エピローグ:そして道は続く
あれから一年後――。
東波市はエネルギー委員の見事な手腕により、無事にエネルギー資源管理都市の更新を乗り越えられ、今年度も多額の補助金をもらっていた。何度も猛暑日が襲ってきたにも関わらず乗り切ったのは、研究都市としての意地もあるかもしれない。
その日、君恵はある人物の墓地の前に立っていた。数年経っているはずだが、丹念に掃除をされているため、綺麗な状態のままだ。花を筒にいれ、線香に火を付けると、後ろから青年が近寄ってきていた。
一年前よりもさらに大人っぽくなったが、未だにどこかあどけなさが残っている青年だ。
「学さん、ここまで来なくて良かったのに」
「いや、彼女にはお世話になったし、ご挨拶をしなくてはと思っていたから」
そして“矢上美希”と墓所に書かれた彼女に想いを馳せながら、線香を供える――。
空は青く、太陽も燦々と輝いており、太陽とよく似合う美希にはぴったりの日であった。
矢上美希は、六年前のバイオ燃料工場の事故後に、以前から予定していた検査入院をしていた。その途中で腸の手術をすることになり、ほぼ成功すると言われていたが、途中で容体が急変、かえらぬ人になってしまったのだ。
当時の君恵は、彼女の突然の訃報を聞いて、しばらく信じられない日々が続いていた。だが葬式に出て、瞳を閉じた彼女の顔を見た瞬間、死の事実を受け入れたのだ。
そして同時に知ってしまった――人はいつ死ぬかわからないということに。
あのタイムトラベルの際、二度と会えない人と思わぬ再会をし、始めは戸惑うことも多かった。同時にもう一度永遠の別れを体験することを考えると恐ろしかった。
だが彼女の元気そうな顔を見た時、これから起こることなど忘れて、“今の時間”を大切にしようと思ったのだ。
そして言えなかった想いを伝え、最後に見た彼女の笑顔は、今でも君恵の記憶の中に残っている――。
君恵と学は久々の対面であったため話のネタは尽きることなく、墓所から近くの駅まで並んで歩いていた。年末に少しだけ直接会ったが、基本的には国内と海外にいる関係、せいぜいテレビ電話がいいところだ。
「真美さんに教えてもらったんですか?」
「そうだよ。実は早めにこっちに到着していてね、君恵が美希さんの墓参りに行ったと聞いたから、つい」
「へえ、まだに連絡取り合っているんですか……」
少しだけ頬を膨らませつつ聞くと、申し訳ないような顔をされた。
「何度も言っているけど、友達として付き合っているだけだって、それは本当だよ。僕たちは良き同期で、ライバルという関係。……異性同士の親友もありだろう?」
「まあ、そういう関係は悪くないですけど、真美さんの旦那さんに恨まれるようなことはしないでくださいね、あと私にも」
眉をしかめながら下からじっと見上げると、学は何度も何度も頭を下げた。
あのタイムトラベルをした後、学から君恵に連絡を取りたいと言ってきたのだ。好意を持っていた君恵にとっては思ってもいない申し出だったが、突然のことに真意を疑いそうになっていた。だが真美に「恋愛には超奥手だから、これが精一杯の努力。だから少しでも好意があったら、受け取ってあげて」と耳打ちをされたのをきっかけにして、交際を始めたのだ。
ちなみに真美は三年前に結婚しており、国のエネルギー委員として、夫と共に全国を駆け回っているらしい。
「学さん、どうして私と付き合おうと思ったんですか? 真美さんとは親友止まりなのに……」
ずっと怖くて聞けなかったことだった。普段ならテレビ電話越しだが、今はすぐ隣に相手はいる。逃げ出すことも、引き留めることも可能だったため、思い切って聞いてみたのだ。
学は一瞬首を傾げたが、君恵の言葉を理解すると、すぐに顔を真っ赤にして、走り出そうとする。その前に手首をしっかり握りしめた。ばたつきながら学は叫ぶ。
「どうして突然そんなこと聞くんだよ!」
「知りたかったからですよ! 何かと真美さんの話題を出される、こっちの複雑な身にもなってください」
「君だって、仲良く研究室の同期と旅行していたじゃないか、男も含めて!」
「ただの同期です。共に修士論文を書きぬいた友として、みんなで行っただけです!」
これでは埒が明かないと思い、君恵は冷めた目でとっておきの切り札を突きつけた。
「……私の誕生日、遅れてお祝いメールしましたよね?」
学がどきっとして立ち止まる。
「だ、だから海外にいて、時差があって、僕の時計では君恵の誕生日の日付で……」
「そっちの時計で日付が変わる前に慌ててメールしたんですよね。つまりそれまでは忘れていたと」
「……好き勝手に実験をしていました、ごめんなさい」
あっさり謝ると、ばたつくのをやめて、気恥ずかしそうな表情で君恵の方に振り向いた。
「……君恵が僕のきっかけを思い出させてくれたから。僕にとっての道標、きっとこれからも、小心者で鈍い僕を優しく道を示してくれると思ったからだよ。あと、無理しすぎている君のはけ口になりたかったから。……以上、もう言いません!」
口を尖らせながら言うと、再び学は歩き始めた。君恵は自分も頬に熱が帯びているのに気づきつつも、彼の後ろについていく。
あれから一年は早かった。修士論文の執筆に追われつつ、勉強をする日々。そして努力の甲斐あって、無事に今年度の試験は合格し、来年度から東波市を含む県の“エネルギー資源管理委員”として働くことになっている。何度も挫けそうになったが、学たちに励まされながら、そして自分の意志を保ち続けながら、最後はやりきったのだ。
そして学は――。
「そうだ、来月から大学に戻ることになったよ。海外でやっていた大きな研究の目処が経ったからね」
「門上教授の下で?」
「そうそう。タイムトラベルの方はさすがに研究する余裕はないけど、エネルギーの方で極めていきたいと思うんだ。エネルギー資源や知識がないからって、過去に戻ろうという愚かな人が出てこないためにも」
駅に向かう途中で開けた場所に出た。そこから広がるのは一面青い海と空。海風が君恵の髪をなびかせる。
「そうですね。すべての時間にそれらを求めて、過去や未来に大惨事が起こることを防がなくてはならないですから」
君恵は学の横顔をちらりと見た。
「教授はタイムトラベルをしても、根本的なところは変わらない、変わるのはせいぜい人の気持ちだけと言っていました。――私たちの旅も、結局未来自体は何も変わらなかった。でもあの旅を過ごしたことは私たちにとっては重要な出来事でしたよね」
学と門上の関係は修復され、再び二人で研究をし始めることになる。君恵も美希に最後の言葉を伝えられて、わだかまりはなくなっていた。
そして二人とも過去と決別をし、未来に向かって歩き始めている。
「過去は変わらない、けど未来を変えるのに必要なのは――人の想いだけですよね――」
そう君恵は言いながら、にっこりと笑った。
頬を赤くした学はそっと君恵の手を握り、それを握り返した。
その光景を、二人を導いた少女が光輝くその先で、笑いながら眺めているようにも感じられていた。
了
最後までお読み頂き、ありがとうございました。
今後もより良いものが書けるよう、精進致します。