後片付け
「あーあ、結局こうなっちゃったか」
レイヴンは血に濡れた頬を制服の袖で拭きながらこの惨状を改めて見直す。
ところどころで死に絶えている怪物に人間、もう復旧は望めそうにないくらい汚れたり壊されたりしてしまっている闘技場。
おまけに本命の狂助たちにも逃げられてしまった。
何の為にここに来て戦ったのかが分からなくなる。
「・・・・・・ヴェロニカさんですか?」
「大当たりー」
ヴェロニカがニコニコと微笑みながらレイヴンの肩を背後から叩く。
レイヴンは刺すような視線をヴェロニカに浴びせるも、彼女は全く動じずただ微笑んでいる。
いたたまれなくなったレイヴンがついに口火を切った。
「増援ありがとうございます」
「いえいえ。
こっちも次の狙いがここだって分かってたからもしかしたらテロを未然に防げたかもしれなかったんだけど、何分ここからセントラルじゃ時間も手間もかかったもので」
「この辺りは交通の便が発達してませんからね。仕方ないことですよ」
「そう言ってもらえるとこっちの溜飲も下がる心地ね」
レイヴンはもう満足だろうとでも訴えるような目でヴェロニカを睨み、再び辺りの地獄絵図に目を向けた。
ヴェロニカもレイヴンの態度に軽く肩をすくめて、倒れ込んでいる悪魔に目をやる。
ライアックはレイヴンがこちらに到着してからもずっと糸のような目をして笑いつづけている。
どうやら精神の回復は望めそうにない。
ヴェロニカはライアックのこの後の処遇について考えを巡らせながら、闘技場から立ち去る部下のガード達に労いの言葉をかけ続けた。
そうして暫く経った頃、ヴェロニカの元に若い新兵の雰囲気を残したガードが駆け寄ってきた。
「ヴェロニカさん、少し見てもらいたいものが・・・・・・」
「ん?何かな?」
ヴェロニカはレイヴンに目をやる。
レイヴンの元にも同じように部下のガードが何事か説明している。
レイヴンは黙ってその説明を聞いているようだった。
「あの・・・・・・ヴェロニカさん?」
「あ、ごめんなさい。
ちょっとレイヴンくんと話してくるわ。
多分あっちも用件は同じだろうから」
新兵は緊張した面持ちでヴェロニカの背中を見送った。
しかし、その後しばらくもその凛とした後ろ姿にしばらく見惚れていた。
「俺の部下のイワンが殺されました」
レイヴンはヴェロニカが何か聞く前に答えた。
「あらそう。
ご冥福をお祈りするわ」
言葉だけの無機質な弔辞を述べ、ヴェロニカはレイヴンに問う。
「でも、何でこんなところに目撃者を連れてきたの?」
レイヴンは答えない。
ヴェロニカが追撃の質問を浴びせようとした瞬間にレイヴンは答えた。
「狂助を尾行させてたんですよ。
これで公然と俺たちは奴を追える。酒場での一件もありますし、もう立派なお尋ね者ですよね」
言い終えるとレイヴンは口角をゆっくりと吊り上げる。
嬉しくて仕方がないといった表情だ。
「あまり入れ込みすぎちゃ駄目よ」
ヴェロニカはため息をつき、さらりと忠告した。
レイヴンが満足そうに去って行くのを見届けると、ヴェロニカは空を見上げる。
陰惨なこの辺りの雰囲気に似合わず、太陽だけは煌びやかな光を地上に届けていた。
今日一日、雨雲どころか雲そのものを見る事は無いと確信づけるのに十分すぎる快晴だった。
「後片付けだけこっちに任して逃げちゃうなんて本当に、子供みたいな人たちね・・・・・・」
そこで片桐組構成員の半数以上が未成年だったことに気づき、ヴェロニカは薄く笑った。
今頃、彼らは次の行き先でも考えているのだろうか。
「だからー、まずはこの賞金を元手に財を築くのが先決だって!」
ジルが声高々に主張する。
「いやいや、それは時間がかかりすぎる。
ここは俺がまたカジノで一発当ててこようじゃないか」
狂助が諭すような口調でジルに語りかける。
「狂助、ギャンブル弱いってネイクが言ってたよ!それだけは駄目!」
「ばーか、ツキってのは長く信じた奴に巡ってくるもんなんだよ。
そもそも財を築くってどうやるつもりだよ?会社でも作るのか?言ってみろよ」
「移動しながら何か売れば良いじゃん!!
絶対儲かるよ!」
「いーや、それ失敗するパターンだね。
俺の馴染みのラーメン屋台も今度からカレー出してみるよって言った矢先に町から消えた」
狂助とジルの言い争いに眉を顰めながらネイクは隣に座るゼブラスに話しかける。
「うるさいのが増えたな」
「同意」
「なあ、ゼブラス・・・・・・その、あれだ、次の町に着いたら今度は一緒に町を回らないか?」
ネイクが頬を赤らめながら提案する。
対するゼブラスはすまし顔で頷いた。
「良いよ。
ただ、行き先も決まってないからどこを回るかのプランが立てられない」
「そ、そんなのどこだって良い!!
私は・・・・・・ゼブラスと回れればそれだけで満足だ!」
「ああ、ありがと」
ゼブラスはぼーっと地上を見下ろしながら話半分で返答した。
ネイクはそんなことなど露知らず、空中で狂喜していた。
「ちょっと静かにしてくださいよ・・・・・・この子は臆病なんですから」
そう呟きエレナはヤタガラスの頭を撫でてやった。
気持ち良さそうにヤタガラスは目を細める。
エレナは闘技場を出てすぐに大急ぎで成体のヤタガラスを召喚した。
この召喚はエレナの魔力を大幅に削るものだったが、ガードからの追行を逃れる為には致し方なかった。
そして、片桐組一行を乗せたヤタガラスは700m上空を優雅に飛んでいる。
「あ・・・・・・そろそろ時間です。
私の魔力が切れてきましたー」
エレナは後ろの組員と組長に呼びかける。
組員たちは皆、気のない返事を返したが構わずエレナはヤタガラスに高度を落とすように指示した。
どんどん低くなっていく空を見上げながら狂助は自分の有り様をふと訝しんだ。
自分の居場所はここで良いのか?
居心地が良いからと言ってこの世界に甘えていて良いのだろうか?
いつかは元の世界に帰らなければ。
頭と栄治を連れて。
「まあ、その辺のこともこれからのこともゆっくり考えるか」
今はただこの特殊な経験に寄り添っていよう。




