Chapter1_こちら萩村特務司教。
東京都新宿区歌舞伎町の東側は、2020年代の再開発から取り残されていた。商業の軸たる1丁目から官民の連携によって追いやられた不穏分子が流れ着き、こと治安に関しては悪評ばかりが立っている。
衰退を不健全な活気によって抑えているエリア。その街区の1つを占有する古びたマンションこそが、魔道組織“ムーンフェイズ”の拠点であった。麻薬の製造と流通を通じて協力関係を築いた香港の資産家に一棟丸ごと取得させたもの――1980年代に乱立したマンションの末路としては珍しくもない。
2037年4月4日、夜が終盤に差し掛かる3時過ぎ。
そんな拠点の最上階で、2人の魔術士が険しい表情でエレベーターのドアを見据えていた。両者ともエースウィザードと評してよい実力者であり、ムーンフェイズにおいて高い地位を得ているのだが、現在それに相応しい余裕は無い。
魔女“メルト”から下賜された2器のDIVAモジュール。船便による移送後、本来は入庫作業に乗じて双方を回収する手筈だったが、計画に多少の無理があったため1器を取り残してしまった。そこで已むを得ず、コンテナが保管されている山下埠頭物流ターミナルに魔術士のチームを派遣。深夜のうちに改めて回収を図ったものの、現地には取引を嗅ぎ付けた響理会が展開していた――。
派遣したチームとの連絡が途絶したのは日付が変わる直前である。
「張のヤツ、戻って来たな」
1階から上がってくるエレベーターの回数表示を見て、魔術士の片割れが言った。彼の表情に混ぜ込まれた怒気が増す。張という魔術士こそが、横浜港におけるDIVAモジュール回収の責任者であった。
苛立ちを隠さない彼とは目を合わせず、もう1人の魔術士が呟く。
「ルーナ様に殺されるね」
彼女が口にしたのは、組織の首領のファーストネーム。現在は別の拠点にて、確保したDIVAモジュールの調整を行っている。
回数表示がこの11階を示し、エレベーターの扉が開いた。ハイブランドのトラックスーツを着用した大柄な若い男が現れる。
「酷い失態だな張!」
彼を認識するや否や、男の方の魔術士が非難の声を上げた。張の体は薄暗いフロアに一歩踏み出し――その胴と右腕の間から、水平に2つの小さな筒が並んだ黒い物体が突き出される。
男が状況を理解するより早くフロア全体を震わせる破裂音が迸り、彼の顔面を幾つもの金属球が貫いた。後頭部が弾けて脳髄と脳漿を背後の壁に撒き散らす。エースウィザードも人間であり、銃弾が届いてしまえば同じことだ。
たった今死体と化した彼と、既に死体であった張は同時に倒れ、後者の背後から別の人影が飛び出した。
「なッ!?」
残された女の魔術士は驚愕しつつも、自らの前方に魔力の障壁を展開する。その厚さと堅さには自信があった。実際、襲撃者が続けて放った一撃は障壁を貫通しない。
しかし妙なことに、かつて重機関銃の弾丸を受けた時のような罅が入っていた。
少女のように見える襲撃者は保持したブルパップショットガンのフォアグリップを左手で握って後方にスライドさせ、排莢と装填を行う。2つの空薬莢がカーペットに落ちた。
「響理会か――!」
女はやや遅れて湧き上がった怒りと闘志に従い、サバイバルナイフを抜き放って魔力を込めた。刀身が暖色の輝きを帯びて振動する。そして障壁にも魔力を流し込んで修復し、腰を落としてナイフの切っ先を標的に向けた。
そんな魔術士に対して襲撃者は2つの銃口を向け、2回トリガーを引くのみ。1発目の散弾が障壁に再び罅を入れ、2発目の散弾が障壁を半壊させた。
嘘だろ、と女は目を見開く。至近距離とはいえ小火器による攻撃で障壁を破られるなど、初めての経験であった。響理会が開発した対魔榴弾の存在は承知しているが、ショットガンはランチャーではない。
敵が思考する暇を顧慮する道理は無いとばかりに、再度のポンプアクションを済ませた襲撃者は艶やかな黒髪を靡かせて女との距離を詰め、体重と勢いに任せて障壁を突き破る。その非道く美しい貌立ちに吸い寄せられる意識を引き戻し、女は全身に魔力を纏いつつヴァイブロブレードと化したナイフを突き出した。
一突き目で得物を破壊、二突き目で首を切断――幾人もの敵を屠ってきた近接戦の王手。結局のところ、殺人とはこの程度の手法で十分なのだ。
そのナイフの刃体が突如として消失する。
女が目を剥いた時、既にトリガーは引かれていた。障壁ほど厚くはない魔力の鎧は破られ、散弾が彼女の腹部に突き刺さる。続けて放たれた散弾は何にも阻まれず直進し、彼女の肋骨と臓器を蹂躙した。
僅か数秒、僅か数手。ムーンフェイズはエースウィザードを2人失ってしまった。
「残り10発」
萩村唯鶴特務司教は呟きつつ、ブルパップショットガン――DP-12の薬室に次弾2発を送り込んだ。これはポンプアクションショットガンを水平に2つ並べたような構造で、1回の操作で左右の薬室に散弾を装填し、そのまま2発続けて発砲が可能である。信頼性と連射性能をある程度両立させたモデルと言えるだろう。
しかしショットガン本体はさして重要ではない。強化された装薬によって合金“オリハルコン”の散弾を高速で射出する専用のショットシェル。高い製造コストは兎も角として対魔榴弾に比べれば劣る破壊力がネックとなり、響理会において正式な採用まで至らなかったものだ。それでも近距離から命中させた場合は厚い魔力を貫通する程の威力を誇るため、半ば彼の専用装備として生産が続けられている。
銃声を聞いた他の魔術士達がエレベーターホールに駆け付けた。唯鶴は振り向きざまに発砲し、最初に現れた魔術士が展開した障壁を破壊、2発目で彼の胸部を撃ち抜いて殺害する。
速やかに装填を済ませ、次の魔術士が投擲した鎖鎌の分銅を左手で掴み取り、魔力の熱には構わず膂力に任せて引き寄せた。バランスを崩した相手に右腕のみで保持したDP-12の2連撃を叩き込む。首の右半分を抉り取られた彼女は頭部を力無く揺らしながら倒れ、絶命した。
「残り6発」
唯鶴は抑揚無く言って装填と発砲を繰り返した。続けて3人を同様に殺害したところで、DP-12の弾倉が空になる。
ムーンフェイズの戦力はまだ途切れない。
拳銃やサブマシンガンを握って現れる魔術士達を正面に捉えつつ、彼はスリングを引いた。DP-12を薄いロングコートの内側、自身の背部へ引っ込ませ、代わって両脚の腿にマウントされた2丁の得物を左右の手で抜き放つ。
一部のパーツを強度が高い物に入れ替えた程度のカスタムであるDP-12とは異なり、それらは完全な改造品と言って差し支えなかった。
専用MSMCバヨネット。
インド亜大陸の大半を領有する超大国――バーラト連邦が治安維持部隊などに配備しているPDWをベースとしたものだ。
ピカティニーレールやアイアンサイトに代わり、レシーバー上部を鋭利なブレードが覆っている。その日本刀のような鋒は銃口と綺麗に揃う。後部にもまた奇怪なカスタムが施され、伸縮式のストックを置き換える形でスパイク付きの鈍器――ミートハンマーの頭のような物体が一体化していた。
可憐な容貌については兎も角として、どちらかと言えば華奢な体格の唯鶴にはとても似合わぬ凶器。重量のバランスが崩壊している上に、そもそもサイトとストックが存在しない。銃としては破綻した代物である。
そんな専用装備を、唯鶴は外見と乖離した膂力によって苦も無く取り回す。
臆せず敵の集団へと駆け出した唯鶴は、排莢を考慮して左手の方は内側に90度倒しつつ、2つのトリガーを引いた。貫通力に優れた小口径高速弾の弾幕が正面に展開される。
侵入者を迎撃する際、発砲を躊躇せずに済むよう施した防音対策が仇となった。隠蔽に配慮しない銃撃は、魔力の障壁が薄い魔術士2人を容易く殺害してしまう。魔術士達も銃撃なり魔術なりで応戦を図るが、唯鶴の常識外れな速度による突撃で距離感を乱され、命中させることは叶わない。
「こッ、コイツ使徒かよッ!?」
思わずクメール語で叫んだ青年の眼前に、濡羽色の殺意が迫る。
3秒弱の斉射で弾倉内の30発を左右同時に撃ち尽くした唯鶴だが、敵前でリロードなど行わない。彼は両手のMSMCを、グリップを軸に180度回転させた。それによって弾の尽きた銃が、先端にスパイク付きのハンマー、下部に前腕の半ばまで届くブレードを備えた格闘戦の得物に切り替わる。バヨネットではなくトンファーと呼ぶべきだろう。
馬鹿げた設計に唖然としながらも、青年は掌を唯鶴に向けて魔力を放つ。しかし唯鶴は瞬時に腰を落としてその火線を回避し、右腕で青年にアッパーカットを叩き込んだ。唯鶴の膂力、ハンマーの質量、スパイクの形状が合わさり、青年の顎が原型を留めない程に粉砕される。続けて唯鶴は左腕の肘、即ちブレードを青年の首筋に押し当て、脇を締めるように引き抜いて止めを刺した。
鮮血が飛び散る間も待たず、唯鶴は残りの魔術士4人の中央に躍り出る。
「撃つな!」
長身の女が誤射を案じて鋭く指示を飛ばすと、魔術士達は銃を捨てた。そして唯鶴を取り囲む形は崩さずに間合いを調整しつつ、4人は背中に太刀の如くマウントしていた長杖を構える。先端に細い三日月を模った意匠が付いたそれは“クレセントハルパー”という魔装で、ムーンフェイズの魔術士が白兵戦において頻繁に使用するものだ。
三日月の欠けた箇所を基点とし、一瞬にして魔力の刀身が形成される。その色は使用者の魔力のまま四者四様だった。なお三日月の形状によって刀身は長杖本体から45度ほど斜めに伸びており、槍と大鎌の中間に見える。
「殺せッ!」
色白の少年が声を張り上げた。唯鶴に向け、前後左右から同時に魔力の刃が突き出される。
しかし唯鶴は、それら全てを見切っていた。
彼は正面からの刺突に対し、右脚を軸に体を回転させてステップを踏み、クレセントハルパーを握る少年に迫る形で回避する。そのまま右手に保持したMSMCのハンマー部を少年の側頭部に叩き付けた。頭蓋が砕け、スパイクの溝を埋めるように血肉が付着する。続けて少年の背後を取り、他の魔術士達が突き出した3つの刀身へと蹴り飛ばす。少年の腹部は味方の持つ魔力の刃に引き裂かれた。1秒に満たぬ間の出来事である。
唯鶴の動作に反応できず、意図せず仲間を殺害した3人。最初に激昂を見せたのは長身の女だった。彼女は床に散乱した少年の死体には構わず唯鶴へと踏み出し、クレセントハルパーを振り下ろす。
唯鶴は回避せず、I字バランスもかくやという蹴り上げによって長杖を弾き飛ばした。そして狼狽する女の胸元に迫り、両腕を交差させるように伸ばしてその首を左右のブレードで挟み込む。女はブレードを妨げるように魔力を纏おうとするが、冷気のような何かに展開を停止させられた。唯鶴が首筋に這わせたブレードを引き抜き、彼女は大量の血液を噴き出して呆気なく絶命する。
残った2人の末路も似たようなものだった。武器を使えば異常な身体能力によって回避され、魔力の展開は奇妙な阻害を受ける。一方で唯鶴の打撃と斬撃は的確に魔術士達の人体を破壊した。
この拠点に滞在していたムーンフェイズ構成員の全てを赤い廃棄物に変貌させた唯鶴。多少の返り血に濡れたロングコートを脱ぎ捨てた彼はカットソーの内側からインカムを引っ張り出し、マイクに向けて言う。
「こちら萩村特務司教。マンションに滞在している魔術士15名、全員を排除した」
あどけなさを残した少年の声音に女性的な柔和を混ぜ込んだ響き。これが事務的な報告でなければ、相当な愛らしさを伴うものであっただろう。
間を置かず、唯鶴のイヤホンに気怠げな少女の声が届く。
『えー、もう終わったの?私らの出番ナシですかぁ?』
「事後処理は第9教団が行う。ルーチェ助祭のチームは撤収せよ」
不躾な不満には構わず、唯鶴は少女――ラファエラ・ルーチェ助祭へ命じた。
『はいはい了解。んじゃ親衛隊は帰りますよ』
敬意の欠片も無い彼女の応答を以て通信が終了すると、唯鶴は改めて通路を見渡した。銃撃と打撃と斬撃によって撒き散らされた血肉が、エレベーターホールから彼の足元までを塗り潰している。
彼は十字を切ることも手を合わせることもなく、ただ不快な虚しさを伴ってレッドカーペットを引き返した。
漸く主人公②のパートに入りました……!
感想等、お待ちしております。




