「聖女」を追放した国から見える光景
「こけおどしだ! 名だけの力の無い女の戯言に踊らされるな! ……さぁこの国の正しき夜明けだ! 悪しき教会が去った祝福を告げよう、乾杯だ!」
戸惑う者もまだ多いが、靄を振り払うように私は声を上げた。改めてこのめでたき日を祝おうと、皆も先ほどの一悶着をあえて忘れて明るく振る舞ってくれている。
「長かったな……レイラ、この日まで私を支え、ともに歩んでくれてありがとう。名ばかりとは言え私に偽りの婚約者がいたせいで大変な迷惑をかけてしまった」
「いいのですよヴィクトル様……ヴィクトル様こそ、お疲れさまでした。陛下の事は残念でしたが……」
「いや、父上は教会の呪縛から逃れたこの国の未来を得るために、王として進んで身を捧げてくださったのだ。だからこの日を忌日とせずに祭日として残してくれとお言葉を残された。だからレイラ、笑ってくれ」
「はい……陛下のお心のままに……」
「いや、まだ王ではない。……その隙をついて利用したのだからな」
「……そうでしたね、ヴィクトル殿下」
失ったものは多かったが、やっとこれで正常な国の運営が行える。
……陛下は今日、王命で教会との契約破棄を行うと同時にみまかられた。そういう魔法契約だったのだ。
天才と呼ばれた、魔法陣の制作者が権力に結界を奪われ自身と家族を害されることを警戒して、魔法陣の機構に盛り込んだ契約。それ故に今代の王はこうして魔法契約を破棄する事を見据えて伴侶を作らず、自身の子を設けず、血の繋がらない私を養子にとり帝王学を叩き込んだ。実の父ではないが優しく厳しい父であり、素晴らしい王だった。自らの命と引き替えに、陛下はこの国を悪しき教会の手から救ったのだ。
これで大団円ではない、奪われていたものを取り戻すために、私たちが払った犠牲は大きい。
魔法陣の制作者だったレイラの曾祖父があの聖教会の悪の手に落ちて、家族を人質にされたその魔術師は監禁されたまま結界を完成させてしまった。元々設定されていた「結界の使用者を王家は害することは出来ない」「結界はグレゴリー・アーク・ベルディとその血縁のみが使える」という縛りを逆手に取られて全て悪い結果を生む。監禁された魔術師ベルディは無理矢理子を作らされた後に命を奪われ、脅しに使われていた彼の家族は全員殺され、屋敷にあった本やノート等研究資料も奪われた。血の繋がらない、他家から嫁や婿に来ていた者や使用人も巻き込まれたそうだ。
当時生き残ったのは、かくれんぼをしていて難を逃れた末娘、レイラの祖母のみ。同い年の乳母の娘が間違われて命を奪われるのを、隠れていたベッドの下から見ているしか出来なかったとずっと後悔して生きたらしい。
その思いを胸に、レイラの祖母は名を偽って、運良く残った魔術師ベルディのノートを元に魔法陣研究者として必死に学んだ。それは息子であるレイラの父親にも、レイラにも引き継がれて。
王家の命を奪う契約が破棄できなかったのが心残りだ。しかしもう残された時間は無かった、これ以上聖教会に搾取されては国が保てなかったのだ。
だが魔術師ベルディの再来と呼ばれるレイラのおかげで、聖教会に奪われた結界よりもすばらしいものが生み出された事だけは唯一の良い知らせだろうか。
「君と、君のお父上と……レイラのお祖母様のおかげだ」
「いいえ、国の……ヴィクトル様と陛下の協力がなかったら完成しなかったわ。一度血縁が居なくなったと、消えたベルディの家の名前も与えていただき感謝しております……」
「本来あるべき形に戻しただけだ。私はまだ何も出来ていない」
聖教会と決別出来た、その祝賀の日だ。自分達が搾取しておいて、それを祝う日に我が物顔で押し掛けるとはやはりあの女は頭がおかしい。聖教会内部の犯罪行為も自覚がなかったようだしな。
こちらが名ばかりだが事を起こすまでは荒立てず、義務は果たそうと婚約者として何かを贈っても「こんな安物、聖女の私が身につけるわけにはいかないわ。今度はもっと相応しいものを贈ってくださる?」と言って目の前で捨てて見せるような性格のねじ曲がった女だ。
今日のドレスも金をかけた豪奢なもので、国庫から吸われた税金があんな事に使われたのかと怒りから睨んでしまった。本当に腹の立つ女だったな。
それでいて私の顔は気に入っていたようで、独占欲丸出しで「夜会で女性と口を利いた」と喚かれるからたまらない。自分は見目の良い男を「悪魔の誘いに乗らないように快楽に慣れる修行」と称して何人も、時には複数寝室に連れ込んでおいてよくも言えたものだ。
嫉妬などカケラもしていないが、耳に入るだけで気分が悪くなるおぞましい話だから不機嫌にもなる。従者として潜入捜査してもらっていたオリバーは俺よりもさぞ大変な苦労をしただろう。仕事の一部とは言えあの聖女が求める「修行」の相手もさせられたようだから。可哀想に……
まぁこんな汚いものを思い出すのはやめよう。今日は新しい建国記念日になるのだから。聖教会がいなくなって、やっと国の財政にも余裕が持てるようになる。その門出の、絢爛とは言い難いが初めての宴だ。
「それでは我が国の明るい未来を祝って、改めて……乾杯!」
ようやく枷が無くなって、皆晴れ晴れとした顔をしていた。
真に愛する女性と、こうして堂々と隣に立てた幸せを胸に、義父から託されたこの国をしっかり守り……私を導いてくれた方達に恥ずかしくない王になることを私は誓った。