを図っているとグルスミンさんに先を越された。

呼び止められてまさか無視するなんてことは出来ないので、仕方なく立ち止まる。


『少しばかり、息抜きに手伝って頂けませんかな? 安心なさい、少しばかり話がしたいだけですから』


少しばかり、話を――? 


それは、私とグルスミンさんが、ということだろうか。

そういえば、アールグラスさんとの告白の際、彼は傍にいたはずなのに何も言わなかった。

それは彼の勇気に水を差すまいとした粋な計らいだとして、別個に話し合いの場を設けたかったってこと? 

いまいち意図が読み切れないが、真剣な傾聴姿勢を取る。


すると、今度はアールグラスさんが立ち話も何だから、と部屋に招き入れてくれた。

彼は今仕事をしているとて、元は彼の自室である。

部屋から微かに漂う彼の香りに、(やま)しい感情がぶわっと沸きあがるが、必死にその劣情を抑え込んだ。


まっすぐに彼の顔を見つめると自然に赤面してしまうので、なるべく耳に在るイアリング状のピアスに目線を遣る。


『まずは、わざわざコーヒーを有難うございます。深夜までかかりそうな仕事ですので、大いに助かりました』


改めてコーヒーの礼を言われ、逆に恐縮してしまう。

用意したのが私ではないという後ろめたさと、差し入れをしようと思い至ったのも私ではないという申し訳ない気持ち。


それらが綯交(ないま)ぜになって、どちらの条件を満たしている訳でもないのに、よくものうのうと差し入れだけすることが出来たなと自責の感情が生まれる。


『……さて、アールグラス・ヴィンゼル君、君からも何か言うべきではないですかな?』


グルスミンさんにしては珍しい、語気の強い、まるで責め立てるかのような口調に、今まで黙っていたアールグラスさんが口を開く。

常の穏やかな笑みと一緒に、ありがとうという感謝の言葉を紡いでくれた。

勿論それは、差し入れをしてくれてありがとう、という意味だろう。

これ以上に受け取りようがない。

喜んで頂けて光栄です、と返答したら、再びその場に沈黙の幕が降りる。


数秒、数十秒経っても、変わることのない場の状況。

どうしたものかと目線を部屋の各所に巡らしたり、指で己の爪先を弄ったり、縋るような目線をグルスミンさんに向けたりする。

ただ一度膠着した場の重圧感は、そのような微々たる仕草では変化しないものだ。


やがて、重く深い溜息がはぁと吐かれ、更に重苦しいものへと悪化する。


ああ、神様助けて下さい。

なんでこんな雰囲気になっちゃったんだろう。

私はただ差し入れを届けに来ただけなのに。


半ば泣きべそをかきたい衝動に駆られながら、ジッとアールグラスさんの双眸を見据える。

私はやれるだけのことはやったのだ。

彼が、どうしたいかというだけ。

その為のお膳立ても十分グルスミンさんがやってくれた。


「…………あの、さ」


ぽつり、と。

蚊の鳴くような小さな声で、彼がそう切り出す。

場の重さから言えば、声を出すだけでもよくやったと褒め称えられる快挙である。


彼が話を進めやすいように、私が努めて大きな声ではいと返事をすると、つられたのか彼も先のそれより遥かに大きな声で、続きの言葉を口にする。


「ミヤラ、さ……お酒って飲んだことある?」


「……え?」


ここサヴィスク島は、知っての通り亜寒帯気候に属する極寒の地である。

特に冬ともなれば、気温がマイナスを下回るなど日常茶飯事。

大吹雪に見舞われることもしばしばで、その度に隊員総出で雪かきをすることも珍しくないのだという。


そんな雪国だから、という偏見は良くない気がするが、基本的に寒い地方は大酒飲みが多い。

サヴィスク島もその例に漏れず、法律では十六歳以上からお酒を呑むことが出来る、と他の国より多少規制が緩和されている。


「えと……興味はありますが、飲んだことはないですね。酒に強いかの判別もまだですし、悪酔いとかしたら嫌ですし……」


「それなら……」


喜色を浮かべた彼が、一つの誘いを出してきた。


「今度、二人が非番の時にでも、飲みに行かない?」


その問いかけは、即ち彼の歩み寄りを意味していた。

両想いになっただけではダメだと。


むしろ片想いの時よりも接触が減っているのではかという危惧。

何の進展の無いまま、細い糸が切れるように元に戻るのは嫌だという心情。


それらは私が抱いていた恐怖を全て拭い取ってくれた。

独りよがりではなかったのだと、彼も同じ気持ちでいてくれたのだと。

そんな安心感が、温かく胸中を満たしてくれた。


「――喜んで」

(※当時の後書きより抜粋)

後半ちょっと疲れたので少し……いやだいぶ適当です。


告白した後もなんだかんだ拗れたまんまのミヤラ&アールグラス。

これでもハッピーエンドな方だというのだから、私の描く恋愛はどんなにねじ曲がっていることでしょう。


なんていうか、こういう恋愛ものって書く人によって性格分かれますよね。

一人の男と女がいるとして、ハッピーエンドを迎えるのか、片想いのままで終わるのか、

告白したけど振られるのか、泥沼の三角関係になるのか、両片想いのまま拗れ捻じれて破局するのか。


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