第一航空戦隊発進…勝利に向けて
南雲は目をつむり、作戦の構想を再び確認し始めた。
「うーむ…」
南雲は低く声を漏らした。
果たして、どうなるのか…
南雲自身この作戦については未だに疑問を持っていた。
立案した山本長官の考えも理解でき、非常に効果的でもあると分かっていた。
しかし、あまりにも危険過ぎる。
その作戦とは戦艦による奇襲作戦である。
ハワイオアフ島の真珠湾は地理的に非常に港湾施設に適したものであった。
しかし、その港湾は外海から文字通り丸見えであり、戦艦級の射程を以ってすれば簡単に施設を攻撃できるという致命的な欠点を持っていた。
アメリカ軍もそれを承知していたため、長い年月を掛けて防衛施設の充実に努めていたのは言うまでもない。
1921年にはウィルソン砲台も完成し、その40cm級対艦砲の存在は、当時主力と思われていた戦艦による攻撃を不可能にしてしまった。
この要塞群は総称してオアフ島要塞とよばれているが、万全と思われたこの設備にも弱点があることがわかった。
それは対空火器が皆無であるということである。
山本長官はこのことも踏まえ、航空奇襲案を提出したのだろうが、受諾されることはなかった。
しかし、航空機無しではこの作戦の成功は望めない。
何とか赤城、加賀を基幹とする第一航空戦隊を確保したが、それでは火力不足は否めなかった。
そこで出てきたのがこの戦艦併用案であり、これも山本長官の案である。
戦艦での攻撃の懸案はたった一つ、ウィルソン砲台である。
これを第一航空戦隊の航空戦力によって沈黙させ、基地施設、及び敵駐留艦隊を戦艦の火力を以って撃滅させる。
これが作戦案の内容であった。
そして今現在、その作戦は進行しつつある。
「宇垣よ…」
南雲は宇垣参謀長の名前を呼んだ。
「はっ?」
宇垣は直ぐ後ろに控えていた。
南雲の問い掛けに言葉を返す。
「君は、この作戦をどう思うかね?」
「ですから、そのようなお言葉は…」「私は真剣に聞いておるのだよ。」
何時ものからかいかと思ったが、その声の鋭く、重い質感にそうではないことを感じた。
宇垣は多少気後れしたが、気を取り直し自身の考えを述べ始めた。
「私は…山本長官の発案にも一利あると思います。しかし、初めの航空機による奇襲というのにはあまり賛同出来ませんでした。」
淡々と宇垣は自身の考えを話している。
南雲はそれをただ黙って聞いていた。
「私は未だに航空機の有効性に疑問を持っております。海戦の主力は未だに戦艦であり、例え戦艦の甲板を破損させる攻撃能力を持っていても、実際に航行する艦艇へ、しかも対空砲火の合間をぬっての雷爆撃等、当たる確率は著しく低いことでしょう。しかも、航空攻撃においては敵艦の射程に入らねばなりません。高射程、大口径の砲を以って敵射程外から撃滅する事こそ、被害を最小に抑え、有利に戦えるものでしょう。だからこそ、私はこの作戦に概ね賛同したのです。」
宇垣は元々航空機の有用性については疑問をもっていた。
しかし、廃案となった航空機による奇襲案が表面化してからは、その思想を心深くにしまい込んでいたのだ。
大艦巨砲主義、これが宇垣の本心である。
少なくとも、今の時点ではそうであった。
「では、戦艦による今回の案には賛成であるということかね?」
南雲の言葉には少し安堵感があった。
口元にも何時もの緩みと細い皺が幾筋も見える。
「はい、成功は間違いないでしょう。」
暗黒の世界だった外の風景もだんだんと明るくなっていた。
宇垣がこう返答した時、ふと南雲の表情を確認しようとしたが、叶わなかった。
顔を覗かせた明星の一線の光にしかいが奪われてしまったのだ。
ただ、南雲忠一の深い吐息だけが耳の中に入って来たが、それがどういう意味だったかはわからない。
その後直ぐに南雲は艦橋を後にした。
外からは整備兵の声が聞こえている。
目が馴れると、外には黒煙をたなびかせながら航行する空母加賀があった。
どのくらい離れているのだろうか。
逆光で黒く映るその船体は、小さな島のようにも見える。
宇垣はしばらくしてから同様に空母赤城の艦橋を出た。
もはや南雲の姿はない。
艦橋に残っているのは数人の参謀と、艦橋要員だけとなった。
海は予想以上に荒れていた。
赤城のこの巨体ですら、大きく上下に動いているのがわかる。
「提督!」
ある士官がそういうと、直立のもと、敬礼をした。
南雲もそれに返す。
士官は敬礼をとくと、目を細めながら足早に近づいて来た。
「天候は概ね良好ですが、波が激し過ぎます。これでの攻撃機の発艦は危険ですね。」
航空参謀であった。
飛ばすにあたり波のうねりに不安を覚え、甲板に出ていたのだろう。
そういえば、艦橋にはいなかったなと南雲は思った。
「まったく不可能なのかね?」
「いえ、ただし危険が伴いますぞ。特に雷撃機の九七式は大型ですので、魚雷を抱えてのこのローリングでの発艦は危険が伴う旨を申し上げた次第です。」
南雲の言葉にその参謀は補足を加えて再び進言した。
宇垣はその時ちょうど到着したばかりだった。
南雲に同伴し、話を聞いていた者にはその航空参謀に賛同しているような感じである者もいた。
南雲は少しの間目をつむり考えた後、飛行兵への激励を行うと言って飛行甲板の下へ向かっていった。
司令部の参謀達もそれに続く。
上甲板に降りればそこには航空機が所狭しと並んでいた。
整備兵は忙しく動き回り、搭乗員は各飛行隊長の元で号令を待っていた。戦場へ向かう兵士の猛々しさが、空気を介して熱気と微かな円滑油の匂いとでひしひしと伝わってくる。
ある兵士が甲板下におりてくる南雲の一団に気付き、敬礼をした。
それは隣から隣へ連鎖的に広がり、南雲達はその中を歩いていく。
艦のほぼ中央にきた時、南雲は搭乗員を呼ぶように指示をした。
「参謀、さっきの判断は本人達に決めてもらうことにしよう。」
南雲はさっきの航空参謀にこういった。
彼はいまいち理解出来ていなかったようだが、南雲は構わず兵士へ話し始めた。
「第一航空戦隊全兵に告ぐ。諸君らは皇国勝利の先駆けとなる栄誉を得た。その力を以って敵太平洋艦隊を撃滅せしめ、主任務たるオアフ要塞を沈黙せしめることを切に願う。皇国の興廃はまさにこの一戦にある。各員の一層の奮励と努力を望む。」
南雲の話はこう締め括られた。
それに兵士達も叫びをあげ、呼応する。
この騒ぎを抑えると、南雲は言葉を付け加えた。
「なお、此処で諸君らの判断を仰ぎたいと思う。」
一瞬皆がざわめいたのがわかった。
ある者は隣の者と顔を合わせ、一体どういうことだといった感じだ。
南雲はそれには構わず続けた。
「海は荒れ、此処にいる航空参謀は私に発艦は危険だと進言してきた。しかし実際に艦を飛び立つのはお前達である。そこでお前達に聞きたいのだ。このローリングの中でも魚雷を抱えたまま飛べるか?」
兵士達、特に攻撃機乗りの搭乗員達はその目に炎をたきつけ、口々にやれますといった。
一人、二人とその声は繋がり、最終的には誰一人危険だと言う者はいなかった。南雲はこの大合唱を聞いて、これで良いだろうと言った風に進言した航空参謀に合図をした。
それに対し航空参謀は深々と頭を下げた。
「よろしいのですか?」
しかし宇垣は怪訝な表情で南雲の考えを確認した。
後ろで聞いていた宇垣であったが、その結論にはイマイチ賛同出来ていないようであった。
「良いではないか。やらしてみよう。」
南雲はにこやかにこれだけを言うと、未だぶすっとしている宇垣の肩をぽんと叩き、来た道をどんどんと帰っていった。
日は既に地平線からその姿を全て覗かせ、海は青く、空は白かった。
大低は波の音だけの静かな大海原に、今にも飛び立とうとレシプロ機のエンジン音が高々と響いている。
加賀からは既に航空隊が発艦しているのが赤城からは見えていた。
その赤城でも一機、また一機と艦を飛び立ち、最後の一機が飛び立つと皆が手を振り、その武運を祈ていった。
全機無事に帰還…
これが送り出す者、送り出される者の共通の願いであった。
南雲は艦橋でその光景をずっと眺め、飛び立つ機体が雲の上に消えるまでその顔の険しい表情が消えることはなかった。
こんばんは。
ようやく次話となりました。
何とも執筆とは難しいですね。
文章も稚拙で恥ずかしい限りです。
さて、真珠湾攻撃のため、航空隊が発進しました。
ようやくです。
この時の航空機は零戦ニ一型、九九式艦爆、九七式艦攻と日本を代表する機体ばかりです。
まあ、艦爆はあまりよろしいあだ名はつけられていませんでしたが、それでも日本で大戦中最も使われた艦爆には間違いないですね。
九九式棺桶…
縁起でもないですよねえ。
まあ、何はともあれ、今後ともよろしくお願いします。