#5 はじめて食べる味
えっと、本題に入る前に「さっき、シュークリームを買ってきていたよな? しかも二個も」と思っていたみなさまに告げます。
実を言いますと……私は自分の意志で産んでくださった洋菓子店はもちろん、どこかの工場で大量生産されているシュークリームは購入したことがございません。
と、言いましても私の前世は洋菓子店で販売されていた手作りのシュークリーム。
完成型はショーウィンドーに映し出されたところしか見たことがなく、トングで摘ままれたり、真っ暗で何も見えない箱の中でどこかにぶつけられたり、落とされたりした時の痛さ、食べてくれた人たちのリアクションや「美味しいね」などと言った感想しか知らないといった方が正しいでしょう。
私はたとえ、「シュークリーム」という単語を知っていたとしても、その洋菓子店で人気があったとしても美味でなければ、納得いかないというわけで、石崎 浩奈という人間に転成した今、勇気を振り絞って購入してみたのです!
「お帰りなさいませ。浩奈お嬢様」
「ただいま。じいや」
私が屋敷に戻ってくるとじいやが出迎えてくれた。
「本日は護衛をつけずにお出かけになられましたが……ご無事で何よりでございます!」
「大丈夫でしたわよ。おかしな事件とかに巻き込まれませんでしたし。無事じゃなかったら屋敷に戻ってきていないわよ?」
「そうですね」
私はスプリングコートを脱ぐため、一旦シュークリームが入った取っ手つきの箱を花瓶が置いてある台の上に置く。
彼がコートを預かり、クローゼットへ――
私は再度、箱を持って部屋へ誘導された。
「さてさて、「シュークリーム」とはどのような味がするのかしらね?」
「おやおや。浩奈お嬢様がシュークリームをご購入されるのは珍しいですな。コーヒーか紅茶はいかがでしょうか?」
「じいや。紅茶を用意してくださらない?」
「はい、畏まりました。シュークリームを召し上がる前に手洗いとうがいをすませておいてくださいね」
「はーい」
じいやは紅茶の準備のため、部屋から出て行く。
せっかく部屋まで一緒にきてくださったのに、二度手間をかけてしまい、申し訳ございませんわ。
私は彼の指示に従って洗面台に置いてあるハンドソープでしっかりと手を洗い、うがい薬を使ってしっかりうがいをする。
ようやく私が産まれた洋菓子店の取っ手つきの箱の中に入ったシュークリーム。
本当ならば、一個だけでよかったのですが……無意識に二個頼んでしまいました。
部屋の扉が三回叩かれ、「どうぞ」と返事をする。
ワゴンにはティーカップやポットなどが置かれている。
「失礼いたします。浩奈お嬢様、紅茶をお持ちいたしました」
「ありがとう。じいやもよかったらいかが?」
「よろしいのですか?」
「ええ。余分に買ってきてしまいましたの。他のみんなには内緒よ」
「いや、そのシュークリームは浩奈お嬢様が買ってきたものですから……んっ!」
「じいやのお腹に入れてしまえばいいのよ!」
私は無理矢理、じいやの口にシュークリームを押し込んだ。
口いっぱいの状態なので、会話を再開するにはなかなか時間がかかる。
「……浩奈お嬢様……シュークリームは美味しゅうございましたが、これは正しい召し上がり方ではございません!」
彼は口の周りに黄色いクリームみたいなもの(すぐに聞いてみたら「カスタードクリーム」というそうです)をベットリくっつけて声をかけてきました。
私はすぐさまティッシュペーパーを渡す。
じいやは口を拭きながらこう続けた。
「シュークリームはクリームが柔らかいので、慎重に召し上がってください。最悪の場合は私みたいにカスタードクリームがお口にベットリついてしまいますので……って浩奈お嬢様、聞いています?」
「美味しい! 紅茶にも合いますわ!」
「左様でございます。なので、私はコーヒーか紅茶をすすめております」
前世の私はこんなに美味しいものだとは知りませんでしたわ!
美味しくてあっという間に食べ終わってしまいましたもの。
これなら人気商品と言われても納得ですし、チーズケーキとフルーツタルトが並んだとしてライバル視されても仕方がないと思いますわ!
ようやく、本題ですわよ!
私が目論んでいることが明らかになるのはこれからですわ!
2026/06/17 本投稿




