001話:恋ヶ淵さんは隣の席
隣の席の恋ヶ淵真奈さんのことが、気になっている。
教室の一番後ろ、窓際の席。眠たくなるような授業を受けながらも、背筋を伸ばして真剣な表情で教師の声に耳を傾ける彼女の横顔は、一枚の絵にできそうなほど綺麗だった。
整った顔立ちに、白い肌。少し色素の薄い柔らかそうな髪は椅子の背もたれにかかるほど長く、窓から差し込む光を受けて淡く輝いている。
その透明感の強さから、まるで俺がいる現実とは違う場所に存在しているのではないかと、つい錯覚してしまいそうになる。
多分、このクラスにいる誰もが、恋ヶ淵さんのことを特別な存在だと思っているだろう。いや、このクラスに限らないか。きっと街中を歩けば、すれ違う人の多くが一度は彼女を視界に入れ、その透明で幻想的な雰囲気に心を動かされるはずだ。
それほどまでに、彼女は人目を惹く存在だった。
ただ、恋ヶ淵さん本人は、自分が周囲からどう見られているのかなんて、あまり気にしていないように見える。
自分から目立とうとすることはないし、誰かの注目を集めようとすることもない。
休み時間になれば自然と彼女の周りに人が集まるけれど、その中心で声を上げて場を盛り上げるようなタイプでもなかった。
誰かが話せば、その人の方を見て話を聞く。面白ければ笑うし、驚けば目を丸くする。話を振られれば自分の意見を口にするけれど、無理に会話の中心に入ろうとはしない。
そうやって普通に過ごしているだけなのに、気付けば人に囲まれている。多分、そういうところも恋ヶ淵さんが人気者である理由なのだろう。
真面目ではあるけれど、堅苦しくはない。大人しそうに見えて、友達と話している時には普通に声を上げて笑う。綺麗すぎる見た目のせいで黙っていると近寄りがたい印象を受けるのに、実際に話している姿を見ていると、そんな雰囲気はほとんど感じない。
高嶺の花。そんな言葉が似合う見た目をしているくせに、本人は別に高いところに立っているつもりなんてないのだろう。
俺が彼女を気にし始めた理由は、別に容姿が綺麗だからとか、そういう大多数の人が彼女に目を向ける理由とは少し違う。
この高校に入学し、彼女の隣の席になったとき、凄く綺麗な人だなと思ったのは事実だ。
でも、綺麗な人なんて世の中には沢山いる。家に帰ってテレビをつければ、女優やモデルといった人たちを目にする。街を歩いているだけでも、あの人綺麗だな、なんて感想が浮かぶような人を見かけることだって多々ある。
もし俺にとって恋ヶ淵さんが、ただのクラスにいる綺麗な人でしかなかったのなら、ここまで彼女に興味を向けることはなかっただろう。
つまり、恋ヶ淵さんにはただ綺麗というだけではない、俺がどうしても気になってしまうとある一面がある。
「――では、恋ヶ淵さん」
隣の席の恋ヶ淵さんが教師に名前を呼ばれ、俺は反射的に視線を前へ戻した。
「はい」
澄んだ声とともに、恋ヶ淵さんが立ち上がる。
教科書を手に、指定された箇所を淀みなく読み上げていく。
「はい、そこまで」
教師の声に、恋ヶ淵さんが静かに腰を下ろす。また、さっきまでと変わらない横顔が隣に戻ってきた。
俺はその顔を横目に見ながら、数日前のことを思い出していた。
友人と楽しそうに話していた恋ヶ淵さんが、ある言葉を耳にした瞬間――それまでとはまるで別人のように、ぱっと目を輝かせたのだ。
あのときの顔が、どうにも頭から離れない。普段のどこか歳不相応に落ち着いていて柔らかで透明感のある彼女からは想像もできないくらい無邪気で、楽しそうで。何より、本当にその話が好きなのだと、見ているだけで伝わってくるような表情。
俺が彼女に興味を持ったのは、ただ綺麗だからでも、たまたま隣の席になったからでもない。
恋ヶ淵真奈という女の子には、俺の視線をどうしようもなく引き寄せてしまうギャップが存在するのだ。
そして最近の俺は、その一面が顔を覗かせる瞬間を、無意識のうちに探してしまっているのだった。




