フラッシュバック_モーゼス・ガージェリー
どうやら僕らの代は、ハズレだったらしい。
魔女と、それらが撒き散らした魔族と魔道。世界を冒す異物に対抗すべく、主が我々人類に与えたもうた“神性”。
それが如何なる力であるかは賜ってみなければ判らないし、解らない。まさに神のみぞ知る。
しかしルールは極めて明確だ。主より選ばれ、神性を下賜された響理会構成員は、使徒となって魔女や魔術士との闘争に生涯を捧げる。そして全滅すれば次の使徒たちが選抜されて、同じく戦う。
それを、響理会は16世紀からずっと続けてきた。
†
僕が使徒になったのは14歳。Ⅰ等修道士になったばかりの頃だ。
ハンプシャーの孤児だった僕を拾って育ててくれた大恩に報いることができるという清廉な喜びと、司祭すら飛び越して司教になれるという俗な悦びの双方に満たされたことを覚えている。後者は信仰に生きる者として不適切だが。
ともあれ僕は響理会の本部に招かれ、その位階を特務司教まで引き上げられた。既に司祭の位階であろうが、助祭や修道士に過ぎぬ身であろうが、使徒に選ばれたならば無条件で特務司教だ。Ⅲ等司教と同格である。
初陣はその3ヶ月後。
今の世界において最大の脅威であるという『2番目』の魔女の討伐戦に、全員が動員された。場所はクウェート南部。僕にとっては実戦自体が初めてだ。
そしてその結果は、酷いものだった。
文字通り手も足も出ない有り様。誰の神性も彼には届かず、逆に彼の魔法は容易くこちらを殺した。
当代最強の使徒とみなされていたショルツⅡ等司教すら、灰も残さず消し飛ばされた。
1時間に満たない戦闘。遊びのつもりなのか明らかに加減していた『2番目』が消え去った時には、11人中3人の使徒が死んでいた。完敗だ。
訳が分からなかった。使徒に与えられた神性は、人智を超えた厄災たる魔女に対抗できる、唯一の武器ではなかったのか。僕の幻想は粉々に打ち砕かれた。
尤も、初代の使徒たちは同じく『2番目』に挑んで全滅したらしい。それを考えれば、僕らは遥かにマシだった。そんな歴史もあったのだから、『2番目』がどれほどの強敵か、響理会はよく理解していたはずだ。
軽はずみに彼の討伐を決定した大司教たちこそ責められるべきではないか。僕はずっとそう思っている。
†
それ以降、幸か不幸か――いや、幸福なことだろうが――僕に魔女と戦う機会は暫く訪れなかった。主な敵は、魔術士として裏社会や途上国で暗躍する魔族。
僕の神性は、彼ら彼女らとの戦いで大いに役立った。光り輝く幅広の刀身を持つロングソードを召喚する能力。その刃は魔力の作用を無条件で断ち斬る。障壁を突き破り、火線を弾き飛ばし、念力を掻き消す神秘の剣。
神性と併せて全ての使徒に与えられる身体能力や動体視力の向上――“祝福”の恩恵もあり、大抵の魔術士は苦もなく撃破できた。積み重ねた鍛錬の成果もあって、エースウィザードが相手でも後れを取ることは滅多に無かった。
そしていつしか僕は、『聖剣使い』などと呼ばれるようになる。クウェートでの大敗を忘れ去り、勇者にでもなった気でいた。
故に、たくさん殺した。
中央アフリカの武装勢力に取り込まれ、訳も分からず戦い続けていた若い魔術士たち。
魔力を利用して窃盗を行い、辛うじて仲間や弟妹を養っていた南米のストリートチルドレン。
とても戦闘行為には活用できない微弱な念力を使ってパフォーマンスを盛り上げていた、東欧の大道芸人。
こんな人たちが、本当に世界の脅威なのか?むしろ、救いの手を差し伸べるべき弱者ではないか――そんな疑問を抱いてしまう相手も大勢いた。
そして僕らの暗闘を不幸にも目撃してしまった人々の、口封じをしたことも一度や二度じゃない。本来は魔なる存在に向けるべき刃、神性で。国や地域によっては、刃傷沙汰による死体を散乱させても大したニュースにはならないらしいから――。
そんな風に、僕が勝利の中で戦いの意義に疑問を呈している間にも、使徒はその数を減らしていた。
シンガポール市国――『7番目』の魔女の根城と化している都市国家に潜入した使徒が、水死体となって発見された。
東アジアの裏社会で頭角を現し始めた魔道組織“ムーンフェイズ”と交戦した使徒は、あえなく敗死。
我楽多王と呼ばれる魔術士のアジトに攻め入った使徒は、そのまま帰って来なかった。
「当代の使徒は弱過ぎる」
それが大司教たち、ひいては響理会が僕らに下した評価。特に親衛隊総帥のララサーバル大司教は、使徒に依存せず、通常兵器を用いる部隊の拡充を進めるべきだと主張した。
どうやら僕たちに下賜された神性は、今までの代と比べて弱い、あるいは使い難いものが多かったらしい。対魔術士戦では獅子奮迅の活躍を見せる僕の聖剣とやらも、強大な魔女を相手取ればさして役に立たないとみなされていた。確かにそれは、『2番目』との戦いで証明済みだ。
†
2036年6月。
僕を含めて残り3人となった使徒たちに、魔女狩りの命令が下された。戦場はアフガニスタン東部の山岳地帯、標的は『21番目』の魔女。
急な決定の裏側にある意図を、僕はよく理解できてしまった。神性が弱く、たった十年で3人まで数を減らした当代の使徒。大司教会議は『入れ替え』を決定したのだ。適当な魔女に特攻させて、せめて刺し違えてくれれば御の字――そんなところ。
僕と同じく魔女狩りに投入されるコーネリアスとブリギッテは何も言わなかったけれど、2人もとうに悟っていた筈だ。
そして魔女狩り――“オペレーション・マリアライト”が開始された。
対峙した少女のシルエットが歪んで膨れ上がり、無数の目と口がひしめく開張20mほどの翅を広げて夜空へと飛び上がった時、僕は早くも敗北を覚悟してしまった。当然だろう?僕たち3人の中に、飛べる神性や、砲撃ができる神性を持つ者はいない。巨大な蛾の化け物を相手に、地を這う人間がどう挑めと言うのか。
祝福と同じく全ての使徒が持つ能力――“心眼”は、噎せ返るような魔力の存在を伝えてきた。
『今こそ主への忠誠を示せ。魔女を殲滅せよ』
インカムから響く冷酷な訓示に絶望し、立ち尽くしていたコーネリアス。彼は決して臆病な人間ではなかったのだが、この時ばかりは耐えられなかったようだ。主と世界に身を捧げた代償が、無駄死にの命令なのだから。
「俺たちは捨て駒なんだッ!大司教の連中ッ、使徒を入れ替えるつもりだッ!」
僕の方を向いてそう叫んだ彼は、上空から降ってきた緑色の粘液を全身に浴び、痙攣しながら溶かされていった。魔女の翅に浮かんでいる口の一つが、唾のように吐き捨てたもの。それが彼の全てを終わらせた。ドロドロと醜く崩れる顔に残った眼球は、最後まで僕に視線を注いでいた。
仲間の死に動じている余裕は無かった。遥か上空を飛び回る魔女の翅にある無数の目が見開かれ、その瞳から熱線を乱射し始めたのだ。文字通り四方八方に撒き散らされ、容易く大地を抉り取る破壊の一瞥。死線。
僕は聖剣を召喚して振り回し、その悍ましい弾幕を潜り抜けた。僕の神性は、魔女の魔法にも通じてくれた。聖剣の刃に触れた熱線は消え去り、僕には届かなかった。
問題はブリギッテだ。彼女の神性は、そもそも戦闘向きのものではない。祝福で強化された身体能力と動体視力だけを頼りに走り回り飛び回り、魔女の攻撃を避け続ける他ない状況。そんな彼女が死に物狂いで上空に斉射したライフルの7.62ミリ弾は、魔女を掠めもしなかった。例え直撃したところで、厚い魔力の壁に防がれてしまうだろうが。傷痕という名称が聞いて呆れる。
そして僕は自分の防御で手一杯。仲間をフォローすることは叶わず、もちろん攻撃に打って出るなど夢のまた夢。いつまで保つことか――。
しかし不意に熱線が止み、飛び回る魔女が大きく姿勢を崩す様が見えた。
アメジストとスカイブルー。2種の輝きを放つ何かが上空に出現していた。『21番目』の魔女を蛾と形容するならば、飛来したこちらは蝶。それも、極めて美しい光彩を誇るモルフォ。
僕は思わず、夜空を上書きするその魔性に目を奪われてしまった。
「あれは、何……?」
ブリギッテの呟きを聞いて我に返った僕は、インカムのマイクに向かって叫んだ。
「司令部、マオⅠ等司教!上空に何かいる!確認を――」
『戦域に異常は無い。作戦を続行せよ』
即座に響く、機械的な返答。
これも織り込み済みか――。
そう悟った僕は、頭上で起こっている出来事を観察した。
飛び回る『21番目』は、光彩の主に熱線の雨を浴びせ続けていた。しかしスカイブルーの光が雪の結晶のような形を取って盾となり、それに触れた熱線が文字通り停止した。時間が拒絶され、現象がそこから先の行き場を失ったかのように。
次いで霧のようなアメジストの光に包み込まれ、時を失った熱線がそこから消え去った。否定されたモノは、任意に世界から削除されてしまう――。
シュールだった。映像の加工を見せられているような感覚。再生を停止し、余計な映り込みや邪魔なエフェクトを切り抜いて、作品から除外する作業。
それをデータ上ではなく、現実でやってのけた。世界を編集する権能――創造主の領域。あまりに傲慢。
これは『21番目』の魔法とは比較にならない、恐ろしい力だ。否定と拒絶。繰り返していけば、果てに世界から存在と時間を消し尽くし、完全なる無を齎す。聖典とも陰謀論とも異なる形の終焉――。
しかしこの戦場において、破滅の権能は僕たちの味方として作用していたのだろう。『21番目』がなおも乱射する熱線の弾幕は、虚しく停止と消去の工程に載せられていた。そしてアメジストとスカイブルーの光彩が翼となってその主を加速させ、『21番目』の醜い体躯へと突撃した。
空を震わす衝撃が地上まで届き、僕とブリギッテの体は数メートル吹き飛んだ。
起き上がった僕たちが見たのは、グチャグチャと蠢動する無数の目と口。墜落しかけた『21番目』が、よりによって僕たちのすぐ真上で体勢を戻したのだ。瞳が熱線を乱射し、口腔からは腐食液が吐き出された。熱線の一条がブリギッテの両脚を溶断して再び地面に倒し、続けて別の熱線が彼女の顔を貫いた。美しい目鼻のあった箇所はスカスカの洞穴と化した。
コーネリアスもブリギッテも、断末魔すら無く殉教してしまった。
僕は泣き叫びながら、再び聖剣を振り回した。もはや思考は削り取られ、反射と狂乱に頼るのみ。蛾の虚ろな複眼は、確かに僕を捉えていた。攻撃を捌き続けることができたのは、僕の実力や経験故か、単なる幸運故か。
僕がその光を見出したのは『21番目』の背後、上空。夜空を塗り替えるようなアメジストとスカイブルーの輝きが鱗翅の中心に収束し、光線となって炸裂した。
発射と着弾は同時――これは速さの比喩ではない。僕は確かに、それが距離や速度といった概念を超越したものであると認識した。『21番目』は回避を図ることも叶わず、左の前翅から後翅までを綺麗に消し飛ばされていた。射線上には何も残らず、文字通りの『無』が引かれた。
魔力だけでなく、しっかりと翅を使って飛行していたのだろう。『21番目』は空中で大きくよろめき、僕に向かって墜ちてきた。
「うッ、おおォォォッ――!!」
――今ならやれる。今しかやれない。
この戦闘で初めて、僕は戦意というものを得た。醜悪な巨体の下敷きになることも厭わず、聖剣のグリップを両手で握り締め、真上に突き上げた。両足で地面を強く踏み、視線は蛾の頭部へ。恐ろしい熱線と腐食液のことは、頭の中から排除した。
そして聖剣の切っ先が、左右の複眼の中心に入り込んだ。魔女の体表や体内にどれほどの魔力があろうと関係ない。聖剣の刃は魔なる存在を断ち斬る。蛾はいとも容易く両断されていった。
僕の右斜め後方と、左斜め後方。真っ二つになった魔女の体が墜落し、緑色の魔力を噴き出して爆散した。
僕は勝った。魔女の討伐に成功し、生き残ったのだ。聖剣使いは、遂に本物の怪物をも斬り伏せ、打ち倒してのけた――。昂揚と脱力の挟撃により、情緒は均衡を失いかけた。
そんな僕を照らしたのは、魔女を撃ち抜いた光線と同じ輝き。非道く美しい人型の何かが蝶の鱗翅を咲き誇らせ、僕を見下ろしながらゆっくりと降下していた。
右瞳と、左の前翅と、右の後翅はアメジスト。
左瞳と、右の前翅と、左の後翅はスカイブルー。
両手には機械的な、しかし決して無骨ではなくむしろ優美な、片刃の長剣。
それは少女のように見えた。肩の近くまで伸びた艶やかな黒髪が夜風を受けて流れ、ラベンダーの幽香を感じた僕は思わず息を呑んだ。
「君は――」
震える声で言いかけたが、それを制止するようにインカムから退却命令が響いた。
†
1週間後。
魔女狩りから帰還した僕は、大司教会議に召喚されていた。使徒はみな原則として響理会本部の所属となるのだが、この場に出入りする機会はあまりない。
カトリックの大聖堂というよりは豪奢なコンサートホールに近い構造の大広間。響理会の実質的な盟主であるギュスターヴ・カルヴァン大司教の、高慢なバリトンが響いた。
「命を惜しむか、ガージェリーⅡ等司教。嘆かわしいことだ……とうに主の御心へ捧げたものであろうに」
「惜しんでいるなど、断じて違う!カルヴァン台下!私はまだ戦える!」
反論したが、僕はそれが無意味であることをよく理解していた。結論は既に決まっている、最後の1人になってしまった使徒の処遇など――。
要するに僕は、自裁を求められていた。
使徒の入れ替えを意図した魔女狩り。生存こそがイレギュラー。しかし、僕には魔道との戦いを幾度となく生き延び、戦果を重ねてきたという自負があった。無価値、用済みとばかりに切り捨てられるなど心外だ。
「せめて最後まで、魔道との戦いに使って頂きたい。先週のような無謀極まった魔女狩りでも構わない」
僕はそう宣言した。それでも大司教たちの反応は冷淡だった。カルヴァン大司教は不機嫌そうな表情を崩さずに僕を見下ろし、ララサーバル大司教の鋭い眼光は「余計な手間を取らせるな」と語っていた。テスマン大司教――使徒にとって直属の上役は、無言と無表情を以て僕の切り捨てに同意した。
いっそのこと、このまま響理会を飛び出してシンガポールの『7番目』にでも殴り込みをかけようか――。
大司教たちに失望した僕は、本気でそんな考えを抱いてしまった。
しかし同時に、僕の脳裏に浮かんだのはこれまで殺してきた魔族たちのこと。そして、僕と同じく切り捨てられ、響理会が望む通りに無惨な殉教を遂げたコーネリアスとブリギッテ。
果たして僕ばかりが、死に方を選ぶ権利を押し通してよいものか。流石に道理が通らない、図々しいではないか――そんな自省に至ると、心変わりは案外あっさりしたものだった。
僕は右手を横薙ぎに振るい、聖剣を召喚した。
小さな突風が起こり、目の前のカルヴァン大司教が無様に慄く。彼の傍らに控えていた護衛の集団が、一斉にMP7を僕に向けた。主に選ばれた使徒だというのに、信頼されていないものだ。
「私は主と世界にこの身を捧げた使徒!」
僕は銃口の群れには気を留めず叫び、聖剣を一度床に突き刺して右手で十字を切った。響理会特有の十字敬礼ではなく。そして再び聖剣を握り、左手を柄頭に添えて支え、刀身を右肩に置いた。
「命を惜しむことは有り得ない!それを証明して見せよう!」
聖剣使いの自刃。
ああ、オペラか叙事詩の題材にできるだろう。
僕は開き直りでしかない陶酔のままに光り輝く刀身を首筋に当て、強く押し込んだ。
慣れ親しんだ、魔力を断ち斬る時と全く同じ感覚。
しかしそれは一瞬にして消え去った。脳のある頭部が首より下の胴体から離れてしまったのだから当然だ。
そして後頭部を襲う鈍い衝撃。5年前に首を刎ねて殺したミクロネシアの魔術士も、最期はこんな感覚だったのか。
転がった頭部に入り込む反転した視界。大広間の後方――コンサートホールにおける貴賓室から、僕を見下ろす何かを認識した。
非道く美しい、黒髪のモルフォ。
魔女狩りの戦場で破滅の権能を振るった存在が、鱗翅の代わりに響理会の司教制服を纏ってそこにいた。
僕たちの視線が、逆さまの状態で深く交錯する。
血液の流出に伴って急速に薄れゆく意識の中。これは僕にとって最後の思考であり、執着だった。
君は一体――?
しかしオッドアイの彩光に耐え切れなくなったかのように、僕の視覚は永久に機能を停止した。
最後まで残ったのは聴覚。
大司教たちやその取り巻きの、大袈裟に僕を讃える声が響いていた。
煩いよ、静かにしてくれ――。
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