020話:恋ヶ淵さんの嘘と涙①
あっという間に平日が終わり、約束の日となった休日。
待ち合わせ場所に指定された新三郷の駅前。ロータリーに設置された掲示板の前では、約束の時間より少し早いにもかかわらず、すでに見慣れた顔がそこにあった。
「……気合い入ってんな」
思わず、そんな言葉が口から漏れる。先に待っていたのは陽大だった。白いTシャツの上に薄手のシャツを羽織り、細身の黒いパンツに白いスニーカー。髪もいつもより丁寧にセットされている。
服のセンスは良いんだよなーと感想が漏れそうになる。中身を知っているせいで、残念ながらイケメンには見えないけど。
「よう」
声をかけると、陽大が勢いよくこちらを振り返った。
「お、おお! 伊織!」
「なんだよ、その反応」
「いや、別に? いつも通りだけど?」
「嘘つけ。めちゃくちゃ緊張してるじゃん」
「してねえよ!」
声が裏返っている。分かりやすい反応だ。
陽大は落ち着かない様子で周囲へ視線を向けると、自分の服装を確認するようにシャツの裾を引っ張った。
「なあ、俺の格好変じゃないよな?」
「別に、普通」
「普通ってなんだよ! もっとこう……格好いいとかあるだろ!」
「はいはい。かっこういいかっこういい」
「棒読み! 適当!」
「そもそも、ただ普通に遊びに行くだけだろ。そんな緊張することか?」
「お前なあ……俺がどういう状況か分かって言ってる?」
「好きな女子に好きだとバレた状態で、その好きな女子と遊びに行く状況」
「改めて言葉にすんな! 余計に緊張してきただろ!」
陽大の気持ちがまったく分からないわけではなかった。ただ四人で遊びに行くだけ。そう考えれば、何も特別なことはない。
それなのに、俺もさっきから少しだけ落ち着かない気持ちだった。
「おーい! 二人ともー!」
聞き覚えのある気怠げな声が聞こえ、俺と陽大は同時にそちらへ顔を向けた。駅前の人混みの中から、恋ヶ淵さんと逢ヶ崎さんがこちらへと歩いてくる。
逢ヶ埼さんは、普段の気怠げな雰囲気に良く似合う、ゆったりとした白いTシャツにデニムのショートパンツというラフな格好だった。足元もスニーカーで、いかにも動きやすそうな服装だ。肩まで伸びた髪も学校で見る時より少しだけ整えられていて、普段の印象を残しつつも、どこか女の子らしさが増して見える。
その隣を歩く恋ヶ淵さんは、淡い色のブラウスに、足首近くまであるロングスカート。肩からは小さなショルダーバッグを下げていた。前にカフェで会った時も思ったけれど、やっぱり私服姿の恋ヶ淵さんは学校で見る時とは印象が違う。制服姿よりも少し柔らかく見える。
「おまたせー」
「ごめんね。待った?」
二人が俺たちの前までやってくる。
「いや、俺はいま来たところ」
そう答えてから、ふと隣を見ると、陽大は逢ヶ埼さんを見つめたまま固まっていた。
「陽大」
「おっ!? お、おう!」
「想川ー、どしたんー?」
「いや!? なんでもないけど!?」
「あははー、声デカー」
「ご、ごめん!」
駄目だこいつ。緊張をそのままに、逢ヶ咲さんの私服姿を見て舞い上がってしまい、変な感じになっている。今日一日、本当に大丈夫だろうか。
「じゃー、全員揃ったことだしー」
そんな陽大の心情など知る由もなく、逢ヶ埼さんが片手を高く上げた。
「今日は沢山遊ぶぞー!」
「おー」
恋ヶ淵さんも楽しそうに片手を上げる。
陽大も一瞬遅れて「お、おー!」と続いた。
俺はというと、その光景を眺めながら小さく息を吐くのだった。
◇ ◇ ◇
最初の目的地は、駅から少し歩いたところにあるボウリング場だった。
久しぶりにボウリングやりたいーという逢ヶ埼さんの一言で決まったらしい。先頭を歩くのは、その言い出しっぺである逢ヶ埼さんと、その隣に恋ヶ淵さん。
俺と陽大は、その少し後ろを歩いていた。
「なあ」
前を歩く二人には聞こえない程度の声で、陽大に話しかける。
「ん?」
「あれから、逢ヶ埼さんとはどうなんだ?」
「どうって?」
「お前の気持ちがバレてから」
「ああ……」
陽大の表情が少しだけ曇った。
「別に、そんな変わってねえよ。教室で会えば普通に挨拶するし、部活でも今まで通り」
「避けられたりは?」
「それはない」
「なら、よかったじゃん」
「まあな」
そう答えたものの、陽大の表情は晴れない。もしかして何かあったのだろうかと思い、聞いてみる。
「なんかあったのか?」
「一回だけさ、二人で話すタイミングがあったんだよ。部活終わりに、たまたま一緒になって」
陽大は前を歩く逢ヶ埼さんの背中を見つめながら、言葉を続ける。
「今までは普通に話せてたのにさ。俺は好きだってバレてるし、逢ヶ埼も俺が好きだって知ってるわけじゃん?」
「まあ、そうだな」
「だから、お互いに妙に意識しちゃったっていうか……なんか変な空気になった」
告白したわけではない。けれど、好意だけは完全に伝わってしまっている。確かに、一番接し方に困る状況なのかもしれない。
「だから今日はさ、普通に楽しめたらいいなって思ってる。変に意識して気まずくなるんじゃなくてさ。前みたいに普通に話して普通に笑って……それで楽しかったなって思ってもらえたら、とりあえず今日はそれでいい」
「……そっか」
陽大なりに、ちゃんと考えているらしい。それだけ、逢ヶ埼さんに対しては真剣だということなのだろう。
「そういうことなら、今日はちゃんと楽しめるように俺が盛り上げてやるよ」
「伊織……!」
「変な空気になりそうだったら適当に話振ってやるし、お前が緊張して何も喋れなくなったらフォローもしてやる」
「伊織い……!」
「だから、変に気負わず普通に楽しめ」
陽大がその場で立ち止まった。俺も足を止め、振り返る。陽大は感極まったように両腕を広げて、俺に抱きつこうとしてきた。
「心の友よー!」
「抱きつくな! 気持ち悪い!」
「やっぱりお前は俺の親友だー!」
「分かったから離れろ!」
抱きつこうとしてくる陽大の顔を、片手で押し返す。
「ちょっとー、二人ともー、何やってんのー?」
少し先から逢ヶ埼さんの呆れた声が飛んできた。隣では、恋ヶ淵さんが俺たちを見ながら楽しそうに笑っている。
「なんでもない! いま行く!」
そう返して、俺は陽大を引き剥がす。
「ほら、行くぞ」
「おう! 頼りにしてるぜ、親友!」
まったく、世話の焼ける奴だと、そう思いながら二人のもとへ駆け寄る。
今日一日、陽大と逢ヶ埼さんが気まずくならないようにしてやればいい。居心地の悪い空気が流れるのはおれもごめんだ。
その為に今日は陽大を沢山弄り倒し......もとい、楽しませてやる事にしよう。
気がつけば自然と、俺の口にはにやりとした意地の悪い……じゃなくて、自然な笑みが浮かんでいた。




