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香りの魔女と王宮の冷徹参謀  作者: 佐倉穂波


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31 謁見

 離宮へと続く白砂の小径は、王宮本殿とはまるで別の場所のように静まり返っていた。

 王宮の喧騒は、ここまで届かない。

 ここは、政治の気配はせず、ゆったりとした時間の流れる場所だった。


 ミアは歩きながら、胸の奥に落ち着かないものを抱えていた。

 緊張――それだけではない。

 もっと輪郭の曖昧な、不安とも違う感覚が、薄く胸に張り付いている。

 ――母セレナの子は、死産だった。

 そうアレックスは言った。

 では、ミアは?

 言いようのない不安が溢れ、思考は途中で止まり、霧に遮られた。

 (……前国王陛下に会えば、私の知らない真実を知ることができるの?)

 デュークの言葉の真意は分からない。


 ミアの少し前を歩くアレックスの背中にも、少し緊張しているような雰囲気が漂っている。

 隣を歩くレオンも、普段に増して口数が少ない。

 ただ――

 二人は、なんとなく予想が付いているようなニュアンスの会話をしていた。

 視線が一瞬交わるたびに、何かを確かめ合っているような、そんな微かな空気がした。


 「……ミア、大丈夫か?」

 レオンが小さく声をかける。

 足取りが、ほんのわずかに遅れていたらしい。

 「はい。少し、考え事をしていただけです」

 微笑んで答えると、レオンはそれ以上踏み込まなかった。

 その配慮が、かえって胸に引っかかる。

 何かを守られているような。

 あるいは、何かから遠ざけられているような。

 離宮の扉は、重厚でありながら、王宮本殿ほどの威圧感はない。

 蔦の絡まる石壁は柔らかな陽光を受け、ここが「王の住処」ではなく、「人が暮らしていた場所」であることを静かに語っている。


 案内役の侍従が扉を開ける。

 「前国王陛下、ミア・セレスティーヌが謁見に訪れました」

 室内に足を踏み入れた瞬間、空気が変わった。

 広すぎない室内。

 窓から差し込む柔らかな光。

 整えられた調度の中に、確かに残る生活の気配。

 そして――

 部屋の中央に立つ男性に、自然と視線が吸い寄せられた。

 金髪で、整った顔立ち。

 背筋は伸びているが、どこか肩の力は抜けている。

 (……アレックス様に、似ている)

 最初に浮かんだのは、それだった。

 年の頃は五十代半ばに見える。

 隠居するには、確かに若い。

 それでも、その目元には、長い年月をかけて積み重ねられた疲労と、拭いきれない悔恨の影が滲んでいた。

 ルシアン・リュミエール。

 その視線が、まっすぐにミアを捉える。

 「よく来てくれた。ルシアンだ」

 穏やかな声だった。

 命じる響きではない。


(初めて会うのに……)

 ――懐かしい。

 そんなはずはないのに、胸の奥が静かに震えた。

 初対面だ。

 それなのに、懐かしいと感じた。

 「ミア・セレスティーヌです。本日は、お時間をいただき……」

 形式的な挨拶を述べながらも、視線は自然とルシアンへ向かっていた。

 ルシアンはしばらくミアを見つめ、ゆっくりと息を吐く。

 その仕草は、堪えていたものを押し戻すようにも見えた。

 「……近くへ」

 一瞬、躊躇が走る。

 だが、背後でアレックスが小さく頷くのを見て、ミアは数歩、前へ進んだ。

 その時だった。

 ――ふわり。

 胸の奥で、何かがほどけた。

 香術で言えば、まだ名も与えられていない香料が、空気に触れた瞬間のような感覚。

 同時に、ルシアンの胸元にかけられたネックレスが、淡く光を帯びる。

 通された指輪が、静かに震えた。

 「……?」

 ミアの魔力が、確かに反応している。

 だが、それは暴走ではない。

 (……混ざってる)

 自分の魔力。

 指輪に宿る魔力。

 そして、ルシアンの内にある、深く静かな魔力。

 三つが、拒むことなく絡み合い、ひとつの香りへと還っていく。

 甘さ。

 静謐。

 長い時間を経た、微かな苦み。

 それらが溶け合い、まるで最初からそうであったかのように、均衡を取り戻す。

 室内の空気が、ゆっくりと変質していく。

 光が、柔らかく広がる。

 それは眩いというより、包み込むような輝きだった。

 ルシアンが、息を呑む気配が伝わる。

 アレックスも、レオンも、言葉を失っている。

 だが、ミアの意識は、光の中心へと静かに引き寄せられていった。

 懐かしさが、胸の奥で確かな輪郭を持ち始める。

 ――まるで、自分の香りの源へ帰るように。

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