真珠湾攻撃構想…戦艦主力への経緯
「此処で賭けずに何処で賭けるのか!」
南雲はふと連合艦隊司令長官山本五十六の言葉を思い出した。
軍令部の回答を持ち帰った黒島の言葉を聞いて叫んだ一言である。
「南方作戦を鑑み、空母の投入は赤城、加賀の第一航空戦隊に限る。」
これが回答であった。
山本は連合艦隊参謀の黒島亀人に伝家の宝刀を授け、軍令部へ最後の交渉に向かわせたのである。
「この作戦が認められなければ、山本長官は連合艦隊司令長官の職を辞すると仰せである。」
これが伝家の宝刀であった。
確かにその効果は絶大であった。
はじめそれを聞いた軍令部次長の伊藤整一中将は驚愕し、事の仔細を軍令部総長永野修身の元に報告に向かったのである。
此処までは目論み通りであった。
しかし…
「空母の投入は赤城、加賀の第一航空戦隊のみに限る。」
これが回答であった。
予想は脆くも崩れさり、それを聞いた黒島は、より一層老け込んだような様子であった。
しかし虎の子の空母である。
事前の兵棋演習の結果を踏まえれば当然の回答であろう。
空母四隻のうち、三隻の沈没という予測が出ていたからだ。
黒島はただ、山本の元へ帰るしかなかった。
南雲が山本のこの怒号を聞いたのは、おそらく黒島が報告をした時であったのだろう。
この時南雲は所用で、ちょうど連合艦隊司令部に居合わせていたのだ。
第一航空戦隊のみの火力では真珠湾強襲は不可能であった。
だからこそ、山本長官はこれほど強硬な交渉に当たったのである。
日本の第一第二、そして新鋭の第五航空戦隊の総火力によって初めて成功が確信できるものだ。
しかしそれができないとなると、また初めから案の練り直しをしなければならない。
11月…その時は刻一刻と近づいていた。
その時は何の前触れもなく訪れた。
各艦隊、航空隊等の主立った司令官が連合艦隊司令部に召集されたのである。
その中には南雲の姿もあった。
会議場の空気は重かった。
直接的な対米作戦が振り出しに戻ったのである。
誰もがそう思っていた。
しかし…
「ハワイ作戦の発動のめどがついた。」
山本長官はただこの一言だけを発した。
議場がざわめきだした。
「して、その内容とは?」
興奮気味に誰かが叫んだ。
壮年の将官である。
階級は少将、顔はふくよかであり、胴も比較的太い。
要するに肥満体である。
しかし、その下には後の猛将という評価に違わないたくましい筋組織が眠っている。
山口多聞少将であった。
この問いに、山本は手でざわめきを制し、口火を切った。
「我ら大日本帝国海軍の誇る戦艦部隊による米太平洋艦隊、及びオアフ島真珠湾軍設備の撃滅である。」
こんばんは
ようやく、日本の代表する提督が四人登場しましたね。
山本五十六大将、南雲忠一中将、宇垣纏少将、山口多聞少将皆さん勿論ご存知ですよね?
ご存知出ない方は…まあ、簡単に説明しましょう。
山本五十六大将は開戦時の連合艦隊司令長官です。
ハワイ作戦の発案者でもあり、その後のミッドウェイ作戦等の発案者でもありますね。
後に海軍甲事件で亡くなってしまいます。
宇垣纏少将は本編では南雲艦隊の参謀長ですが、史実は違いますので悪しからず。
山本長官とは仲があまりよろしくなかったとか。
提督時代よりも、参謀の時のほうが評価が高いようですね。
なんか長くなりそうなのでこの辺ですみません。
決して知識不足ではありませんから(笑
さて、作戦の詳細は次回に持ち越しです。
申し訳ありません。
時間はハワイ作戦時にもどり、平行して語ろうかと思います。
何か此処は違うと思うところがありましたらご教示願います。
では失礼します。




