013話:恋ヶ淵さんと秘密の接触
中間考査を終えた翌週の月曜日ということもあり、登校する生徒たちはいつもより少しだけ晴れやかな表情を浮かべていた。
校門をくぐる生徒たちの会話からも、試験の出来を振り返るような話より、放課後の予定や部活動の話が多く聞こえてくる。ようやく肩の荷が下りた――そんな解放感が、学校全体に漂っているようだった。
かくいう俺も、その一人だ。赤点を取るような手応えでもなかったので、今は無事に中間考査を乗り越えたことを素直に喜んでおくことにする。
そんなことを考えながら昇降口で靴を履き替え、いつも通りの時間に教室へ入ると、いつも通りの光景が目に飛び込んできた。
教室の一番後ろ、窓際にある恋ヶ淵さんの席。その周りには何人ものクラスメイトが集まり、中心にいる彼女は楽しそうに会話をしている。
最初の頃は、朝からすごい人気だなと感心していたものだが、最近ではこの光景にもだいぶ慣れてきた。
俺は教室の後ろまで歩いていき、人だかりのすぐ横にある自分の席へと鞄を置く。
「おはよ」
「はよー」
右隣の照沢に挨拶をすれば、案の定眠そうな返事が返ってくる。左隣では相変わらず、恋ヶ淵さんを中心に会話が盛り上がっていた。
この状態でわざわざ人だかりの向こうにいる恋ヶ淵さんへ挨拶するのも変だろう。俺は椅子に腰を下ろすと、朝のホームルームが始まるまで、ぼんやりとスマホでも見て時間を潰す。
この学校では、授業中以外であれば生徒のスマホ利用が禁じられていない。教室内では俺と同じようにスマホを眺めている生徒も、ちらほらとはいる。
やがてホームルームの時間が近づいてくると、恋ヶ淵さんの周りにいたクラスメイトたちも一人、また一人と自分の席へ戻っていった。
ようやく人だかりがなくなり、なんとなく左へ視線を向けると、ちょうど恋ヶ淵さんもこちらを見ていた。
恋ヶ淵さんは何も言わない。ただ、どこか期待するような目で俺を見つめている。
「……おはよう」
俺が先に挨拶すると、待ってましたと言わんばかりに彼女の表情が綻んだ。
「うん。おはよう、愛葉くん」
嬉しそうに目を細める恋ヶ淵さん。ただの朝の挨拶でそんなに嬉しそうにするのはやめてほしいと思う。こっちが変に意識してしまうから。
「ホームルーム始めるぞー」
担任が教室へ入ってきたことで、俺たちは揃って前を向いた。
昨日までと、何かが大きく変わったわけじゃない。それでも、恋ヶ淵さんとの距離は少しずつ近くなっている気がする。
朝のホームルームが終わり、そのまま一時間目の授業が始まった。
試験を終えた解放感から抜け出せず、やる気の削がれた気持ちながらも惰性のように手を動かし、黒板の文字をノートへと写していく。
不意に左腕へ何かが触れた。
「……?」
視線だけを動かす。机の端に、小さく折り畳まれたメモ用紙が置かれていた。
なんだ、これ……と思いながら、ちらりと左を見る。恋ヶ淵さんは何食わぬ顔で黒板を見つめているのだが、明らかに俺の腕へ触れたのは彼女だった。
俺は先生に気付かれないようメモ用紙を手元へ引き寄せ、そっと開く。
『連絡先、教えて』
思わず、もう一度読み返した。
連絡先。誰の? って……俺しかいない。
当たり前のことを頭の中で確認してから、再び恋ヶ淵さんを見る。すると彼女は黒板を向いたまま、机の下で何やらごそごそと動いていた。
やがて、その手に握られていたスマホの先端だけが、スッとこちらへと差し出される。よく見ると、そのスマホは俺が利用しているものと同じ機種だった。
俺と恋ヶ淵さんが使っているスマホの機種には端末同士の先端を近づけるだけで、連絡先を交換できる機能がある。つまりは、そういうことらしい。
俺は周囲の様子を窺う。誰もこちらの様子を気にしている素振りはない。
妙な緊張を覚えながら、俺もポケットからスマホを取り出す。机の陰に隠すようにして持ち、そっと左へ。恋ヶ淵さんのスマホの先端と、俺のスマホの先端を近づける。
小さな振動が手のひらへ伝わったあと、スマホを戻して画面を見る。
【恋ヶ淵真奈】
表示された名前を見た瞬間、なぜか心臓が大きく跳ねた。
ただ連絡先を交換しただけだ。クラスメイトと連絡先を交換するなんて、珍しいことでも何でもない。
なのに、授業中周りにバレないように、二人だけでこっそりと。そんな状況が、まるで何か秘密を共有しているように思えてしまった。
俺はスマホをポケットへしまいながら、何気なく左へ視線を向ける。
恋ヶ淵さんも、ちょうどこちらを見ていた。目が合うと、彼女は声を出すことなく口元に小さな笑みを浮かべた。
連絡先を交換したくらいで、そんな嬉しそうに笑うのもやめて欲しいと思う。また心臓がうるさくなる。
俺は誤魔化すようにシャーペンを握り直し、黒板へと視線を固定した。
ただの連絡先交換。恋ヶ淵さんの活動を手伝うことになったのだから、むしろ今まで交換していなかった方が不便だったくらいだ。
だから、そこに特別な意味なんてない。その筈なのに、ポケットの中にしまったスマホが、さっきまでより少しだけ気になる。
俺はそんな自分の感情を持て余しながら、いつも以上に真剣な顔を作って、授業を受けることにした。




