表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/57

美しい薔薇に棘があるように無邪気な笑顔に害がないとは限らない

「……何をしているんですか」


囚人番号0046の元から、看守事務室へと戻る途中、サクの目の前には、二人の囚人がいた。

昨日の新人看守歓迎ゲームで、最後までサクに攻撃を仕掛けなかった男二人である。

若葉色の髪と色素の薄い金髪の二人を見て、サクが静かに目を細めた。


「サクおねぇさんだ!」


昨日同様に拘束衣に身を包んだ少年が、とてとてと足音を響かせて駆け寄って来る。

軽い音を立ててサクの胸元に飛び込む少年と、それを見ては肩を竦める青年。

周りにはサク以外の看守は見当たらない。


「もう一度聞きます。何をしているんですか」


ジッとサクの黒目が二人を向けられ、少年は誤魔化すように首を傾け、青年が軽く息を吐く。

サクの問い掛けに答えたのは、青年の方だ。


「食後の散歩だよ、散歩。この時間なら、看守と会うことはなかったんだけど」


ジャラリと手首の鎖を揺らしながら言う青年。

猫のような金色の瞳を細めて笑う姿を見たサクは、適当に頷きながら、少年を引き剥がす。


「どうやって出たんですか」


サクに引き剥がされた少年が、透き通った青の瞳を瞬き、唇を大きく釣り上げる。

それを見たサクの頭の中では、かつて読んだ不思議の国のアリスの登場人物、チェシャ猫が浮かんだ。

深い紫とピンクのボーダーの猫である。


そんなチェシャ猫のような笑顔を見せた少年は、淡い金色の髪を揺らし、金の粒子を飛ばしながら、サクの周りをぐるぐると回る。

まるで、じゃれついた愛玩動物のようだ。


「教えて欲しい?それなら僕と……」


「俺が鍵を開けたんだよ」


無邪気な少年の声に被せられる青年の落ち着いた声。

楽しそうな笑い声を含んだそれに、サクが青年を見れば、また、鎖が音を立てる。

少年は拘束衣だが、青年が着ているものは白と黒のボーダーTシャツに細身の黒いパンツ。

その割には、手首に手錠と合わせて足元まで長く伸びた手枷と鎖が付いている。


手元の重心が重そうだ、と考えるサクは無表情だが、鍵、と口から溢れた。

少なくとも、サクの知っている独房は0046のような、頑丈なものだ。

看守の指紋や個別パスワードが必要とされる。


不貞腐れた少年が足を止め、サクを見上げながら、青年の方を顎で指し示す。

些か、乱雑な動作だが拘束衣なので仕方が無い。


「盗み上手だから」


「おい、言い方ってもんがあるだろ」


サクの前に居座る少年の頭を掴んだ青年。

仲が良いのか、悪いのか。


「つまり、盗みが原因で捕まったと」


流石に全てのデータが入っていないサクの言葉に、青年が少年の頭を離す。

前のめりに倒れて来た少年を、胸で受け止めたサクに、青年は空笑いをした。


「そんなチャチな生き方はしてないよ。義賊って言って欲しいな」


「義賊」


「……はぁ。アイツ、金持ちの家ばかり狙って盗みに入っては、盗んだものを換金したりしてバラ撒いてたんだよ」


青年の言葉を繰り返すサクに、説明を連ねる少年。

微かな舌打ちも聞こえていた気がして、サクが少年の旋毛を見下ろしたが「それで、此処まで来るんですね」と言う。

コンクリートに包まれた廊下で、固まっている三人は、そうして一向に歩き出さない。


「あぁ、実家に盗みに入って揉めた結果だよ」


何事も無いように、何事と聞き返してしまうようなことを言う。

青年が、長く伸びた鎖を揺らし、サクとの距離を詰め、サクの顔を覗き込む。

暗闇で光りそうな金目の青年。

釣り上がり気味のその目は、やはり、猫っぽい。


「僕は、サクおねぇさんと会えたから、ここに来て良かったなぁ」


楽しそうな、無邪気な声が廊下に響く。

本当に誰も通らない廊下で、壁際に等間隔で設置された明かりだけが、三人の影を伸ばす。


「貴方は?」


「んー?」


「貴方の罪状を聞いています」


旋毛を見ていたはずだが、少年が顔を上げ、黒の瞳と青の瞳がぶつかり合う。

その青い瞳が細くなり、笑顔が消えたタイミングで、駆け出す。

拘束衣で、動きが制限されているとは思えない動きで、サクが目を剥く。


青年だけは肩を竦め、あーあ、と小さく呟く。

次の瞬間には、サクが駆け出し、それを追い掛けるように駆け出す。

バタバタと忙しない足音が、廊下に響き渡った。


「はははっ!遊び相手に認定されたな」


「あそ、び……」


高さのある靴で走るサク。

青年は息一つ乱すことなく笑い、終いには自分の自己紹介を始める。


「囚人番号0037。罪状は窃盗。追加で殺人もあるけど、やっぱり義賊として窃盗だよ」


「うわ、ど、でも……い」


バタバタ、二つ分の足音。

少年の足が速いのか、二人が遅いのか。

少なくとも、サクの足は遅く、重い。

筋肉も関節も、昨日の時点で限界を迎えているので、まともな姿勢で走れていない。


上半身を前のめりにし、膝も上がらずに、腕も振り切れておらず、青年がそれを見て笑う。

逆に青年の足取りは軽く、サクに合わせて走っているのが良く分かる。


「追い付けたら教えてやるってことなんだろうけど……。まぁ、多分、捕まるなアイツ」


「……はっ?」


走り出して五分も経たず、廊下の奥から断末魔のような悲鳴が響き、サクが足を滑らせる。

ブーツの踵、ヒール部分がコンクリートの床に削ぎ取られるような音と同時に、前のめり気味だった上半身はそのコンクリートへ。


隣を走っていた青年――囚人番号0037が手を出すよりも先に、サクの手がコンクリートに向けられ、まるで体育の授業で行うような、美しい、お手本そのものの前転。

しかし、足を捻ったのか、立ち上がることが出来ずに、尻餅を付いている。


「……あーあ」


廊下には、0037の笑い混じりの、間延びした声が響いていた。




***




「サクちゃんごめんね!この馬鹿が!」


ブーツを脱ぎ、足首に包帯を巻いたサクの目の前には、色素の薄い金髪の旋毛。

合わせて、蕾紅梅に近い色の旋毛。


「あー、いえ。転けたのは普通に筋肉痛と関節痛が原因ですから」


丸椅子に座ったサクがいるのは医務室だ。

本来の管理者が今現在不在ということで、何故か、0037がサクの手当をしていた。

動く?と問い掛けられれば、足首を揺らしながら頷くサク。

囚人と看守には見えない。


「多分、ボクの聞き方が悪かったんですよね。自分で調べるべきですし」


「ううん。俺、普通に追いかけっこしたかった」


「このクソガキ!!」


気を遣うサクに、ケロリとした顔の少年と、鬼の形相をしたエルバ。

少年を捕まえたのはエルバで、あの断末魔のような悲鳴は少年のもの。

ついでに言えば、その悲鳴を上げさせたのはエルバなのだが、サクには何があったのか分からない。


金髪の上に拳を振り下ろしている様子を見ながら、タイツをその場で履き直すサク。

目を逸らす0037と、凝視する少年を気にすることなく、ブーツまで履き終える。


「サクちゃん。悪いことは言わないから、このガキだけは相手にするべきじゃないわ」


サクを見上げるエルバの宝石のような瞳。

どこをどう見ても、少女の容姿だが、その言葉や振る舞いは、年月を感じさせる。

実年齢が二十二と言うだけはあった。


「……理由を聞いても?」


二つに結えられた蕾紅梅色の髪。

毛先に行くほどに色味が薄くなっていくその髪を揺らし、エルバが顔を逸らす。

元々白い肌が、僅かに青味掛かって見えた。


「コイツ、この見た目と年齢で、罪状が最悪なの。婦女暴行罪に殺人罪と殺人未遂もある」


「……婦女暴行罪?」


眉を寄せ、首を捻ったサク。

先程までサクの足首を手当するために、救急箱を出していた0037が、それを元あった場所に戻したかと思うと、笑いながら説明の代わりをする。


「ヤって殺るか、ヤリながら殺るか、殺ってからヤルか。順番は違えど、兎に角一回ヤったら殺るっていう流儀の元に生き続ける変態だよ」


0037を見上げていたサクだが、ゆっくりとその死線を少年に移し、見下ろす。

どう見ても、愛らしく可愛らしい少年にしか見えず、白くふっくらした頬に触れたいとすら思う。

しかし、サクの視線を受けた少年は、頬を染め、八重歯を見せ付けるように嗤った。


「首を締めれば、中も締まるんだけど、それがすごくて、スゴイんだ」


ここに来て、初めてサクの肌が粟立つ。


「囚人番号0022。よろしくね、サクおねぇさん」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ