第1章 第4話 アカウント
「どうだった浮草くん! これで浮草くんをいじめる人はもう何もできないよ! 褒めて褒めて!」
授業もない高校生活初日は午前中で終わり、誰もいなくなった教室できららが俺の手を握ってくる。でも俺は……。
「助けてくれたのはうれしいけど……正直ああいうやり方は褒められない。ネットだったら逆に炎上してもおかしくないよ」
和田が悪いのは事実だが、それはそれとしてファンに暗に指示を出す行為はあまり賢いやり方とは言えない。ファンでもない人から見たらきららが責められてもおかしくない状況だった。しかもその原因が俺となったら……やりきれない。
「ご、ごめんね! ちがっ、違うんだよ!」
少しやり方を咎めると、きららが焦ったように俺の手を握る力を強める。
「真司がいじめられてるのを見て冷静でいられなかった……どうしても許せなかったの。だって私の推しだから……」
「いや別に責めてはないんだよ。俺もきららが心配なだけだし……」
「ほんとに!? 私のこと嫌いになってない!?」
「俺がきららを嫌うことはないよ。だからその……手を離してくれると助かる……緊張で死にそう……」
やっぱりこの関係性にはまだ慣れない。まともに目を見ることもできないままそうお願いすると、視界の端できららがにんまりと笑う顔が見えた。
「そっかぁ。緊張してるんだねぇ、真司」
「当たり前だろファンなんだから……正直なんかに騙されてるんじゃないかって思ってる……」
「ある意味では騙されてるのかもねぇ。ファンと推しってそういうものだし」
俺の手を握ったままきららの身体がさらに迫ってくる。
「それはそれとして真司の気持ちもわかるよ。いきなりこんなことになったら誰だって疑うよね。初めてのファンってだけでこんな推すわけないもんね」
「じゃあやっぱり……何か裏があって……」
「裏ってほどじゃないよ。でも正直初めはあんまり気持ちのいい感情じゃなかった。だから隠したかったんだけど……推しの前で気持ちを隠すなんてやっぱり無理。私の気持ちの初めは嫉妬からだよ」
「嫉妬……?」
「私のファンアカウント『はっすー』。これ、真司のアカウントだよね?」
「待ってそれは忘れて!」
バレている。俺の限界オタクアカウントが……推しにバレている……! し、死にたい……!
「あまりの限界オタクっぷりにフォロワー数は私を超える150万人。普段の投稿がおもしろいからとはいえ、やっぱりファンのアカウントが私を超えてるのはちょっといや。だから過去の投稿から住所とか割り出しちゃった。それが始まりだよ」
「ご、ごめん……気持ち悪いよね……すぐ消すから……!」
「え~? もっと気持ち悪いのはこっちのアカウントじゃないの~?」
俺の顔を下から覗き込むきららが、スマホの画面を見せつけてくる。きららへの愛を語っているアカウントではなく、もっと下劣な俺の裏垢を。
「『推しのふとももが世界遺産』。『声だけで三回戦までいった』。いいね欄は私の水着写真ばっかだね。これ違法アップロードだね。だめだよ真司。いくら私の水着をすぐに見たいからってこんな投稿にいいねしちゃ」
「ごめん今すぐ死んでくる!」
終わった。人生終わった。推しを異性として見ているアカウントを推しに知られた。死ぬ。いやもう死んでる。きららの手を振りほどいて窓に急ごうとしたが、手は絶対に俺を離さず。
「私の撮影スタジオ、今誰もいないんだよね」
俺をさらなる地獄へと引きずり込もうとしてきた。