内臓
白の協会の扉が空いたあと、僕らは一旦敵の出方を見るために、すぐには中に入らずに外で待機をしていた。
有美ちゃんは正面を、荒木さんは両脇を、僕は後ろを警戒してみていた。
協会の扉が何かのスイッチとなり、何かが起きるのは誰もが予想できたことだ。
しかし、3分経ったところでも、この穴の中は沈黙を保ったままだった。
時折、家型のサーバーがウィーンと機械的な音がするだけだった。
「この待機時間に聞いておく。なぜ扉を開けられたんだ?場合によっては、俺の中でヨージを犯人の一味だという可能性を立てなければいけなくなる」
「やっぱりそうですよね。僕が逆の立場でも同じことを思います。でも安心してください。僕はただの大学生です。母さんに捨てられて養護施設に入れられた普通の19歳です」
「何もないのを信じているよ」
「ありがとうございます。そのまま信じててください。実はこの携帯電話を買ったときに、僕は駅前にいたんです。駅前の中古携帯ショップで買ったんですけど、そのあとあの爆発事故が起こったんです。そのとき、僕の手にあった携帯電話は、爆風で飛びました。それまでは電源が入ってたんですが、爆風か落下の衝撃で電源が落ちたんです。しばらく電源が入らなかったんですが、しばらくするとあの真っ暗画面にぽうっと光が出てきたんです。それで思い付いたんです。いろいろはあとから話しますが、この携帯電話は、ちょっといろいろな機能がついているんです。もしかしたら、この僕が持っている携帯電話に宿る光をこの協会のモニターに移せるなら…とそう考えました。例えると、松明みたいなかんじです。そしたらほんとにそうなるとは…自分でも驚いてます。ほんとにただの思いつきなんです。深い意味はないです」
そこまで言うと、「もうわかったよ」と荒木さんは話を区切った。
「前々から、ヨージの携帯電話には何かあるんだろうなとは思っていたんだ。あとでじっくりコーヒーでも飲みながら聞かせてくれ。マスターのコーヒー奢るから」
お互いに長々と話すシチュエーションではないことは、認識していた。
そして荒木さんのお誘いから、僕を疑っているわけではないと感じた。
「なんか不思議とヨージにはいろいろと許してしまうところがあるんだよな」
「あ、それわかります。なんか話しちゃいますよね」
「え、それってどういうこと?」
気になる台詞を二人が言ったので、僕は後ろを振り返った。
サーバーから目を二人に移すと、そこにはなんと穏やかに笑う二人がいた。
こんな土に八方を囲われた、こんな状況でなかったら、どこにでもいるただの幸せな二人にしか見えなかった。
でも、状況はそれを許してはいない。
ここは、犯人の巣の中。
いつ命を落としてもおかしくない世界だ。
「もう何も起こらないな。そろそろ行くか」
「そんな、コンビニに行くみたいに言わないでくださいよ」
「そのくらいスピーディーに終わらせたいんだよ」
「あー、そうですよね、わかります、それ。わたしもシャワー浴びたいし、まだ読みたい本があるんですよね。あと」
「あと?」
「クリスマスも近いし」
そう有美ちゃんが言った瞬間僕らは声をあげて高らかに笑った。
「え、二人ともひどい」
「ははは、一気に和んだな。吉岡妹の人徳だな。そういえば、姉もクリスマスが近くなると同じことを言ってたな。まさに姉妹だ」
「クリスマスは、荒木さんとこのスペシャルクリスマスドーナツ食べましょう。妹の可南子も大好きなんですけど、今年は予約できなくて」
「おいおい、俺に職権濫用させる気が」
穏やかな会話を進ませながら、三人は白の協会に歩を進めていた。
まるでこれから戦いに向かう表情は一切見せずに、普段の屈託がない笑みを見せていた。
内心、不安や恐怖もあったことだろう。
しかし、そこには三人で帰るという未来を固く誓った姿があった。
あえて未来の約束をすることで、意識をポジティブな方向に持っていったのだ。
この先の闇に何があっても、怯えて、後ろづさりをしないように。
どんな未来が待っていても、迷わず、前に進めるように。
そうして僕らは白の階段を数段登り、真っ暗な闇の中へ入っていった。
教会にはいる間際、「そういえばあの子も言ってたな、クリスマス」と荒木さんがぽつりと言った言葉は、きっと小さすぎて僕にしか聞こえなかったと思う。
皆が思い描いたクリスマスは、僕が守るのだ。
白の協会の中は真っ暗だった。
協会の外壁は白なのに、内側はこんなにも深い黒で満たされているのは、なんとも矛盾しているなと感じた。
外と中を繋ぐ数段の階段を上がったところには、エントランスのようにぽっかりとした場所があった。
ここも天井は高いが、鐘は見えない。
きっと鐘は、奥の部屋の天井の上に堂々とあるはずだ。
「ドラマで見る協会みたい」
「ドラマで見る協会は、扉を開けたらすぐに礼拝堂がある。ここはただの模倣だ」
「詳しいね荒木さん。もしかしてクリスチャン?」
「俺は生粋の仏教人だ」
しばらく暗闇のなかにいると、目が暗さになれてくる。
よく見ると、扉があるのが見える。
さらにじっくり見ると、扉の奥から光が漏れているいるのが分かる。
かすかに漏れる光だ。
家主に見つからないように、少しだけ顔を出したその光は、まるで僕らに部屋の存在を知らせてくれているようにも見えた。
三人ともその扉の存在に気がつき、同じタイミングで頷き、「中にはいること」をお互いに確かめあった。
もうここまできたら、犯人に気づかれるうんぬんではない。
真の目的を果たすことが第一だ。
扉の存在を見つけたのは、僕が一番早かった。
そのため、自ずと足が扉の方に向かって進んでいたのだ。
二人が僕のあとに続くように扉の方向に吸い込まれる。
ドアノブに手をかける。
金属のどっしりと重厚感がある重さと冷たさが左手全体に染み渡る。
右手に持つ携帯電話をさらに力強く握った。
カチャ
鍵はかかっていないようだった。
ドアノブは左に180度回り、なんの抵抗を受けることなく、手前に引くことができた。
扉と壁との隙間が開いていく。
そして暗闇に満ちていたエントランスに筋のような光が幾重にも差し込まれる。
僕は呼吸をするのを忘れていた。
静かな僕の呼吸は後ろですぐに息をする荒木さんのものと混同していた。
まるで僕が息をしているように感じられた。
そのくらいキンとはりつめた空間だった。
後ろの二人が中はどうなっているのかと身を寄せてくる。
僕は隙間の中を覗き込むが、夜目に慣れた僕の眼球は、すぐに光の中にある景色をとらえられずにいた。
もどかしさを振り払い、部屋の中がやや知覚できるようになった頃、犯人がすぐに襲ってこないことやすぐに僕らの身に危険がないことをある程度確信できたところで、僕は扉をすべて開けた。
そこには、思いもしない景色が広がっていた。
協会の中には、その外観に相反する中身が存在していた。
本来であれば、協会は信者の祈りを捧げる場であったり、穢れを解くことが目的で存在するはずだ。
しかし、ここは違った。
信仰者が祈りを捧げにこの場所を訪れても、神へその思いは一生伝わらない。
そもそもの話をすると、こんな土くるめの中に、狭い穴を通ってくる人はほとんどといっていいほど来るわけはないのだが。
扉の先には、礼拝堂やイエス・キリストの像や十字架、そんなものはひとつもなかった。
そこにあったのは、数十台はあるパソコン、モニター、何百本もある配管、デスク、何かの資料の束。
これらが煩雑に並べられていた。
そして驚くべきことに、そのパソコンやモニターはある一点を囲むように配置づけられていた。
その中心を認識するのに一番早かったのは、この部屋に一番最初入った僕ではなかった。
「お姉ちゃん…?」
後ろから声がして、そうなのだと僕の予想は確定した。
ベッドの上に布一枚で横たわるその姿は、女性のフォルムを表していた。
「吉岡姉だ」
まさか、協会の真ん中には、有美ちゃんのお姉さんがすやすやと眠っていたのだった。




