第1話 死んだ荷運びの鞄
朝の死体置き場は、いつも石より冷たい。
迷宮都市グランゼルの東門裏。日の当たらない搬入口に、今日も荷車が軋む音を立てて止まった。
荷台に積まれているのは宝箱じゃない。帰ってこられなかった冒険者たちの装備と、遺品と、時々は布をかけられたままの亡骸だ。
「おい回収屋。そこ、邪魔だ」
門番に肩を押され、俺――レインは無言で横に退いた。
誰も俺の名前なんて呼ばない。この街で遺品回収屋は人間扱いされない。冒険者になれなかった半端者、死に損ないの後始末係、それが俺への評価だった。
でも、俺にはこの仕事をやめられない理由がある。
荷車の端に、血で汚れた革鞄がひとつあった。安物だ。飾りも紋章もない。拾っても銀貨数枚にしかならないような代物。
ただ、その鞄だけが、俺には淡く青い光を帯びて見えた。
未練の色だ。
俺が指先で革に触れた瞬間、耳の奥に誰かの息遣いが流れ込んでくる。
『……リアに、届けてくれ』
若い男の声だった。息が切れ、喉が潰れ、今にも消えそうなのに、それでも必死に何かへしがみついている声。
『妹に……手紙を……』
視界の端で、岩壁に押し潰された通路と、倒れた荷箱が一瞬だけ見えた。血だらけの手が鞄を抱えている。荷運びの少年だ。まともな武器も持っていない。きっとパーティの最後尾で荷物だけ担がされていたやつだ。
幻が切れる。
俺はゆっくり息を吐いた。
「またか」
この力は、遺品に残った最後の未練を見せる。そして、その未練を果たした時だけ、持ち主の技や感覚の一部が俺の中に残る。
他人に話したことはない。話したところで信じられないか、便利な道具として囲われるだけだ。
「それ、値がつくのか?」
同業の中年男が俺の手元を覗き込んだ。
「安物だろ。売るなら早くしろ。今日は銀翼の牙が大損こいたせいで、まだ荷車が来るぞ」
銀翼の牙。
グランゼルでも名の知れた中堅パーティだ。腕は立つが、性格は最悪という噂も多い。
俺は鞄を開けた。中には替えの下着、乾いたパン、木札、それと封のされた手紙が一通だけ入っていた。
宛名は震えた字でこう書かれている。
『リアへ』
それだけで十分だった。
「これ、俺が預かる」
「は? 値もつかねえぞ」
「知ってる」
俺は鞄を背負う。笑い声が背中に刺さった。
損な仕事だ。金にもならない。褒められもしない。
それでも、こういう時だけははっきり分かる。
今、俺が拾わなかったら、この手紙は誰にも届かない。
荷車を降りる前、もうひとつだけ気になるものがあった。
割れた銀の徽章。鞄の下に挟まっていた、小さな羽根の意匠。
銀翼の牙の紋章だ。
荷運びの少年の遺品に、どうしてあの連中の徽章が混ざっている。
嫌な引っかかりを覚えながら、俺は東門裏をあとにした。
鞄の重さは軽い。
なのに、その中の手紙は妙に重かった。




