幽霊の歩く道
実を言うならば、自分はまだこの街について把握しきれていないのだ。
自分が住んでいる洋館、この前訪れた図書館などはまだいい。駅などもまあ、分かる。
けれどなんというか、自分が住んでいたであろう街にしては余りにも記憶がお粗末過ぎる。これも幽霊になった弊害か。
ところどころ見覚えのある場所はあるし、図書館や洋館は本当に昔来たはずなのだが。
駅の回り、あんなに開発されてただろうか。心なしか旧道も減っているし。昔公園があったはずの場所は何故か道路になってるし、何でか献花までしてあるし。
そして何時の間にやらその前には病院が出来ていた。
へえ、と思って眺めていると、扉から一人の人間が出てきた。いや、すり抜けてきた。
「あれ、皆瀬、何でこんなとこに」
「へ?ああ、ちょっとね、というか、それを言うならこっちこそ、よ。この辺り、幽霊が来ても面白いこと無いでしょ」
いやまあ、俺の方はといえば散歩の一環だったしなあ。まあ、嘘をつく理由もなし。
「昔この辺に妹とよく来たことがあってな、なんだか久しぶりに来たけど、まあなんとも変わったもんだ」
「妹?」
「ああ、妹」
なんだか釈然としない様子だ。珍しいこともあるものね、なんて呟きも聞き取れた。
疑問に思わないはずが無い。
「何か思うところでも?」
「いや、ちょっとこっちも死ぬ前に少し」
このまま続けても、重い話になりそうだった。
皆瀬もそれを思ったのか、露骨に話題を変更してきた。
「そういえばね、河谷さんが言ってたんだけど、今日、花火大会あるんだってさ」
素直に言って初耳だった。それにしても、こいつと光一は仲がいい、と思う。多分、この前の俺の住処での一件以降ではないだろうか。
それにしてもあの日は変な日だった。昔語り終わってからもこいつらとはすれ違い続けるし。
「なんというか、幽霊になってから花火見ることになるなんて新鮮だな」
それを言うならば殆どの事は新鮮だな、と言ってから思う。
「まあ、そうね。でもまあ、楽しい事は楽しいんじゃない」
「ま、そうさね」
「六時半頃から始まるって言ってたかな。詳しくは河谷さんか光一に頑張って会って聞いて!」
教えてくれないんかい。と、聞く暇すらなく、どこかへ行ってしまった。
別に急ぎの用があるとは思えないのだが。まあ、他人のことなど考えても仕方あるまい。
紙が擦れる音が心地良く鳴り響いている。
「これも駄目だな……。次、頼む」
「はい、じゃあ、捲ってくよ」
俺と光一は再び図書館で調べ物をしていた。皆瀬と別れた後、花火大会の準備をしている光一と出会い、すぐに終わると言うので待っていたところ、本当にすぐに終わったのでまた記憶探しを手伝ってもらっている次第である。
見ているのは新聞記事。この前着たときにやろうと思っていたことなのだか、色々あって流れてしまったことだった。
光一が紙を捲る。俺が捲ってもいいのだが、周囲の人からすれば俺は見えないわけであり、ひとりでに動く新聞記事というのは中々にホラーである。よって、光一が捲った紙を俺が見るという形態に落ち着いている。
そこにある新聞記事を眺めながら、考える。果たして俺は、本当に自分の未練を知りたがっているのだろうか。いや、違う。知りたがっているとかじゃなくて、知るべきなのだろうか、と考えるべきだろう。
何せ、未練を忘れる、と言うのは明らかにおかしいような気さえする。幽霊からすれば、未練を果たし、成仏する、というのは一種の願望の類である。それを忘れた。人間で例えるならば、自分の夢を記憶から完全に消去してしまうような出来事があった、と言うことになる。
「兄ちゃん、これとかは?」
思考から意識が返ってきた、ええと、今なんと言ったのか聞いてみると。
「大丈夫?この記事だけど」
手伝ってもらってるというのに自分の考え事に集中してしまっていたのは流石に失礼だったな、反省反省。
「これか?」
俺が指を指し示すと、そっと光一はうなずいた。
交通事故の記事、まあ探していたのは交通事故の記事に絞っていたのだから当然だが。
ついでに起きた場所は俺の記憶と合致する場所。おお、これか?など思う。しかし、良く見れば。日付の部分が不自然だ。
「これ、一年前の記事じゃないか、どっから持ってきたんだ」
「え?あ、ほんとだ、なんか紛れ込んでる」
とはいえ、状況がここまで似ていることもそうそう無いはずだと思う。興味本位でもう少し眺める。
少し、ぞっとしない。光一はこれに気付いていなかったのだろうが。
「なんで被害者が須郷 宗治なんだ」
「え?」
これは一年前の記事であり、俺が幽霊になったのはほんの一ヶ月前程度のはずである。
つまりだ、一か月前に死んだ筈の俺が実は一年前に死んでいた。という事になる。これを額面通りに受け取るならば、だが。
あまりに妙な状況で正直理解が追いついていないが、それでも、言葉を搾り出す。
「光一、念のため聞いておきたいんだけど、幽霊って死んですぐになるものなのか?」
「いや、僕は聞いたことない。けど、普通はすぐに幽霊になるはずだよ」
そうなれば、同姓同名、その上俺とほぼ同じ方法、同じ場所で死んでいた、と。
何が起きているのか、分かる筈がなかった。




